十三ノ二、在るべき処
アーカンスが小屋に通されると、中ではちょうどヘイスティングがベッドから身を起こそうとしているところだった。
まだ完全には起き上がれず、背凭れを当てて上体を起こすのみで、まずはその非礼を型通りにアーカンスに詫びた。
アーカンスは、内心では驚きを隠せない。
ヘイスティングの怪我は予想より重く、傍らの騎士たちは殺気だっていた。ヘイスティングは彼らに、退室するよう促した。
「……無様だろう?」
憮然として退室する騎士らを見送りながら、ヘイスティングが力のない声で言う。
「貴公にはつくづく、無様なところばかり見られるな」
アーカンスは答えず、勧められた椅子に腰を下ろしただけだ。
アーカンスは、まずは手近なところから切り出した。
「あの龍人族は我らが捕らえている。……どうされる?」
「どうする? 俺に訊くか!」
ヘイスティングは撥ね付けるように言う。
「ドロワに送って死刑にでもしろ、と?」
そして鼻白んだように言い捨てた。
「あの龍人族は反皇帝派だと聞いたぞ。奴を始末したところで、喜ぶのは誰だ? ……帝国に媚を売るつもりなどない」
そして付け足すように言い捨てる。
「腹は立つがな」
ヘイスティングらしい口調に、アーカンスも一瞬表情を緩めるが、すぐに本題に戻った。
「ガレアン殿。今、ドロワとファーナムの敵対が明確になってしまった。私はそれを何とかしたいと思い、単身ここに来た」
ヘイスティングはちらりとアーカンスを見る。
「私がドロワに赴いて釈明してもいいと思っている。表向きはどうあれ、都市連合は分裂してはならない」
「……」
地図の上ではどうであれ、ドロワは都市連合の一部でなくては。
アーカンスはそう繰り返した。
「それこそ、死にに行くようなものだ」
ヘイスティングは、ふいと視線をそらした。
「あれは……俺の判断ミスだ」
「龍人族の力を侮った……。俺たちドロワは、とんでもない相手の手下になってしまったんだな」
ヘイスティングの声は低い。
「バーツ・テイグラートが来なければ、全滅していた」
「……えぇ」
それはアーカンスも認める。
ヘイスティングが諦めた口調で言う。
「……ドロワへの釈明は、俺がする。お前たちは、先へ行け」
「しかし、それでは――」
アーカンスが思わず口にしたが、ヘイスティングが即座に怒鳴り返した。
「黙れ! くどい、二度言わせるな!」
アーカンスにはヘイスティングの心境がわからない。
「……わかった。かたじけない」
ともかくもヘイスティングの気持ちは変わらない様子だ。
しばし双方が口を閉ざし、沈黙が流れた。
ヘイスティングはすぐにアーカンスを追い返そうとはせず、アーカンスもそんなヘイスティングの様子を見ている。
今のアーカンスの目には、ヘイスティングというのは萎縮して気弱になった自信家ではなく、むしろ自己不信に陥った人物のように映る。
事実、ヘイスティングはその迷いをアーカンスの前で口にした。
「なぜ、あの龍人族に俺の剣術が通じなかったのだろう……そればかり考えていた」
「?」
アーカンスも見ていたが、あれはヘイスティングの勝利だった。
その後の翼竜との戦いを言っているのなら、物理的な意味では無理からぬことではないか?とアーカンスは訝しがる。
ヘイスティングは、アーカンスの答えを待たずに続ける。
「その前もだ。あの月魔……あれほど歯が立たないと思い知らされた事はなかった」
ヘイスティングは、傍目に見ても不運が続いている。
レニと遭遇したのが、他の中隊だったなら。
あの月魔が、通常の月魔と同じものだったなら。
前の団長が通常通りの年齢で退任していれば、ヘイスティングもカミュと団長の座を競える年齢に達していたはずだった……。
どれも、考えるだに詮無い事柄ばかりだ。
「チャンスが来たと思った……」
ヘイスティングのいう好機が、いつのことを指しているのかはともかく、アーカンスには彼の言わんとしている意味が薄々わかってきた。
「……そんなものさ。手も足も出ないことは、ある」
アーカンスにも似た経験があるからだ。
しかしヘイスティングは、アーカンスの慰めの言葉が癇に障った。
「そんなもの? 悔しくないのか? 貴様は」
「悔しい?」
アーカンスも売り言葉に買い言葉で、これに応酬する。
「あの時。手に負えない翼竜を前に、私が咄嗟に何を考えたか、わかるかい?」
アーカンスは、ヘイスティングの返事を待たずに答える。
「援けを求めた……『バーツ隊長なら、こんな時どう対処しただろう?』ってね……」
アーカンスの自嘲的な笑みに、ヘイスティングは不思議そうに目を細めた。
「で、その直後にバーツ・テイグラートは来た。私はほとんど何もせず……バーツと若干十五歳の少年に助けられた。この気持ちがわかるか?」
ヘイスティングもその時、似たような状況だった。
その時を思い出し、自身の感情で答える。
「口惜しいに決まっている」
「俺は月魔一体にも、龍人族一人にも歯が立たない。なぜだ、バーツ・テイグラートやイシュマイル・ローティアスが特異な存在だとしても、そこまで差があるものなのか?」
ヘイスティングは一気に言葉を連ねた。
「俺たちの存在は、なんなのだ……!」
アーカンスが口を挟んだ。
「私は。その感情を常にバーツ・テイグラートに感じてきた」
「――っ」
「もっとも、あの人の場合ばガーディアンになる前から、突飛過ぎて敵わなかったけれど」
ヘイスティングは、改めてアーカンスの顔を見る。
「バーツがガーディアンとなったあとも、行動を共にするほどに自分の無力さを思い知る。世界を揺さぶるのが彼らだとしたら、自分たちはその存在の何なのか、と」
アーカンスは、平素口にしないことをヘイスティングの前で吐露した。
「聖殿騎士としても……ただの人としても。我らには居場所があるのか、と」
居場所とは、自分たちが役目を果たせる場所。
チャンスとは、自分たちがその能力で何かの役に立てる機会。
ヘイスティングにも共通の感情である。