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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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一ノ十、遊撃隊

――しばらくして。


「ここまでだな」

 ギムトロスが言う。


 森が切れて草原が見えるようになると、突然ギムトロスは竜馬の背から近くの木の枝へと跳んだ。

 その鮮やかさに、後ろから見ていた数名が感嘆の声を上げる。


 バーツやイシュマイルが振り向くと、ギムトロスは樹上から片手を挙げて言った。

「村に戻ってお前たちが無事出立したと伝えてくる。またな」

 そして、さっと木々の中に消えてしまった。


 アーカンスが慌ててその姿を探したが、もう何処にも気配すらない。

 ギムトロスを良く知るイシュマイルは、肩を竦めて苦笑する。彼は長々とした別れの挨拶などは苦手なのだ。

 ギムトロス自身も、すぐに村を出るつもりでいるので尚のことだ。

「……慌しい爺さんだな」

 バーツはぼそりと言うと、姿勢を戻した。


 一同は竜馬を前に向け、改めて前方の行く手を見る。

 目の前に、見慣れた草原が広がった。


 森を抜け視界が一気に広がると、隊員たちは安堵の息をつき、互いに声を掛け合った。

 イシュマイルだけが、一人表情を強張らせる。

 あまりに見晴らしが良く、身を隠すところなどないかのようで不安になる。おまけに慣れない竜の背に跨っているので体の自由が利かない気がした。


「ところでボーヤ」

 バーツが体を捻り、すぐ後ろにいるイシュマイルに声をかけた。

「ボーヤじゃない。イシュマイル・ローティアスだ」

 イシュマイルは虚勢を張って答える。


 アーカンスも後ろから追いついてきた。

「ローティアス、か。ギムトロスさんと同じ姓だね。まるで孫だ」

「……だと良かったんだけど。とにかく厳しいから」

 イシュマイルは、アーカンスには多少気を許した様子だった。


 横から騎士の一人が尋ねる。

「歳はいくつなんだい?」

「……」

イシュマイルは一瞬考えて答える。

「えーと。……二十」


 周りで聞いていた者たちもどっと笑った。

 バーツも失笑を隠せない。

「ハハハハ。そいつは無理ってもんだぜ、イシュマイル。せいぜい、いっても十七ってとこだな」

 イシュマイルはむっとして答えに窮した。


 実のところ、イシュマイルは自分の年齢を知らない。

 タイレス族とノア族で暦が違うというのもあるが、周囲の話から推定して、十五歳前後なのは確かだ。

 同年代のノア族の子供とは距離を置き、幼少期のほとんどを村の女性らに囲まれて過ごした為か、今も口調に幼さが残る。

「……じゃあ、十七でいい」


 憮然と答えるイシュマイルに、バーツはまだ笑っている。

「サドル・ムレスの徴兵下限年齢は十八歳だ。いざとなったらサバ読んで手伝ってもらうかな」

「ええっ?」


 そんな冗談を言いあううちに、一行は街道に辿り着いた。

 後は道沿いにドロワの街まで進むだけである。


 街道にはその途中、途中に野営地がいくつもあった。

 多くは井戸があり、粗末な屋根が付いていて周りに火熾しの跡がある。旅人たちはここで集まって夜を過ごして、翌日また旅を進める。


 ドロワの街まではあと少しだが、遊撃隊の一行も小休止を取ることにした。騎士たちは解散すると、手際よく食事と夜営の準備に取り掛かった。

 指示を与えているのはアーカンスである。遊撃隊の騎士らはよく訓練されており、疲れを見せずにてきぱきと動いた。


 この野営地は街道沿いでも特に山の外周にあり、拓けた先にある崖は展望台のように視界が広くなる。

 東側の山々が遠くまで見渡せた。

「この辺りまでなら、来たことあるなぁ」

 イシュマイルはそう言いながら、竜馬から鞍を外してやる。


 改めて自分を乗せていた竜馬を見る。

 少し年のいった、大人しい竜馬だった。戦闘用としては現役を引いていたが、荷物の運搬用として連れられていたうちの一頭である。

 利口そうな眼でイシュマイルを見ていたが、何も命じられないとわかるとその場に座り込んだ。退化した小さな前足で、大きな頭と上体を支えて座っている。


「イシュマイル、こっちだ」

 バーツは両手に温かい飲み物を持って来て、声をかけた。

 イシュマイルに片方を渡すと、崖の方へと誘った。

「何?」

 二人が崖のきわに立つと、吹き上げる風にマントがはためく。


 目の前は、眼下に見下ろす森の海と、空のパノラマ。

 ときおり山肌を覗かせながら幾重にも重なる緑の波は、サドル・ノア村周辺に残る深い森と同じだ。延々と続く木々の上には、茜に染まる空が丸く覆い被さり、緑の色を濃くしている。


「見な」

 バーツは視界のうんと右手側を指差した。

 見れば、一箇所だけ空模様が良くないところがある。そのすぐ下は黒い雲が掛かっていて、天候が荒れているように見える。

 不自然な景色だった。

(雨……いや、雷雲かな?)

 遠目を効かせるイシュマイルの横で、バーツが言う。

「あれが、ドヴァン砦」


「レアム・レアドはあそこにいる」

 イシュマイルがはっとしてバーツを見る。

 だがバーツは平然と飲んでいるだけだ。

「いずれ、連れて行く。それまでは我慢しろ」

「……どういう」


 表情の険しくなったイシュマイルに、バーツは淡々と説明した。

「今は戦闘状態なんだよ。辺りは軍隊が規制してるから、誰も入れやしねぇぜ」

 そして、繰り返す。

「戦の真っ只中なんだよ……」

「……」


 イシュマイルは、落胆すると同時に心のどこかで安堵した。再会は先延ばしになってくれればいい、と内心密かに怯えていたのだ。

 そして、ほっとため息をつく。


「……じゃあ、あれは戦の煙なの?」

 妙に冷静にそう尋ねた。

「いや、多分雷雲だ」

 バーツは答えてやりながらも意外そうにイシュマイルを見る。もっと残念がるか、食い下がるかと思っていたからだ。

 そしてこう付け足した。

「雷光槍の呼ぶ雷雲だ」


 意味がわからずイシュマイルが視線を上げると、バーツが自分を見ていた。

 そして空いていた片手を挙げて、掌をイシュマイルに見せた。

(手? ……あぁ、あの時の)

 イシュマイルは、バーツの放った雷光槍を思い出し、頷いた。


 バーツの掌から放たれた光と、現れた武器――。


 思えば『戦って負ける』という感覚を初めて受けた気がする。それまでの闘いや訓練では、勝ち負けなどは目的の途中経過でしか無かった。

 だがどう足掻いても勝てない相手、そして覆らない敗北というものがあるのだと、イシュマイルは改めて気付いた。


 思えば、あれはほんの昨日のことだ。

(もう随分と前のことみたいだ)

 イシュマイルはそう思いながら、バーツの手渡したカップに口をつけた。


 わずか一日で急激に変化があって、止まっていた時間と事柄が、一気に自分に向かって降り注いで来た様だった。

「む……」

 カップの中身はまだ異様に熱く、イシュマイルは怪訝そうにその液体を見た。

 それは、芳りは良いが妙に苦い飲み物だった。


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