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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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十三ノ三、胸裏模索

「それで、どうして平然としていられる……貴公は」


 ヘイスティングとアーカンスは、長らく話していた。

 騎士として悔しい思いを繰り返す自分と、目の前に現れる特異な存在。


 似たような状況ながらヘイスティングは常に苛立ち、アーカンスは冷静に振舞っているように見える。

 アーカンスは答えた。

「少しだけ、忘れることにしている」


「忘れる?」

 ヘイスティングは怪訝そうに同じ言葉をアーカンスに返す。

 アーカンスは仕草を交えながら、ヘイスティングに説明する。

「私は騎士として役目についている。つまり『公』の前に『私』を捨てるという、あれだよ」

「『公』、『私』?」

「個人レベルでは、私はバーツにもイシュマイルにも敵わないと思っている。けれど我々は共通の目的を持っていて、それはお互い独りでは絶対に実現不可能だ」


「だから私は、自分が有用に成れる場所を探した。全体として何を為すかを考えた時に、私の葛藤などは無意味なものだ」

「……」

「自分をよく知れば、おのずとその場所に落ち着く。……言い方を変えれば適材適所、かな」


 ヘイスティングはなおも納得がいかない様子だ。

「……ルトワ殿、それで貴公は満足か?」

「さぁ? それも時々忘れることにしている。目的が達せられれば、満足はするのかも知れないけど」

 アーカンスの答えに、ヘイスティングは憤慨したように言った。

「忘れるだの、捨てるだの……俺には逃げにしか聞こえん」

「でも、忘れるのも人間の必要機能だよ」


「全てに手を伸ばそうとして諦める……一度は誰でも経験するんじゃないのかな」

 アーカンスの落ち着いた声が、少し哀愁を帯びたものになる。

「強いとか弱いとかでなく、誰にでも……」


「私がバーツ・テイグラートの下に付くのは、自分が補佐役に適しているからだと思っていたが……そうじゃない。バーツが私を良く用いてくれるからだ。これは幸運なことだ」

 アーカンスは人知れず抱えていた怯えをも、口にした。

「けれど、いずれ道は分かたれる。ガーディアンと人の時間という問題。そしてそれ以前に……人同士の関わりとして」


 分かれ道は、どこかにある。

「自分で前を拓かない者は、その分かれ道に達する前に脱落すると私は思う。それは悔いの残る生き方だ」


「……私は今少し、皆と共に進みたい。これは、かなり欲張った贅沢かな」

「……」

 ヘイスティングには、わかるようなわからないような話だった。


「それに、ね。まだ誰に話してもいないことだけど」

 アーカンスは、いつもの温和な笑みになって内面の計画をヘイスティングに打ち明けた。

「私は騎士として、少し前が見えてきたんだ。今までと違う景色がね……。いずれやってみようと思うから、今は自力を蓄えたい。そう思っていると、今の焦りは無為に思える」


 ヘイスティングには新鮮に響く話題でもある。自然と話に食いついた。

「貴公は……将来の目的がある、ということだな」

「将来ねぇ、そういうと出世を望んでるみたいだ」

「違うのか」

「たぶん、違う。私が考えているのは、そう、組織的な改革に近いことかな」

「……剣呑だな」

「だろう? だから、誰にも話してない」

 アーカンスは笑った。

 生真面目なヘイスティングには何が面白いのか、理解できないでいる。


「ルトワ殿はやはり変わっている。ファーナム騎士というのは皆そうなのか?」

 アーカンスは笑みをおさめて言った。

「そのルトワ殿というのもよして貰いたい。ファーナムでルトワと言えばルトワ一族の帝王のことを指すんだ。だから私はアーカンスの名で通ってる」

 アーカンスの冗談に、ヘイスティングは生真面目に問いで返す。

「なんだ、その帝王とは」

「一族を牛耳る権力者のことだよ」


 なおもヘイスティングはわからない、という顔をしている。

「ファーナムに貴族はおるまい。誰に命ぜられることもなかろう?」

「……そうもいかないのが、現実だよ」

「現実?」

 アーカンスは笑みを残しつつも皮肉めいた口調で言う。

「そうだな……だから君たちより少し合理的に考えてしまうのかもしれない」


 ヘイスティングはファーナム流の談笑に、やや疲れたようだ。

「合理的、ね。……騎士の誇りくらいは忘れずにいて欲しいものだ」

「そうするよ、そこは忘れないようにする」

 アーカンスも、砕けた口調から姿勢正して座り直した。


 アーカンスは言葉を付け足して言う。

「私が殉教精神よりも戦術的勝利を図りたいと望むのは、同輩の亡骸の跡を歩きたくはないからだ。ともがらの犠牲の上に成り立つ勝利にはどこか嘘があって……結局自分の誇りを曇らせる」

「……」

「でも、他人の信頼を得られない卑怯者には、真の戦略的勝利はないとも思う」

「みろ、やっぱり最後ははかりごとじゃないか」

「あれ? そういうつもりで言ったのではないのだけど」

 ヘイスティングはすかさず口を挟み、アーカンスはまた笑った。


 話が本題よりも雑談に流れ、アーカンスもこれ以上の長居を遠慮することにした。

 立ち去ろうとするアーカンスに、ヘイスティングが名残惜しそうに言う。

「……羨ましいものだな」

 ヘイスティングが他者を羨む言葉を口にするのは珍しいことだ。

 アーカンスは椅子から立ちながら言う。

「そうかな? それなりの苦労はさせられた」


「これからもさせられると思うけれど」

 アーカンスは付け足し、ヘイスティングはわずかに笑みでこれに返した。


 その後は、騎士らしく型通りの挨拶だけ交わし、アーカンスは小屋を後にした。

 ヘイスティングはその背を見送らなかった。視線を前に向け、扉の閉まる音だけを聞いている。


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