十二ノ八、幻の竜
遊撃隊がバーツの後ろに到着するころには、すでに翼竜は攻撃を開始していた。
バーツも今回は最初から雷光槍を振りかざしている。
以前、ドロワでロナウズと共に月魔を倒した経験から、ごく短い雷光槍を複数作り出す技を編み出していた。
それらの雷光槍を、地面あるいは空中に縫いとめ、互いを雷光でつなぐ。
かつてドヴァン砦で見た、ジェムを使った魔法陣のように、魔力の循環する図形を成して防護壁とする。
見た目の派手さの割には、魔力の消費が格段に少ないのは、面から線になっただけでなくそれが循環しているからだろうか。
この空中に固定された雷光のバリアは、翼竜の炎を防ぎ灼熱の熱風を拡散させ、かつ翼竜の視界をかく乱した。
とはいえ。
(こいつぁ、ライオネルの竜筒の炎よりもきついな……)
一撃一撃がとても重い。
バーツはさらにニードル状の雷光槍の数を増やし、幾本も空中に飛ばしては、翼竜の注意を逸らしている。使い捨ての一本一本のエルネギーはとても小さい。
目眩ましの役割だけ果たせばよく、軌道のコントロールも自在だ。
一方翼竜はライオネルとは違い、バーツの攻撃が守りを主としているとは気付かない。ただ闇雲に空を舞う雷光槍の動きに翻弄されている。
加えてバーツの後ろに控えた遊撃隊も、強い矢を放って援護を開始した。
攻撃としては威力不足ではあるが、意識をかく乱するという点でバーツの攻撃を後押しする。
隙を得たバーツが、弓矢を引くような姿勢を取る。
新たに一メートルほどの長さの光る槍が出現し、バーツの指の動き一つでそれは矢が放たれるが如く勢いよく突進した。
雷光槍が翼竜の片翼に命中し、火花を上げてこれを突き抜ける。
その衝撃に翼竜が、空中で姿勢を崩した。
バーツは続けて次の雷光槍を出現させる。
効率良くエネルギーを使う方法を、バーツは実践で学んでいっている。
翼竜は空中でもがきながらも炎を吐いた。
「伏せろ!」
遊撃隊はその声に身を伏せ、あるいは幹や防護壁の後ろに隠れる。
バーツは雷光槍を持つ手を引き、空の手を翼竜に向ける。掌から放射状にはっきりとした光の盾が見え、炎を巻き返した。
そして入れ替えるように、雷光槍を投げつける。
今度こそ翼竜の胴、真正面に命中する。
翼竜は空中で大きくバランスを崩して、あわや地面に落下するところまで急降下した。
すんでの所で翼を翻し激突は免れたものの、翼竜は体勢を立て直しただけでそれまでの苛烈な攻撃の手を休め、羽ばたきながらバーツを睨んでいる。
片翼は大きく破れ、腹部には穴が開いている。
「いけるか……?」
遊撃隊の誰かがそう声に出した。
アーカンスは、矢を番えた姿勢のまま翼竜を凝視する。
そして気付いた。
雷光槍が命中した腹部に、大きな暗闇が空いていることに。
(なんだ……? この体は?)
アーカンスならずとも、異様さを感じる光景だった。
イシュマイルが、遊撃隊の後ろから近づいてきた。
少し前から戦いの様子を見ていたらしいイシュマイルは、番えたままだった弓矢を下ろした。そして、いつにない平坦な口調で言った。
「これは、本物の竜じゃない。まやかしだよ……」
「イシュマイル君!」
アーカンスの声に、バーツも気付いて振り返る。
イシュマイルは翼竜を見据えながら、遊撃隊の中を進んでいく。
「……竜化の術には強い魔力が必要なんだって。だけど、それより大事なのは環境なんだ。僕はそう教わったよ」
「イシュマイル?」
バーツは翼竜に対峙したまま、背後のイシュマイルの様子を伺う。
「バーツ、ごめん……ものすごく、大事なことを思い出した。いや忘れてた……レムは」
イシュマイルは途切れ途切れに浮かぶ言葉で、バーツに言う。
「レムは、ずっと僕に戦い方を教えてくれてたんだ……まるでたくさんの扉があって、鍵を集めれば開いていくみたいに」
「……?」
意味がわからないながら、バーツは横に並んだイシュマイルの顔を見る。イシュマイルの表情が、いつになく大人びて見えた。
「お前まで何いってるんだ。バテてるんなら後ろに下がっ――」
突然。
イシュマイルが両手を前に、レニがしたように指を絡め、印を作る。
発声と共に一つ、一つと結び術を成していくと、大気が、パチパチという乾いた音を立て始める。
バーツは異変を感じ、翼竜もこの術に反応した。
翼竜は身を翻し、森へ戻ろうとしたか、頭上をすり抜けようとする。
「いかん!」
行かせるな、と白騎士団が弓で狙いを付け直したが、翼竜は幾らと飛ばないうちに失速し、木々の上へと降りてきた。
なおも羽ばたき、足掻く。折れた枝が降り木の葉が舞う。
「……イシュマイル……!」
皆の視線が翼竜に張り付く中、イシュマイルの真横にいたバーツだけがその技を見ていた。
イシュマイルが突き出した拳で見えない網でも引き寄せるような動きをすると、木の上の翼竜の体も何かに引き摺られるように動いた。枝木が激しい音を立てて軋み、折れる。
「……バーツ、攻撃を――早く!」
イシュマイルが片拳を握り締めながら叫び、バーツはともかくと二の指を翼竜に向け、両手で銃を構えるかのような姿勢から、次々と雷光球を打ち出した。
練り込まれた雷光球は空中で変化し、短い槍となって翼竜の体に、木々に激突しては電撃を放ち、これを破壊した。
黒くこげた枝や火のついた葉が辺りに広く飛び散って、真下にいた騎士たちはこれを避けようと下がる。その彼らの頭上に、同じく黒く変色した欠片が降って来た。
見る見るうちに、翼竜の体がバラバラに砕けていく。
「何でだ! どうなってんだヤツは!」
声を張り上げて問いながらも、バーツは休まず雷光球を打ち込み続けた。イシュマイルは答えず、握った拳を引き寄せるように一気に力を篭める。
翼竜は逆らおうと身を反らせたが、両の翼は根元から千切れ、砕けた。空中で粉々に四散し、薄い皮膜はガラスのように割れて、緑の草の上に降り注ぐ。
今や誰の目にも、それは翼竜ではなく、竜の形をした彫像に見えた。
バーツは今一度組んだままの両手を振り上げ、まっすぐに狙いをつけ直すと、トドメの一撃を放つ。閃光と共に雷光槍が飛び、翼竜の胴体を貫いて突き刺さる。
翼竜の体が数多の瓦礫と化して崩れ、イシュマイルはすかさず次の呪文の詠唱に入る。そして術の最後に奇妙な言葉を発した。
短い歌のように音階があり、ところどころはタイレス族には発音できない音がある。
イシュマイルの周囲に魔力が集まるのが感じられ、人の耳には聞こえない音が、周囲の森から響いた。
バーツは気付く。
これは古いエルシオンの言語である、と。
空中に文字とも記号とも付かない模様が現れ、翼竜の姿を何重にも絡めて行く。
崩れていく翼竜の姿が歪んだ。
翼竜と共に、ズタズタになった木の幹も歪んでいく。
木々が風に煽られたようにざわめき、周囲の景色が乱れたように思えた。翼竜の残骸が地面に落ちる前に消え入ると、そこにレニの姿が現れた。
レニは樹の幹に凭れ込み、呆然としている。
イシュマイルは詠唱を終え、レニに向けて淡々と言う。
「見せられていた嘘が消えて、見えなくされていた本当が現れた」
「――っ」
レニが、信じられないと声もなく唇を開く。
「これは幻術の類だ」
イシュマイルは、レニの術を看破した。
「な……」
遊撃隊からも驚きの声が上がる。
「馬鹿な、奴には実体がある! 弓矢も跳ね返していたのだぞ」
普段からイシュマイルと親しい若い隊員も続いた。
「たしかに存在の気配もあったのに? 第一、あの体は?」
イシュマイルは説明する。
「そう、『外側』はあるんだよ。物体がそこに在るから、居ると思ってしまうだけで、大きな生き物が本当にそこに居るとは限らない」
バーツが思い当たったように、呟く。
「具現化幻術……か」
イシュマイルが頷いた。
「本物のレニは姿を隠していて……僕らが見せられていた翼竜は張子の虎だったんだよ。術であるなら、返しの術で解くことが出来る。今のように」
これは竜化の術ではなく、幻術をベースにした複数の術だとイシュマイルは説明する。
一つには、レニ自身の姿を隠す幻術。
次いで、翼竜の姿を具現化する物体形成術(周囲の物質を利用する)
さらに、炎を吐いたようにみせる炎の術。
他にそれらを同時に行い、浮遊させる術、周囲全員の感覚を狂わせる術などを段階的に掛けていく。翼竜が無為に羽ばたきや威嚇を繰り返していた時間は、こうした罠の下準備でもあり、最終的に「竜化」という大掛かかりな術に見せて、恐慌に陥れれるというものだ。
火力や頑健さでは竜化に匹敵する術ではあるが、レニが変化した姿ではない。
――もちろん、それはそれで相当の使い手であることは間違いないのだが。
「く……。なんでだ、オレの術が効かねぇ!」
レニが、金縛りが解けたように幹の根元に倒れこんだ。
その身には傷一つ、衣服の破れ一つもない。