表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
120/379

十二ノ九、エンシェント・スペル

 ヘイスティングの命を受けて、白騎士団がバーツの援護へと駆けつけた。


 彼らが目にしたのは、今まさに悲鳴のような鳴き声と共に砕け散る翼竜の姿だった。見れば、樹木の幹に身を預けているレニと、それを取り囲むように矢を番えるアーカンスらの姿がある。


 一連の戦いを見たのは周囲に展開する遊撃隊と、それにに混ざって援護に参加していた幾人かの白騎士だったが、彼らにも何が起こったのか理解できてはいなかった。


 レニはなおも幹の根元に座り込んでいる。

(体の自由が……きかねぇ)

 立ち上がろうとしても、体は鉛のように重く身動きが取れなかった。


 イシュマイルはレニを真正面に見据え、冷淡に言う。

「動かない方がいいと思うよ。魔力を使ってバテてるだろ? 丸腰で騎士団相手に戦えないと思うよ?」


 バーツが、イシュマイルの横に立並び、様子を伺うように顔を見た。

 イシュマイルは答えるように言う。

「僕はレムに……レアム・レアドにその戦い方を教わっていたんだよ」


「龍人族の術を、龍人族から直にね」

 レニがたまらず口を挟む。

「レアム……だとぉ?」


「じゃ、てめぇか! レアム・レアドの弟子ってのは!」

「――違うよ」

 レニの言葉に、イシュマイルは即座に答える。

「それは、違う……」


 イシュマイルは、自分の手のひらを見る。

 さきほど力任せに握り締めた拳が、爪を掌に食い込ませ、血を滲ませていた。

「……おい、イシュマイル?」

 気遣うバーツの目の前で、鮮血は蒸発でもするかのように、白く揺らめいて消えた。

 あとには傷跡一つ残っていない。

(自己治癒、か。しかしいつの間に?)

 

 イシュマイルは無言のバーツに答えようとしてか、独り言のように呟く。

「ギムトロスは僕にタイレス族の言葉と文字を教えてくれたけど……レムが教えてくれてたのは、エルシオンの言葉だったんだ……」

「なに?」

 バーツの表情が変わる。

「今の今まで、忘れてたなんて……」

 どうしてだろう、とイシュマイルは繰り返した。


 イシュマイルが詠唱したのは、龍人族とエルシオンが互いの交信のために創ったという、とても古い魔法言語である。見聞きすることを許されているのは、ノア族の族長や、聖殿の高位祭祀官くらいのもので、通常の生活で接する言語ではない。


(しかし……いくらレアムが仕込んだからって、そうそう出来ることじゃねぇぞ?)

 バーツはまだ信じられない。

 特にその発音は独特で、ネイティブでないタイレス族やノア族には、習得の大きな壁とされている。


 イシュマイル自身、今の自分の行動が理解できていない。

「僕は……もしやタイレス族でもなかったのかな……?」


 タナトスから飛行の術を得た時も、考えるより先に体が動いた。

 今も、記憶の扉が開いて言葉が溢れるように呪文が出てきたけれど、その内容までは把握していない。

 まるで必要になると見越して、予めセットされていたかのようだ。

 

 イシュマイルは頭でも痛むのかこめかみを抑えて目を閉じる。

「――おい、イシュマイル。大丈夫か? お前」

 バーツは不意に、イシュマイルの様子が変化したことに気付いた。


 一方レニは、すっかり観念したのか幹に凭れたまま、ぐったりとしていた。

 複数の剣と矢先を向けられ監視されていたが、それも無視して目を閉じていた。


 が、不意に赤い瞳を開き顔を上げた。

「待て!」

 唐突に鬼気迫った声で、人垣の向こうにいるイシュマイルを制止し始めた。

「小僧、待て! その先に行くな!」


 皆の視線が一瞬レニに移り、イシュマイルが崩れるように膝を付く。

 地面に打ち付ける寸前のイシュマイルを、バーツがとっさに受け止めた。

「イシュマイル! おい!」


「てめぇら離れろっ!」

 それまで座り込んでいたレニが、驚くほどの勢いで立ち上がり駆け出した。

 周囲にいた騎士たちはレニに突き飛ばされ一斉に構えたが、アーカンスだけはそれを身を挺して止めた。


 レニは真っ直ぐイシュマイルの前に駆け寄り、片膝を付くと指で九字を切るかのような仕草を示した。イシュマイルの額に指を当て、低く呪文を唱えて術を成す。

 バーツはイシュマイルの体を支えながら、慄きつつも間近に見ている。


 最後にレニが指刀でイシュマイルの胸元を縦に切ると、イシュマイルは突然意識を取り戻した。バーツに抱えられたまま、放心している。

「はぁ、驚かせやがる……」

 レニもその場に座り込み、両手をついてぐったりと頭を垂れる。


バーツは片膝をついた格好で、イシュマイルを支えているが、その表情は険しいものだ。

「今のは……」

 バーツが常に感じている、ガーディアン共通の意識。

 その近くまでイシュマイルが来たように感じたからだ。


 しかし、レニは違う表現を使った。

「こいつ、渦に呑まれそうになりやがった……。信じられねぇ、タイレス族のくせに、そんなところまで行くとは――」

 バーツがすかさず聞きとがめる。

「なんだ? その、渦って」

 レニはバーツを一睨みすると、ふいっと横を向いてしまった。

「てめぇには言わねぇよ」


 アーカンスは構えていた騎士らに武器を下ろすよう片手で合図を送る。

 皆がこの様子をただ見ているしかなかった。


 レニは頭を二、三振るようにして何か考えていたが、ふらりと立ち上がった。

 そして何事もなかったようにその場から歩き出し、バーツはその背に言葉を投げつけた。

「待て、レニ! ドヴァン砦に行くつもりならさせねぇぞ!」

「うるせぇ……。もう、そんな気分じゃねぇよ」

 レニの反応は無気力で、広い背中はうな垂れて見える。


「その小僧に術が通じねぇならレアム・レアドにはもっと通じねぇってことじゃねぇか。……やってられるか」

 バーツはなおもレニを呼び止めて言う。

「なら、イシュマイルに命拾いさせてもらったな? お前」


「行き場がねぇんなら付いて来い。嫌だっつってもこの場で連行するがな!」

 バーツの挑発めいた言葉にも、レニはもはや興味を失ったように呟くだけだ。

「ハ。好きにしとけよ、もうどっちでもかまわねぇや」


 バーツはレニの様子を凝視していたが、アーカンスに視線を移し顎で示すように合図した。アーカンスも頷き、レニに近づく。

 アーカンスが軽く声をかけただけで、レニは素直に顔を向けた。

 その身は遊撃隊に預けられ、二人の騎士がレニに張り付いた。


 アーカンスはそれを確認すると、残りの遊撃隊に指示を出す。再び森へ入り、残る白騎士団の救援に向かうためだ。


 バーツはイシュマイルに視線を戻した。

 イシュマイルはまだバーツに半身を凭れていたが、バーツはそのままにしてやっている。


 イシュマイルはすでに虚脱状態からは抜けていたが、何事か考え込んでいるようだった。沈み込んだような悲しげな金色の瞳に、山の日差しがほんの少し傾いて差し込む。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ