十二ノ十、所領(ステイト)
貴族というのは基本的に所領を持ち、大農園などを経営している。
ドロワ貴族もドロワ市周辺に荘園を持ち、市内の館とは別に邸宅を郊外に持っている。
そして荘園付近の村々には、そういった農場などで働く労働者などの集まる集落がある。つまり農耕従事者には、自分の農地を持って税を納める者と、貴族に雇われて農場で働く者がある。
ドロワ周辺にある村落のほとんどは後者である。
多くは貴族の所有地と同じ扱いを受けており、村には当主貴族の資金で建てられた小規模の聖殿などがある。
これは、ドロワ聖殿が荘園を放棄した時に、その多くを貴族が分配して受け継いだためである。聖殿の守護者であった貴族らが、一転して土地所有者として資産を得たのはこの時からだ。
つまり、貴族とは元々もう一つのガーディアンでもあったのだ。
いつしかその呼称は使われなくなり、聖殿騎士という形で聖殿の守護をする形に変化していった。ドロワの聖殿騎士団に貴族の子息が多いのは、そんな古い時代の名残を強く残しているからだ。
さて。
レニが暴れた山道の近くにも、貴族所有の村落があった。
他ならぬ白騎士団の緊急時とあって、負傷した団員は遊撃隊などの助けも受けながら、村の集会所の建物に担ぎこまれて処置を受けた。
一方、ドロワ市を最後に出立したアイスらの一行が近付いて来ていると知らせを受け、周辺の村落からジェムを買い付けにも回った。
緊急時の治療などのために備蓄されているジェムである。今回、アイスらはこのジェムを使って治癒術を施す。
通常、施療院であれガーディアンであれ、治療を受ける時にはジェムか金銭のでの支払いが義務付けられている。
祭祀官クラスの人間が術を使うにはジェムの魔力が必要であり、またガーディアンが術を行使するには自らの命を削るという性質から、その危険を回避する為の決まりごとである。
白騎士団も村で治療を受けるために、村人からジェムを買い取って治療に当てた。こんな際でも細かい支払いなどがきっちりとされるのが、ドロワ貴族流でもある。
村に到着し案内されたアイスは、取りも直さずヘイスティングの治療に呼び出されたが、当のヘイスティングはこれを頑なに固辞した。
ヘイスティングは、まず部下の治療が済むまでは自分も受けないと言い張ったため、アイスは彼女なりのやり方で強引に初期治療だけ済ませて、さっさと他の怪我人のところへと行ってしまった。
アイスからすれば、子供が駄々をこねているようなものだ。
「彼は痛がりたいのでしょう。放っておけばいいわ」
そうアイスは言い残して、後をネヒストらに任せた。
アイスとその教え子は、それぞれにジェムを使って治療の術を行った。
その傍らでは有志の村人が、初歩的な外科治療を施している。複数の治療術を同時に行うことは彼らには日常の光景でもある。
騒動が一段落する頃には、すでに夕刻を過ぎていた。
一方、レニはというと。
バーツやイシュマイルと共に村の外に居たが……ふて腐れていた。
村と街道を繋ぐ道沿いに、屋根だけの建物がある。
旅人など道を行き交う人が腰を下ろす程度の場所だが、今はここに三人がいる。
レニは、バーツに背を向けて地面に座り込んでいる。
イシュマイルは椅子代わりの丸太に腰掛けていたが、どうしたものかとバーツを見る。
「おい、レニ」
バーツが声をかけたが、レニは相変わらず反抗的なままだ。
「うるせぇな、オレは今猛省中なんだよ」
レニの言葉の意味はバーツにはわからず、イシュマイルと顔を見合わせて呆れてみせた。
実は今、レニは凄まじい負の感情に苛まれている。
彼ら龍人族が渦と呼ぶ意識体、龍人族はそれを通して双方向に体験や記憶を共有できる能力がある。今は、その渦を通して帝国内の同族から、レニは今回の行動が大きな過ちであると叱責を受けていた。
それは言葉ではなく、一気に入り込んできて気分を害される感覚である。
反省や後悔の念といったものが、半ば強制的に植えつけられる非常に不愉快なものだが、同時にその過ちが何であるのか、とても理性的に諭され理解させられる。
――一方的に。
拷問のようだとレニは感じ、そして今は途方にくれている。
自分の行動が間違いであったと納得はしたがこの後をどうすればいいのか、その解決策までは、渦はまだ教えてくれない。
そんなレニに、イシュマイルが近寄った。
気配を感じてか、レニは後ろ向きのままイシュマイルに言う。
「縛り首でも何でもしろよ。もう、どうでもいいや」
気分が悪いこととバツが悪いこともあって、レニはイシュマイルにも捻くれた口調でいる。
「ドロワなりノルド・ブロスになり、引き渡しゃいいだろう」
「駄目だよ」
イシュマイルはレニの前に回りこむと、座り込んで話しかけた。
「レニ。君は帝国の人間で、かつ数少ない都市連合への協力者の一人だ。君の後ろには大勢の反皇帝派が居る」
レニは無言で顔を上げてイシュマイルを見る。
目の前にいるのは、自分の術を破って負かし不可思議な力を見せた一人の子供だ。金色の髪が揺れながら夕陽に溶け入る様を、レニはじっと見ている。
「――僕たちは君を処罰出来ない。かといって、無罪放免ってわけにもいかない」
イシュマイルの声は落ち着いていて、大柄なレニを相手に言い聞かせるように話している。
「だから、代わりのものを提供するんだ」
「……代わり?」
レニの表情がぴくりと変化する。
「僕らがもっとも欲しいもの……帝国側の情報」
バーツはその様子を黙って見ている。
「君が情報提供者として協力してくれるなら、誰であろうと手出しは出来ない。その間に僕らと行動をともにして……罪の贖いは、時間をかけてすればいい」
レニの表情が和らいだ。
「……オレは、まだ役に立てるのか?」
「レアム・レアドには通用しねぇ。勝てないかも知れないぞ?」
「それは君の協力次第だよ」
「……」
バーツはその会話を聞いて肩を竦めた。
(こいつ、アーカンスに似てきたな……)
ともあれ、レニは態度を軟化させた。
レニはイシュマイルの言葉通り、情報を渡すことを承知した。
龍人族流のやり方で。
それと同時に、レニはあることに思い当たる。
レニは、目の前のイシュマイルの顔をじっと見て呟く。
「……そうか、今理解したぜ」
(こいつは……あの男に似ているんだ)