十二ノ五、ピオネル
遠目に見える翼竜に対し、バーツとイシュマイルはすぐには危機感を持たなかった。その位置から様子を見ている。
「ピオネル型って?」
「ピオネルってのは人の名だよ。最初にその種類の竜族と契約した人間の名前が、まんま分類上の名前になるんだ」
竜族は人との関わりが深い。
もともと竜族は環境に応じてその体を変化させる力――適応能力が高く、人との生活に置いても様々な形、能力が開発されては新種として固定されてきた。
ちょうど、犬猫の種類が名前や地名に準じているのに似ている。
「しかしピオネル型翼竜ってのはもっと青みが濃くて、でかい奴だったと記憶してるぜ? 第一ノルド・プロスの外には出ないはずだ」
ピオネル型は、人族との感応力に優れ多く共存している翼竜族の一つだ。
「変異種かもよ。こんなドロワ近くの森にいるなんて」
「……そういやぁ月魔事件の時、翼竜が目撃されたって報告があったな。さては、そいつかぁ」
暢気に話していたバーツとイシュマイルだが、強い魔術の波動を感じ取って表情を変えた。竜のいる辺りで、何者かが魔法を使ってる気配だ。
ようやく異変に気付いてイシュマイルが声を上げる。
「――待って! 何かを攻撃してるんだ!」
何度も何度も上空に上がっては降下を繰り返す様は、森の中の何かを狙っているようにも見える。
バーツが手綱を握りなおす。
「……何狙ってるかわからねぇが、こいつぁ人間の手に負える相手じゃねぇな」
バーツは先に駆け出し、翼竜を見ていたイシュマイルもそれに気付いて慌てて後を追った。
一方、翼竜と対峙している白騎士団と遊撃隊。
幹の密集した森の葉陰で、ヘイスティングは意識を取り戻した。目の前には彼を介抱するネヒストの姿がある。
「お気がつかれましたか」
ヘイスティングはまだはっきりと覚醒せず、視界も狭かった。それもそのはずで、彼の左顔面には裂傷を応急処置した布が、強く巻かれている。
「……これ、は?」
顔に触れようとした手にも、包帯が巻かれている。
「まだご安静に。翼竜の一撃をまともに受け止めたのですから……動いてはなりません」
ヘイスティングにはその瞬間の記憶がない。
迫ってきた翼竜の爪を長剣で受けたものの、その勢いのまま投げ飛ばされた。致命傷は避けたと思われたが、それでも深手を負い、衝撃で打ち付けた節々にも損傷が見て取れた。
ネヒストは翼竜の隙をついて、ヘイスティングをその場から引き摺るようにして離脱させたのだ。
ヘイスティングは視線を彷徨わせたが、血圧が下がっているのかそれとも血糊のせいか、不鮮明にしか見えない。ただ、その耳には耳鳴りに混じって誰かしらの悲鳴や、木々の葉枝の打ち当たる音が聞こえてくる。
翼竜は、今は白騎士団全体にその狙いを変えていた。
ヘイスティングは一声上げようとして咳き込み、もう一度声を枯らして叫んだ。
「……っ 何をしているか! 俺のことより部隊を指揮しろ!」
ネヒストの手を払い除け、悲鳴の聞こえる方向に体を捻っては叫ぶ。ヘイスティングの声は近くの騎士らにかろうじて届いた。
「陣を崩すな! 森へ……方術兵!」
新参の部隊を指名して叫ぶ。
「対魔……障壁を展開しろ……っ! 他の者は防衛陣を崩すな!」
聖殿には騎士や祭祀官のほか、魔術に対抗する呪術の専門家もいる。
先だっての月魔事件以来、聖殿はその数を増強し特務として各騎士団にも呪術士を随行させていた。
方術兵部隊である。
彼らは木々の間に隠れ込み、遮蔽物の陰から呪文を繋いで一連の防壁を作り上げていった。
翼竜の物理的な直接攻撃を防ぐには心許ないが、巨大な翼竜は防壁と密集する木々の枝を嫌ってか、上空で無為に羽ばたいている。
そして時折、上空から威嚇の炎を吐いた。
無防備に散開していた白騎士団は、ヘイスティングの声にいくらか冷静さを取り戻してきた。しかし相変わらず打つ手はなく、指揮官らも負傷している。
ヘイスティングの傷は思うより重かった。
「く……」
「ガレアン殿!」
ネヒストが声をかけていなければ、すぐにでも気絶してしまう程で、何度か覚醒し、失神を繰り返した。ネヒストは上官の体を支えたまま、その場から部下を誘導する号令をかけ続けた。
その頃。
カイント評議員の乗った竜馬車は、この混乱の隙にその場を離れ、遁走していた。
馬車を牽引する竜馬が驚いて暴れたのを、御者が制御できなかったのがきっかけだが、そのまま街道を下って先にいる第三騎士団の元へと急いでいる。
遊撃隊の数騎がこれに従い、それ以外の遊撃隊はまだ白騎士団の近くにいた。
アーカンスら遊撃隊は、暴れる翼竜に注意を払いながらも、白騎士団がカイント評議員の後を追わぬよう道の端に控えていた。
そして白騎士団の負傷者を何人か運び出して救助した。
「なんてことだ……」
アーカンスならずとも、そう呟かずにはいられなかった。
遊撃隊はカイント評議員がドロワ市にいた事も寸でまで知らなかった。
ましてカイントが龍人族を連れていたことも、その龍人族が竜化の術を使うことなども予想の外だ。
今は、その翼竜の攻撃がいつ自分たちにも及ぶかわからず、白騎士団の援護に行くこともこの場から離脱することも出来ない有様だった。
「隊長、やはりカイント評議員を追いましょう。ここも危険だが、彼の身も守らねば」
アーカンスは強く頭を振った。
「駄目だ。我々が今ここを離れるのは、一番の悪手だ」
仔細はどうあれ、突然現れた翼竜がファーナムの駒で、ドロワ騎士団がその攻撃を受けたという事実は曲げられない。アーカンスは、今ここで自分たちまで逃走しては更にその図式を濃くしてしまうと感じていた。
しかし竜馬車よりも巨大な、空を飛ぶ竜と対峙するなど全く経験の外であった。
どう対処していいのか、まるでわからない。
(隊長……バーツ隊長なら、どう判断したか……っ?)
アーカンスは我知らず、未だこの場に居ないバーツに縋った。