十二ノ四、レニ戦
「……貴様、龍人族だな」
ヘイスティングは竜の背から、レニを見下ろして言う。
「貴様もあの、ドロワの恥と同類か」
それはレアム・レアドを指して言った言葉だが、レニはその意味を察してかいきなり行動を起こした。
刹那、視界の片隅で何かが光ったと感じた。
気付くと、レニの手にはどこからか現れた槍が握られている。
(雷光槍……?)
ヘイスティングも、傍らにいたネヒストにもその瞬間は見えなかった。
(違う、雷光槍の光とは違う……)
それはレニを後ろから見ていたアーカンスらも同じだ。
レニは手にした槍を一振りし、白騎士団に向かって構える。
「その『ドロワの恥』とやらに、挑みもしねぇで尻尾巻いてる連中が……。勝手に龍人族を語ってくれるなよ」
わかるのは、レニは明らかな害意をもってヘイスティングに対していることだ。
レニはヘイスティングに対して、かかってこいと指を鍵のように曲げて見せた。明らかな挑発で貴族に対して相当に無礼な仕草でもある。
「……よかろう。我に敵意あるなら、相手になろう」
ヘイスティングは怒りを溜息で殺すと、竜馬を降りた。
「ガレアン中隊長殿!」
「なりません! 押し囲んで捕らえるべきかと!」
ネヒストはじめ周囲の白騎士らが制止の声を上げるも、ヘイスティングはそれを無視した。
長剣を抜きレニの方へ進む。
「こうも侮辱されては引き下がれまい。それよりも皆、気を散じてファーナム一党を逃がすなよ」
ヘイスティングは部下に陣を維持するよう合図し、手にした剣を作法道理に真っ直ぐに立てた。
ドロワ騎士団の剣は、両手で構える長剣でその剣術の型も伝統的なものだ。
年月を経て形状や戦術など様相は変わっていくが、古よりのドロワ騎士のシンボルとして常に腰に佩いている。
剣を垂直に立て、短い詠唱と共に恩寵を賜るよう刀身に接吻する。
「ドロワ拝殿騎士、白騎士団のヘイスティング・ガレアンが参る!」
ヘイスティングが正統派の構えを取るやいなや、レニが槍先を前に突進してきた。
ヘイスティングはすかさず一歩大きく踏み込み、これを受けて払い流す。そこからは二合三合、と互いが長い得物を振りかざしての応酬となる。
長くはかからなかった。
豪快だが腕力に任せるレニに対し、ヘイスティングの太刀筋は滑るようで、長剣が自在に宙を舞い、その重さは無駄なく力に変わった。
ついにはレニの手から槍を打ち落とし、切っ先を向けて追い詰める。
「く……っ」
次の手を打たんとするレニの鼻先に、剣の先が光る。
双方が動きを止めると、今まで止んでいたかのように森の木々が揺れる音が聞こえ始めた。
明らかな勝利を目にし、誰からとなく驚嘆の溜息が上がる。
(すごい……)
アーカンスも、思わず感嘆の息をもらす。
正直なところ、アーカンスもヘイスティングの腕前に関しては、侮っていた。彼のようなタイプの貴族の子息が、剣術の鍛錬に勤しむ姿はあまり想像出来なかったからだ。
そして思う。
ヘイスティングに対したのが乱入者のレニでなく自分だったら、とうに命がなかったかも知れないと。
一方ヘイスティングは剣を引き、再び長剣を立ててその刀身を見据えていた。
(やはり)
――出来る。
そう手応えを感じていた。
レニを負かしたことではなく、自分の中でのみ得ることの出来る感覚。
(俺は……何故この感覚を忘れてばかりいるのか)
先の月魔の件にしても、黒騎士団との剣術試合にしても、ドロワの現状についても、様々な場面でいつも頭打ちを感じている。
口にはしないが、平素から頼りないと感じている団長カミュにすら、得意のはずの剣術で勝てないでいる。
自分への情けなさは、いつも怒りに変わる。
その苦闘の隙間に、時折こうして涼しい風が抜ける。
(いける。まだいける……)
ヘイスティングは、暫時その安堵に浸った。
小さな勝利を喜ぶよりも、ギリギリの綱を渡り続ける緊張の合間の安堵だ。
しかし今回は、気を緩めるには早かった。
レニにはまだ奥の手がある。
レニは周囲の警戒が薄くなったのを見て、すかさず後ろに下がった。森の木々を背に、空になった両手で印を結ぶ仕草をし、呪文の詠唱に入る。
ネヒストがその様子に気付いて声を上げた。
「その龍人族を止めろ! まだ何かするつもりだ!」
レニが、指の結びを切る。
「遅いな! もう終わりだ!」
アーカンスやヘイスティングが振り向くと、レニの姿はまさに掻き消えるところだった。強い風が吹き抜けると、レニの姿はもうそこにはない。
「今のは……っ?」
何かの術か、と皆が口にするのを遮るように、奇怪な咆哮が山道に響いた。視界に何かの大きな影が射し、誰からとなく上空を見上げる。
そこにいたのは、巨大な翼竜だった。
そう、ドロワで月魔石を持ち去ったあの翼竜と同じものだが、今はその鋭い爪を白騎士団に向けている。
「……竜化の、術……?」
誰もが思い当たり、その背筋に冷たいものを感じた。
それは龍人族の秘術であると、御伽噺の中や神話の隅で聞いていた。
龍人族の中には、巨大な龍に変化するものがある、と。その能力は、通常の竜族となんら変わらず、恐ろしい力を持つと。
もはや剣術も武器も効かない。
攻撃態勢に入った竜族の前に、人は無力なのだ。
翼竜はその狙いの的を、まずヘイスティングに向けた。
ヘイスティングの視界に、鋭く光る爪先だけが見える――。
同じ頃。
ドロワ城を後発したバーツとイシュマイルが、ようやく九十九折の山道を望める街道まで辿り着いていた。
その二人の耳にも、翼竜の上げた裂けるような咆哮が届く。
「今の……っ?」
バーツが竜馬を止める。
「バーツも聞こえた? さっきの音」
イシュマイルも竜馬を止め、視線をその方角へと巡らせる。森の方から、鳥が群れを成して逃げていく。
「音、じゃねぇよ。竜の鳴き声みたいだったぜ?」
「うん」
視界の端で、遠目に見える木々の枝が乱れた。
再び上空に浮かび上がった翼竜が、二人の位置からも見えた。
「バーツ! あそこ!」
イシュマイルの指差す方向に、三度翼竜が姿を見せる。
「……竜? あれはもしや、ピオネル型翼竜か?」
「ピオネル?」