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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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十一ノ十、鍵

「イシュマイル」

 不意に、バーツの声か近くで聞こえた。


 記憶に流されそうになっていたイシュマイルの耳にそれは大音量で聞こえ、顔を上げるとバーツが目の前に居た。

「なら、足で探しに行こうぜ」

 バーツはソファの前で床に膝を付き、覗き込むようにイシュマイルを見ている。


「ウエス・トールだ。お前のルーツをその眼で見て、ついでに新しい足跡をつけてくればいい」

 バーツの声はいつになく力強く聞こえ、今居る室内の壁の色が急に現実感を帯びて迫ってきた。イシュマイルはただ呆然とバーツを見、バーツはイシュマイルの肩を叩いて笑った。

「第一お前、過去に浸る歳でもねぇだろう?」


「怖いと感じるのは、若い証拠だとさ。上手い言い方だよな……受け売りだけどよ」

 バーツは一瞬実年齢に近い眼差しを浮かべ、柄になく穏やかに言う。そういうバーツもまた、それを怖いと感じているが故の感想だろう。


 その後。

 軽い夜食などが運ばれてきて、バーツとイシュマイルは遅めの食事を取った。二人が休む支度をしていると、部屋の扉をノックする者がある。

「……セリオだな」

 バーツはイシュマイルに小声で言う。

「え?」

 イシュマイルは訊き返したが、バーツは始めから予想していたようだ。


「俺はちょっくら話しを聞いてくる。お前は先に休んでな。……明日は早く出発するからな」

 イシュマイルは意味もわからず頷いた。

 セリオの用とは恐らくドロワの今後のことだろう。昨日シオンと話しをし、今日はバーツを呼んでいる。


(ガーディアンと繋ぎを取ってパワーバランスを図ろうとするか……なかなか侮り難い御仁だな)

 バーツはこういう時、口元に笑みを浮かべる。

 セリオはこのあと、ライオネルやレアム・レアドとも繋ぎを作るのやも知れない。


 バーツは部屋を出ようとして立ち止まり、イシュマイルに言う。

「……イシュマイル、お前はいい子にし過ぎてるぜ?」

「え?」

「レアムに会ったら出会い頭に殴りつけてやってもいい。そのくらいの権利は、お前にはあるぜ?」

「……」

 バーツは、自分の拳を見せながらイシュマイルに言う。

「ガーディアンってのは長生きのくせに生き急ぐ連中だ。身勝手な奴らといくら話しても聞いちゃいねぇよ。……拳で呼び止めるくらいでちょうどいいんだよ」

「……バーツ」

 そのガーディアンの中にバーツ自身も含まれていることに、本人は気付いていないようだ。

「殴りつける、ね……考えておくよ」

 イシュマイルはようやく笑った。


 イシュマイルはバーツを見送り、先に休むことにした。

 気付けば、胸が軽くなっている。過去に傾きかけていた心が現実に戻ってくると、胸の痛みも和らいでくるのが感じられた。

 人が誰かの側に居るというのは、こういうことなのだろう。


 イシュマイルは、もう一度今日のことを思い出す。

 さっきまでは考えるのも憂鬱だった。

(レニ……アストラダ、か)

 すっきりとはいかないまても、いくらか冷静に思い出せた。

(レニは、レアム・レアドと戦うつもりなのか……)

 あの様子では、真正面から挑みかかるやも知れない。


 情報屋の老婆の話が本当ならば、レアム・レアドは孤児として引き取られ、ソル・レアドの養子となったとのことだ。

 だとしたらレニというのは、レアムにとって失ったはずの身内が生き残っていたという証ではないのか?


 にもかかわらず、同族同士、血族同士が戦うなど――。

(駄目だ……それじゃあ駄目。どっちにも良くないよ)

 今のイシュマイルにはどうすることも出来ず、ただ思い巡らせるだけだった。


 

――その頃、ファーナムへと続く街道にて。

 イシュマイルとバーツはその夜、立派な寝室で休むことができたが、第三騎士団と遊撃隊は山中で散々だった。


 ただでさえ、昨日の月魔騒動のために十分な休息をとっていない。

 そこに加えてドロワ近郊の山中は一晩中獣が鳴き叫び、烈風が咆哮のように響いていて、野営をするにも落ち着いて眠るどころではなかった。

 隊員たちは野獣や魔物、月魔の襲撃を警戒して交代で見張りをし、夜を過ごす。


 ジグラッドが、アーカンスにいう。

「お前もとんだ貧乏くじじゃな。今回の任務、何日屋根の下で眠れたかのぅ?」

 アーカンスも苦笑いで言い濁すしかない。


 ベッドのある寝室で寝泊りしたのはドロワの寄宿舎くらいで、ノアの村では夜を徹して話しをしたので殆ど眠っていない。あとは街道か山中の夜営で、隊員たちはすっかりこの作業に慣れてしまっている。


「貧乏くじついでに、もう一つ頼まれてくれんかのぅ」

 ジグラッドは努めて砕けた口調で切り出した。

「せっかく合流したところを済まないが、街道を戻ってもう一仕事してくれんか?」

「もう一仕事、とは?」

 心身共に疲れはあるものの、アーカンスもそれを声音に出さない。


 傍らの副官がジグラッドの代わりに答えた。

「この街道を、ロイトリヒ・カイント議員の竜馬車が我らと合流すべく追って来られている。遊撃隊はこれを迎え、護送して貰えまいか」

「……クライサー・カイントが?」


 クライサーとは、評議員の敬称である。

 クライスとは『鍵』という意味の古い言葉で、評議会を開催する時に発する『パス=クライス!』という言葉は、ここから転じている。


 ともかく、カイント議員は第三騎士団に近い筋の評議員クライサーとして、馴染みではある。


「あちらは竜馬車だ。ゆっくり街道を来てくれればいい」

 竜馬車の速度に合わせ、野営しつつ街道を進むのは、少人数の遊撃隊に向いた役目である。

「わかりました。お任せを」

 アーカンスは、まずは一礼してこれを受けた。


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