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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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二ノ一、ドロワの街へ

第一部 ドロワ

二、ドロワの街・一

「待たれよ。いずこの騎士団か」

 街道を進んでいたバーツたち一行は、峠を越えようとしたところで、見慣れない制服の騎士たちに行く手を阻まれた。


 騎乗のアーカンスが先頭に立ち、答える。

「ファーナム聖殿第三騎士団である。そちらは?」

 アーカンスの後ろにいた騎士が、さっと竜から降りて相手に駆け寄る。

 そして、何かを見せた。

「確かに」

 頷き、改めてアーカンスに姿勢を正した。


「失礼をした。我らはアリステラ聖殿騎士団である」

 ぴしりと背を伸ばした彼らは、襟元や肩に艶やかな赤紫の印をつけている。その軍装は黒一色だったが、非常に洗練された都会的な軍装だった。


「我々は、ドロワ評議会より要請を受け、街道の警備を一任されている。この先の安全は保障しよう」

 アーカンスは無言で頷き、イシュマイルを掌で指し示す。

「この少年は我々の雇ったガイドだ。仔細はドロワに到着後改めて報告する」

「了解した」

 騎士はちらりとイシュマイルを見、それから道の脇に下がった。


 アーカンスの指示で、一行は再び進みだす。

(ずいぶんと面倒なんだな)

 イシュマイルは少し堅苦しく思いながら、後について通る。


 バーツが振り向き、小声で言う。

「………見ろよ、あいつら。一直線に並んでやがるぜ」

 街道の脇に避けたアリステラ騎士は、測ったかのように一列に並んでいた。


 アーカンスが、しょうのない人だ、と言わんばかりの顔でバーツを見る。

「さすが。統制が厳しいと噂されるアリステラ騎士団ですね……見事です」

 その声にはバーツに対する若干の嫌味も含まれている。


「アリステラって?」

 イシュマイルは心もち小声で尋ねた。

「ドロワよりもぅちっと北にいったところにある都会だよ。別名、水の宮」

「水?」

「ファーナムが山ならアリステラは水、双子都市とも呼ばれているよ」

 アーカンスが補足し、さらなバーツが言う。

「ファーナムとどっちが都かっていうくらいの街だな。レミオールやウエス・トールなんかにも船を出してる商業都市だ」

「……船」


 イシュマイルには想像のつかない話だった。

 だが空想にふける前に、イシュマイルの前に見たことのない物が見えてきた。


 緑の木々の間から、白い塔が幾本となく天に延びている。

(白い……物見塔? にしては、大きさが――)

 距離から考えても、その白い塔は異様に高い。よく見れば、物見塔でもなかった。


 気付けば今進んでいる街道が、それまでの土と草のむき出しではなく、切り出した石が敷き詰められた舗道へと変わっていた。

 石のカーペットのような道は方々から集まり、正面に見える外門へと続いていた。


 やがて視界を遮る木々が途切れ、ドロワの街が一望出来るようになると、イシュマイルはその壮麗な美しさに眼を奪われた。

 街を囲う白く巨大な壁、その奥に建ち並ぶ白い建物。

 山際に沿ってうねるように延びる城壁には、色とりどりの旗が山の風に翻る。


 吹き上げる風に髪を流しながら、バーツが声をかけた。

「街は初めてか?」

 バーツが声をかけた。

「……凄い」

 白い街は日の光を浴びてか、なおさら白く輝いて見えた。


 白亜の街並みは周囲の山々の緑や広い空の青さと相まって、イシュマイルの記憶にあるどの人工的な景色と比べても美しいと感じられる景観だった。


「ドロワ市はサドル・ムレス都市連合の中でも特に伝統ある街だからな。建物一つとっても趣きがあるってもんさ」


 近付けば、巨大な城門は見上げるほどだ。

 門には出入り口が複数あり、中央の入り口が一番大きく、家屋を飲み込むほどの高さと幅がある。今は重く閉ざされていて街の紋章と思しき図形が描かれている。


 その左右には大小幾つもの扉が開かれていて、旅人用、市民用、荷車用といった具合に大きさや用途が明確に分かれている。

 通過する人々や荷物を、門番や衛兵たちが確認しては通している。


 バーツたち一行は騎乗のまま、騎兵の為の入り口の前へと整列した。

 城門の上から、ドロワ市の衛兵がそれを確認する。

――と、重い石を引きずるような低い音が辺りに響いた。


 それは城壁の中から聞こえ、やがて目の前の巨大な扉がゆっくりと開いていく。

 巨大な扉を制御する機械の稼動音らしいが、イシュマイルはどこからか不思議な力が働いているのを感じた。


 バーツが振り向き、イシュマイルに声をかけた。

「ジェム・ギミックは初めてか?」

「え?」

 イシュマイルには耳慣れない言葉だ。

「この門に仕掛けられてる、仕掛けのことだ」


魔石ジェムの力を用いて機械を作動させる、そういう仕掛けのことジェム・ギミックっていうのさ。タイレス族の街にはつきものだな」

 バーツの説明が終わらぬうちに、一行は移動を始めその巨大な門をくぐった。


 アーカンスが横からイシュマイルに言う。

「この先、あちこちで似たような仕掛けを目にするだろうから、慌てないように。大抵ギミックの近くには、古い文様がある」


 たしかに、門や城壁のいたるところにレリーフ状の文様が施されている。

「この文様、ノア族の村にもあった――」

 村での生活を思いだすイシュマイルの脳裏を、一瞬別の何かが掠めたが、目の前に広がった景色にかき消された。


 門を抜けた先は、ドロワの街のメインストリートだ。

 異様に広い空間が一直線に次の城壁まで続いる。街並は、そのメインストリートを挟んで左右に広がっていた。


「見な、ずっと向こうに白い城が見えるだろ?」

 バーツに言われるままにメインストリートの先、遠くに目をやれば連なる城壁の向こう、小高い所に白い建物が見える。

「あれがドロワ市の政治的中心、ドロワ城だ」


 遊撃隊一向は騎馬のまま、メインストリートを進んでいく。

 この美しく整備され大通りが、そのままドロワの街を二分する境目だということを、イシュマイルは後になって知る。


 バーツたちはメインストリートの中ほどで道を右手側、東に向かって曲がり緩やかな坂を上っていく。


 竜騎士や荷馬車が行き来出来る幅の舗装道は、片側通行が徹底しており歩道や水呑場まで完備されている。周りには煉瓦作りの家々が並び、特に高い建物は漆喰で白く塗られている。

 先ほど街の外から見えた白い塔はこういった建物の上部だろう。


 ドロワの街の民は、バーツたち兵士の行列を見て足を止めたが、その様子は穏やかなものだ。

 誰かがイシュマイルの装束を見、珍しそうに指差した。タイレス族の少年が、ノア族の民族衣装を身に付けている。それは彼らにも物珍しい光景だからだ。


 緩やかに曲がった街路は、枝分かれに続いている。

 遊撃隊は少しずつ南側へと回り込んで進み、気付けば先程通った外門が前方に見えている。つまりはぐるりとJ字に道を戻ってきていた。


 この辺りはレンガ造りの大きな建物が並んでいて、一般市民の姿は少なくなっている。竜厩舎等の公の施設が建ち並ぶ区域で道幅も広いのでがらんとした印象がある。


 ほどなく目的の建物に着いた。

 灰色の煉瓦の建物は少しばかりの威圧感があるが、周囲に植樹された木々により自然の柵に囲まれていた。

 外見の割に門は低く、洒落た黒がねの扉は開け放たれている。


 遊撃隊一行は騎乗のまま、手入れの行き届いた庭木の間を進む。


 厩舎らしき屋根が並ぶ庭で一行はようやく動きを止めた。

「よし、ここで一時解散しよう」

 バーツはそう言うとひらりと竜から降りる。

「夜、寄宿舎にて集合。それまで羽延ばして来い」


 そしてアーカンスに言う。

「俺はイシュマイルを連れて聖殿に顔出してくる。後は頼む」

「お任せを」

 それを受けてアーカンスが号令をかけた。

「点呼!」

 兵たちは一斉に竜から降り、それぞれの小隊に分かれて整列した。


 バーツはその横をゆっくりと歩いて来て、イシュマイルの肩をぽんと叩いた。

「後は他の連中に任せて、付いて来い」

 そしてイシュマイルの肩を抱くような格好で馴れ馴れしく引っ張っていく。

「バーツ、聖殿って?」


「おう。お前を大至急会わせたい人がいるんだよ」

「僕を?」

 バーツの広い歩幅に無理やりあわせながら、小走りになってイシュマイルが問う。バーツは構わずに街に向かう。


「あぁ、俺の師匠だ。年季の入ったガーディアンだぜ」

「バーツの……師匠?」

 イシュマイルはさも意外そうに声を上げた。


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