十二ノ一、核心
第一部 ドロワ
十二、衝突
「時に……団長」
任務を受けたアーカンスは、その場を離れる前にジグラッドに相談を持ちかけた。
「うむ」
ジグラッドは笑みを収めて頷き、傍らにいた給仕役の兵士はその場を離れた。
残ってるのは団長付きの副官だけだ。
「……遊撃隊のことじゃな」
ジグラッドは腰掛替りにしている倒木に座りなおした。
アーカンスはそのままの姿勢で答える。
「はい。それもありますが、ファーナムに戻ってからの私の行動について、許可を頂きたく」
「ほう、許可」
「数日ほど実家に戻り、親族と繋ぎを取りたいのですが」
休暇の扱いで、と説明するアーカンスの言葉に、ジグラッドはその細い目を開いて瞬きしている。アーカンスの行動としては珍しく、時期も時期だけに副官も黙っている。
「……たしか、ルトワの一族は――?」
「はい、従伯父が評議会の末席に名を連ねております。次兄もファーナムの商工人組合に在籍しております」
「して、用向きは? 骨休めではあるまい」
「はい。仔細はこの場ではわかりかねますが、私としても情報の橋渡しを頼みたいと考えております」
「ふぅむ」
ジグラッドはすぐには了解しなかった。
副官が横から口を挟む。
「危険ではないのか? その……身内を任務に巻き込むことになるぞ」
「もとより」
アーカンスは平然と答える。
「それを狙って私を騎士団に叩き込んだものと心得ておりますから」
「……やれやれ。噂には聞いておったが、商魂逞しい連中のようじゃのぅ」
ジグラットは大袈裟にいって頭を掻いた。
「で。その後、遊撃隊としては具体的にはどうするつもりじゃ?」
「はい」
アーカンスは、ジグラッドの考えを読むように話しだす。
「ドロワ市がノルド・ブロス領に入った今、都市連合からの再度の出撃は近いと思われます。まずはドロワ市を無傷で通過し、ドヴァン砦に到達……そこでの再戦という筋書きが予想されるかと」
「うむ」
ジグラッドは深く頷いて肯定する。
あくまでドロワ市とは交戦しない、という計算だ。
「遊撃隊は、ドヴァン砦再攻略に参加したく思います。バーツ、そしてイシュマイルをもってレアム・レアドを突破します」
「イシュマイル……?」
ジグラッドは、仮司令室で出会った少年の姿を思い出す。
「アーカンス。貴様、子供を戦場に引き出すか」
「はい」
ジグラッドの詰問に、アーカンスは素気なく答えた。
「先達てのドヴァン砦攻略……作戦には失敗しましたが、何がしかの変化を感じました。遺憾ながら、イシュマイルは震央です」
「……」
暫時、アーカンスを睨むように凝視していたジグラッドだが、その怯みない態度に最後は断を下した。
「貴様の絵解き……まずは腹に収めておこう。バーツの奴も同意見なのだな?」
アーカンスはその問いには答えを鈍らせた。
「どうでしょう。恐らく同じ見立てかと思われますが……現実にどの行動を採るかは計りかねます」
「わかった。……では休暇の件、許可する。羽を伸ばして来い」
ジグラッドは婉曲な言い方でアーカンスの意見と行動を承認した。アーカンスは姿勢を正し、騎士らしく敬礼する。
アーカンスはその場をあとにし、遊撃隊に指示を与えるべく戻って行った。
ジグラッドとその副官は、その背を難しい表情で見送る。
「……団長」
「ふぅむ。そう簡単にいくかのう」
ルトワの親族のことなのか、ドロワ再戦のことなのか、カイント議員のことなのか、口にしたジグラッドですらわからない。
副官が言う。
「アーカンス・ルトワに、遊撃隊の隊長は荷が勝ちすぎませんか?」
「おぬしもそう思うか」
「えぇ。ましてや、今のバーツ・テイグラートは当てに出来ません」
副官はアーカンスそして遊撃隊について、その特殊な活動に賛同していない。
「アーカンスの親族といえば、クライサー・ルトワ……。あまり良い噂は聞かない人物ですな」
「うぅむ。儂はのぅ……」
「はい」
ジグラッドは、自慢の髭を撫でながら焚き火の火を見ている。
「あ奴らの、あの規格外のところを買っておるんじゃ」
アーカンスと、バーツのことだろう。
これまでにも、個別では異端児でも寄り集まれば他者に出来ないことを、幾度か成してきた。
「しかし……遊撃隊は特殊工作の専門部隊ではありません。あくまで聖殿騎士です」
「わかっておるよ」
「いいえ。ファーナムに戻れば、我々は間違いなく降格か、処分を受けます。その時に遊撃隊だけ免れるとは思えません」
「団長特権で、彼らを守ることは……出来なくなります」
副官はそれだけ言うと、まだ釈然としないながら口を閉じた。
「しかしのぅ」
ジグラッドは眠そうな声音で言う。
「第三騎士団はそもそもが『厄介者』の集まりじゃからなぁ。その矜持くらいは持っておきたいものじゃ」
副官がジグラッドに視線を戻す。
「ファーナムの議会は今なお、解放派だの神聖派だのと分かれて紛糾しておる」
焚き火が爆ぜ、火が揺れるのをジグラッドは見ている。
「儂らはその議会のどの派閥にも属さず、かといってエルシオンを盲目的に礼賛するでなく……街を離れて行動しておる」
「これが自由と責任じゃよ……」
しおらしい口調を言いながらも、ジグラッドは内心、今の状況を楽しんでいる節がある。