十一ノ八、撤収(キックアウト)
イシュマイルとバーツが、ドロワ城内にいた頃。
ファーナム第三騎士団は出立の準備を終え、移動を始めた。
昨日の月魔の一件はファーナムの仕業だと、街の噂は思うより早く広まってしまっていた。旧市街の人々は扉と窓を閉ざし第三騎士団が通り過ぎるのを無視して静かにしている。
(群集に囲まれるよりは…マシだと思うしかないな)
アーカンスら遊撃隊は第三騎士団の最後尾に居て、心寒く思いながら竜馬を進ませていた。
先頭のジグラッドらがメインストリートに着く頃、外門の外にはドロワ騎士団が待ち構えているのが見えた。
「……これは、ひと悶着あるかのぅ」
ジグラッドは呑気にそう呟いたが、内心では冷や汗をかいている。
見れば、ドロワ騎士団には白、黒双方の軍装が居る。竜馬には騎乗していないが、腰には有事同様、武器を備えている。
「待たれよ、ファーナム騎士団」
ジグラッドが外門をくぐって外に出た途端に、ドロワ騎士たちは詰め寄ってきた。
隊列がバラバラになっているのは、彼らが個人的に集まっているためだろう。どの顔も緊張に険しい表情をしている。
ジグラッドは敢えて口を利かず、自分の竜馬を止めた。
ジグラッドの補佐官、副官らも止まり、それ以外の隊列にはそのまま先を行くよう仕草で指示を与える。
「待て! このまま黙っては行かせん。」
声を荒げたのは、黒い軍装の厳めしい騎士だ。
ジグラッドは相変わらず、無言でいる。
ジグラッドの副官が半歩進んで言う。
「我々はドロワ評議会からの撤収命令に従い、ファーナムに帰還する。そなたらに私的に制止される謂れはない」
もう一人の副官がさらに言う。
「道を開けて頂こう!」
ドロワ騎士らは、騎乗のファーナム騎士を見上げつつ声を高くする。
「月魔を呼び寄せたのはファーナムの怪しき術であるのは明白。ノルド・ブロスと手を結び、我がドロワを壊滅しようとしたこと、許すわけにはいかん!」
(そうきたか……)
ジグラッドは彼らが言うシナリオを聞いて、改めてその辻褄の合うことに感心している。
偶然ならば自分の運の悪さは大したものだし、誰かが仕組んだのならよく出来ている。
(ここでドロワ市民の怒りとやらを、吐き出させておくのもいいかも知れんな)
そう漠然と考えているジグラッドの後ろに、アーカンスら遊撃隊が追いついてきた。
(……やっぱりこうなってる、か)
外門のすぐ外では、ジグラッド以下少数の士官たちが、それを呼び止めたドロワ兵を前に膠着している。
アーカンスはジグラッドの斜め後ろに竜馬を止め、遊撃隊は他の第三騎士団と同じくジグラッドの後ろを通って先を急ぐ。
ファーナム騎士団が全て門を抜けると、背後でドロワ外門の騎兵用大扉が閉まっていく。腹に響く、重い音だ。
アーカンスは、居並ぶドロワ騎士の顔を一つ一つ確認していく。
ヘイスティングなど、見知った顔はなかった。
(居ないのか…居たら居たで厄介だけど)
知っている相手なら、話し合いの一つも持ちかけられたかもしれない。知らない顔を相手に話し合いで解決するというのは、予想以上に骨が折れる。
アーカンスらが乱闘の一つも覚悟した時、外門脇の人用の扉が開き、一人のフード姿の人物が外に出てきた。
その人は真っ直ぐ騎士団らの方に歩いて来て、双方の中央に割って入った。フードの下には祭祀官の衣を纏い、肩には荷物を抱えている。
張りのある声が響いた。
「お前たち、聖殿騎士たる者が市民の眼前で不面目を晒すか!」
ウォーラス・シオンの声だった。
ドロワ騎士、ファーナム騎士ともその声にたじろぐ。
「シオン殿、今は遠慮して頂けないか」
「ならん!」
白い軍装の騎士がシオンを制したが、かえって火に油を注いだ。
「いつからドロワの騎士は憶測で物を言い、暴力を意趣返しとするようになった!」
「し、しかし……!」
持論を主張しようとしたドロワ騎士の言葉を、シオンは声の力で撥ね付けた。
「恥を知れ! たとえ明日、ドロワがノルド・ブロスの名を掲げ、ファーナムと袂を分かつとしても、聖殿騎士はエルシオンの下に一つであるはず! 違うか!」
シオンの叱責は、ファーナム騎士よりもドロワ騎士に効いたようだ。
更迭されたとはいえ、ドロワの名士であるウォーラス・シオンに仲裁されては、ドロワ騎士は引き下がるしかなかった。
「……シオン殿がそう仰るなら、ここはお譲りするとしよう」
憮然としながらも、ドロワ騎士は一人また一人とシオンに礼を示し、城内に戻っていく。最後の一人が人用扉の向こうに消えると、その扉も閉ざされた。
ドロワ外門の全ての扉が閉めきられた。
「……ふぅ。やれやれ」
ジグラッドが大袈裟に溜息をつく。
シオンは無言で歩き始めた。
アーカンスは竜馬を駆り、シオンのもとに駆け寄る。
「下りるな」
下馬しようとしたアーカンスを、シオンは片手で制した。
礼を言おうとするアーカンスに、シオンはなおも関わるな、という。
「これ以上、ドロワとファーナムを険悪にしたくなければ、私に近寄るな。行け!」
シオンは乱暴に、手で払う仕草をする。
(あ……そういうことか)
アーカンスはシオンの真意を理解し無言のまま会釈すると、後ろから来るジグラッドらを待って竜馬の向きを変えた。
ジグラットと補佐官、副官らはシオンの横を一礼のみで過ぎ、人より歩幅のある竜馬はシオンとの距離を広げ、街道を先に進んでいく。
シオンは遠ざかる騎士団の後姿を、あえて視界から外した。
アーカンスはようやく遊撃隊に追いつき、心の内で考える。
(確かに、シオン殿と我々が連れ立って進んでは、いかにもファーナムがシオン殿を連れ去るように見られてしまう。迂闊だった……)
シオンはドロワ市民の心情を考え、一人で街道を歩いている。
急いだのは市民に出立を悟られないためと、こうなることを予見してファーナム騎士を見張るためでもある。
歩きながらドロワ周辺の地形を改めて確認し、立ち止まって眼下の山々を眺め見た。すでに陽は落ち、遠くの山峰だけが僅かに紅い色を残している。
今夜は街道沿いで夜営することになるだろう。
(広いな……)
何故だか、素朴な感想を抱いた。
ドロワを離れるのは久しぶりかも知れない。