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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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十三ノ四、折れ得ぬ剣

 アーカンスが小屋を後にすると、待ちかねたネヒストら騎士たちが入れ違いに中へ入ってきた。

 二人の話が当初の予測より長くその内容も気掛かりだったが、当のヘイスティングの機嫌が悪くないことも彼らを驚かせた。


「時に、アイス・ペルサン殿はもう休まれたのか?」

 ヘイスティングは騎士らより先に口を開き、ネヒストらは喜色を浮かべた。

「やっと治療を受ける気になられましたか」

 ヘイスティングはそれには直接には答えない。

「ドロワへ戻るぞ」


 ヘイスティングは言う。

「今度の件、評議会に釈明せねば」

「……釈明とは」

「この一件、俺に全て責がある。ファーナムへの非礼、評議会に報告せねば」

 その言葉は居並ぶ騎士たちをまた驚かせる。

「それは――」

 ヘイスティングは声を上げて、部下たちの言葉を先んじて制した。

「せねばならんのだ! 事態が勝手に動く前に、収束させねばならん! ドロワを守るために!」


「『表向きはどうあれ』ドロワと……ファーナムは、敵対してはならんのだ……」

 ヘイスティングは、アーカンスの言葉を借りて騎士らに話す。

 そして同じ言葉を繰り返した。

「……腹は立つがな」


 騎士たちはヘイスティングの強い言葉に、二の句を継げずにいる。

「悔しいな……」

ヘイスティングは、独り言のように呟く。


「己が無力に腹が立つ。今はそれだけだ」

 ネヒストが気遣うように、上官の顔を見る。

 吐き捨てるように言うヘイスティングは、いつもと変わるところはないように見える。しかしいつものヘイスティングでもなかった。


「この怒りを、あの龍人族やファーナムにぶつけたところで、俺は最低の人間になるだけだ」

 騎士らは顔を見合わせ、ヘイスティングはもう一度繰り返す。

「この不面目は俺が負う」


「部下を、ドロワを危険に晒したこと……なんと不甲斐ない」

 そしてヘイスティングは騎士らに向き直り、謝辞を示した。

「だから貴兄らも、部下を諭してくれ。敵はファーナムではない……腹は立つがな」

 あくまで口調はいつものままだ。


 ネヒストは、そんなヘイスティングの様子を黙ってみていた。

「えぇ、腹立たしい連中です」

 ネヒストはようやく口を開く。

「我らが中隊長殿を、こうもしおらしくさせてしまったのですからな。これでは拳の持っていきようが無い」

 ネヒストは、居並ぶ騎士らの不安を癒してやろうとする。

「この怒り、もどかしさは力に変えましょうぞ、ドロワを守るために」


 ネヒストは小屋の中を移動すると、ヘイスティングの剣を持ち出して来て、ベッドの上へと差し出した。

「ご覧ください。貴方の剣です」


 翼竜と戦ったままの剣は刀身に傷や汚れが生々しく残っている。ネヒストはヘイスティングの方に柄を向け、手渡しながら言う。

「あの翼竜の一撃をまともに受け止めたのに、折れることなく貴方の身を守りました。今なお、芯はしっかり保っております」


「まさに、ドロワ騎士の象徴です」

 ヘイスティングは少しばかりの驚きの表情で、これを受け取る。そして自分の胸の上に置いてこれを眺めた。


「中隊長殿もここでしおれている場合ではございませんぞ。一刻も早く傷を癒して復帰なさいませ」

 ネヒストはヘイスティングに笑みを向け、その様は他の騎士らにも頼もしさを感じさせた。

「まずはこの一件の始末を、議会が先走る前に……。前線で血と汗を流すのは我らです。我らが動かねば、なりません」

 ヘイスティングはネヒストの顔を見て素直に頷き、周囲の騎士らも倣うように頷き合った。


――しかしこの時、ヘイスティングには口に出さなかったある決意があった。



 夜半。

 白騎士団らの治療がほぼ一段落し村人たちも普通の生活に戻ったが、まだ集会所には灯りが灯っていた。

 ここに集まっていたのは白騎士団中隊のヘイスティングとネヒスト、遊撃隊のアーカンスとバーツ、イシュマイル。

 レニとアイス。


 そして報せを受けて駆けつけたドロワの両騎士団長カミュとセルピコ、秘密裏に参加したファーナムのジグラッドである。三人の団長とも、ここにきて再び顔を合わせることになるとは予想もしていなかった。


 ヘイスティングもこの頃には、アイスの治療により自力で歩けるくらいには回復していた。あとの治療はドロワ市に戻ってから聖殿の施療院で集中して行う予定だ。

 まだ顔や肩に巻かれた包帯が痛々しく、カミュはそれを見て憂色を浮かべた。


 ともかくも。

 まずはカイント評議員から説明を受けていたジグラッドが、改めてその内容を皆に話した。カイントはあの後、無事第三騎士団に追いつき合流していた。


 概略はこうである。

 ドヴァン砦から人質が解放されるという情報は、反皇帝派から事前に提供されていた。これを知り得たのはファーナム評議会でも中立派の議員らで、彼らは独自に画策して時期を併せてレニを潜入させるよう話を進めたのだという。


 カイント評議員はドロワ市に既知の貴族が居たことで、この役目を受けたのだ。

 月魔の騒動がなければ、カイント評議員は何のトラブルもなくレニと共にファーナムに同道していたろう。

 そして恐らくは停戦の約定など棄て、再度のドヴァン砦攻略に取り掛かっていたかも知れない。


 その場合、帝国領となっているドロワ市がどうなっていたか、想像もしたくない。

 しかし。今のレニに、もうその意志は無くなっていた。


「人質解放の話は、思うより前から動いていたことのようですね」

 カミュはとりあえずと口を開く。

(つまりは黒騎士団が出撃した時には、もう……)

 その予想は皆が考えたが、誰もあえて言わなかった。


「ファーナム評議会のいう、その中立派だとか神聖派だとかいうのはなんなのですか?」

 カミュの問いに、ジグラッドが答えた。

「簡単にいえば聖殿と手を組むか、否か。そしてそのどちらでもない、の三つの派閥じゃよ」

 バーツが補足して言う。

「中立派はどっちかってぇと保守的だったんだけどな……。正直こんな強硬手段に出るとは思わなかったぜ」


 セルピコが、以前の疑問を再び持ち出す。

「やはりノルド・ブロス帝国からの間諜は、かなり活動を広めていたのじゃな」

 カミュが返して言う。

「皇帝派、反皇帝派問わず、ですね。この場合」


 バーツがレニを視線で示しながら、苦笑いで混ぜ返した。

「こんな目立つ奴が通れるくらいだ、他にどんなのが潜入してても不思議じゃないぜ」

 レニはむっとしたようだったが、バーツから顔を背けた。

「なぁ、オレの話はまだなのかよ。とっとと済ませて解散しようぜ」

 居心地の悪いレニは、相変わらずの口調だ。


 アイスが立ち上がった。

「方法は簡単よ」

「レニが『渦』に繋がって情報を引き出す。それを私がみんなに伝える。一瞬で済むわ」

 そういうとアイスは片手をレニに、もう片手をイシュマイルに差し出した。


 イシュマイルは戸惑いつつも、掌をアイスの手に重ねる。

 他の団長らも、掌を差し出してイシュマイルの手の上から、アイスの手に重ねた。


 カミュはこの時、ヘイスティングにも手を差し出すよう言ったが、ヘイスティングは怪我で肩を上げられないことを理由に、これを断った。

 アーカンスとネヒストも、傍観しているだけだ。特にネヒストなどは入室からずっと、レニを無言で睨んでいるだけだった。


 レニは準備が整ったのを見ると、数度瞬いてすぐに渦に繋がった。

 そして必要な情報を引き出し、先達らに許可を受けた上で、アイスへとこれを手渡す。受けとったアイスはこれを明確な記憶として、彼らに伝えた。


 イシュマイルは、一瞬硬く目を閉じた。

 記憶が一気に入り込んでくる感覚というのは、そうちょうど、ロナウズやタナトスと初めて握手した時に感じたものと近い。

 他の団長らもこの違和感を味わったようで、セルピコなどはあからさまにその表情を歪めた。


 不意に、レニがアイスの手を振り払って、伝達を中断した。

 アイスは驚いてレニを見たが、レニからすれば当のアイスの精神感応力を感じ取ってのことだ。アイス自身の無意識が、レニを介して渦に近付こうとした。

 レニは気まずそうにアイスから顔を背けた。そして苦手な女、と記憶した。


 ともかくも。

 渦から受け取れた情報は浅いながらも即効性のあるものだ。

 ノルド・ブロス領内のレヒトを中心とした広範囲での崩落。

 皇帝一派の現状と反皇帝派の存在――。

 帝国領内でタイレス族をはじめとする民衆が抱える不安や恐怖というものが、直接に共感として伝わる。


 三人の団長は、予想より状態の悪い帝国の実態を知り、互いに顔を見合わせた。


 良い情報といえば、ドロワ聖殿の祭祀官長オルドラン・グースの解放の日付がはっきりとわかったことだ。氏が解放されることが明らかとなった他、その日付がわかったことで先手を打って準備が出来る。

 それだけでも、ライオネルへのささやかな意趣返しに思えた。


 イシュマイルはあまりピンと来ていないのか、ぼんやりとしている。

 また、直接手を触れていなかったバーツも、ガーディアンの能力としてアイスの情報を間接的に受け取っていた。


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