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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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十二ノ三、痛恨

 ドロワ白騎士団はたちまちに遊撃隊に追いつき、これを包囲するように竜騎兵を展開させた。少人数の遊撃隊は、手を打つ間もなく円陣の中に押し込められる。


 カイント評議員の乗る竜馬車を中心に、遊撃隊は外を向いてこれを守った。


「ファーナム第三騎士団、遊撃隊だな」

 白騎士団の群れの中から、見知った顔が前に出てきた。

 追走隊を率いるのは、ヘイスティング・ガレアンだ。

「ドロワ聖殿第一騎士団、第七中隊である」

「……」

 アーカンスも無言のまま、竜馬を前に出した。


 ヘイスティングは騎乗のままで言う。

「よもや我らが最初に貴公らとぶつかるとはな……。これも奇縁なら仕方ない」

 ヘイスティングの声は低い。

「貴公らはあとだ。まず、そちらの御仁を渡してもらおう」

 アーカンスは訝しむ。

(カイント評議員のことを知っている?)


 ヘイスティングは、先に説明した。

「先の月魔の一件。ファーナムの仕業であることは露見している。その竜馬車の中にいる人物がそれに関わっていよう?」

「ガレアン殿――」

 アーカンスは釈明しようと口を開いたが、ヘイスティングは畳み掛けた。

「密告があったのだ。ファーナム贔屓のとある貴族が、自らの屋敷にファーナムの役人を密かに匿っていた、と」


「議員特権でドロワ城内に逃げ込んでいたようだが、ここではそれは通用しない」

「……」

「貴公らが本隊を離れ、ここで足を留めている事実。ファーナムの要人とやらと護送している最中なのだろう?」

 ヘイスティングの声音は、いつになく抑揚がない。


 アーカンスも言葉を探せずにいた。

 一つ一つの事柄は事実だが、総体においては間違っている。それだけに説明のしようがない。


(いかんな……ガレアン中隊長は冷静ではなくなっている)

 いつも傍らにいる相談役の騎士ネヒストは、傍目には平静に見えるヘイスティングの様子が普段と違うことに気付き、事態の異変を予感した。

 

 ヘイスティングは独り言のように言う。

「今度の件にファーナムがどう絡んでいようとも、第三騎士団は別だと思いたかった……轡を並べて戦ったのだからな。けれど、もはや聞く耳はもたん」

「ガレアン殿!」

 アーカンスが今一度口を開くが、ヘイスティングは意に介さない。


「竜馬車はドロワに移送する。……そして、遊撃隊――邪魔立てするならば、貴様らは今ここで壊滅させる。ドロワ白騎士団の名において!」

「!」

 白騎士団の竜馬が向きを変え、にわかに殺気立つ。


「多勢に無勢か……」

 遊撃隊の一人が痩せ我慢をして呟く。

アーカンスは片手を挙げ、守りを固めさせる。

(早くも騎士団同士が衝突か……悪手だな)

 互いの損失だけでなく、ドロワやファーナム、そしてサドル・ムレス連合にとっても不利な一手となるだろう。

「この状況を作り出したライオネルに一矢報いたかったが……」

 ドヴァン砦で。

 その時には、もう一度ドロワ騎士に味方でいて欲しかったが――。


 アーカンスは片手を挙げた姿勢のまま、ヘイスティングを斜交はすかいに見る。ヘイスティングはそれを真正面に受けて睨み返した。


 その表情には先日アーカンスに見せた癇癪の怒りではなく、多分に無念と口惜しさが滲み出ている。

指揮官としての苦悩かも知れない。


 その時。

 アーカンスが腹を括る後ろで、カイント議員を乗せた竜馬車が奇妙に揺れた。

 車内で揉めているのか口論の声が聞こえ、扉が内側から勢いよく蹴破られた。アーカンスが驚いて振り向くと、扉だけが軋みを立てている。

 改めて扉が開き、中から人が降りてきた。


「……いけない」

 遊撃隊が制止する間もなく、竜馬車から降りてきたのはカイント評議員ではなかった。


 鮮やかな模様の布が翻る。

 扉がまた乱暴に閉められると、赤い長髪が逆巻いた。

(レアム――?)

 その場にいた一同が、そう思ったに違いない。

 ドヴァン砦で実物の姿を目にした遊撃隊すら、たじろいで竜馬を下げた。

 はたして現れたのは。


――レニスヴァルド・アストラダである。


 レニはすぐに言葉は発しなかったが、独特の鋭い眼光で周囲を睨み付けた。レアム・レアドでないことは確かなのだが、その体格や紫の瞳といい、威圧感が弥増いやます。


 レニは視線を一巡りさせたあと、中心にいたヘイスティングに目を留めた。

「……てめぇか」

 低く掠れた声には、怒気が篭っている。


 レニは、竜馬と竜騎兵の間を縫って前へと出る。誰にも制止されることなくヘイスティングの真正面へと出た。

「てめぇらか。龍晶石を放りっぱなして逃げやがった騎士連中ってのは」


 ヘイスティングには、レニの言わんとすることがわからない。しかし明らかな憎悪は見て取れる。

「……オレはな」

 レニは両手をもって拳の関節を鳴らしつつ言う。

「てめぇらみたいな何もできない貴族ってのが大嫌いなんだよ」

「!」

 レニの一言は、ヘイスティングの神経を逆撫でるに十分だった。


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