十一ノ四、警告
午後の陽がゆっくり傾きを見せる頃。
街の人々は店先で軽い食事などを取ったりして、夕刻からの仕事に備えている。
住宅地では女たちが室内の仕事を終え、夕飯の買出しなどで屋外に出てきていた。
この頃になると警備の騎士団らも人数が減り、見かけるのはドロワ騎士団のみで、下町を警備するのはほとんど黒騎士団だ。
イシュマイルは歩いてドロワ城の内門前に来た。
普段締まっている内門は今日もまだ開いていて、今はアリステラ騎士団に代わって城主の私兵団が見張りに立っていた。
バーツの姿は見当たらず、イシュマイルは気が進まないながら第三騎士団の駐屯地に行こうかと考える。
そこへ。
遠くに見える外門から、メインストリートを進んでくる騎士団の姿が見えた。
白い装束を纏い、竜馬を早足に駆けさせてくるのは、アリステラ騎士団を送り届けて帰還して来た白騎士団の面々だった。
先頭にいるのは、イシュマイルも以前出会ったヘイスティングであるが、イシュマイルはそれと気付かず、その場に立ってこれを見ている。
と、イシュマイルを呼び止める声が聞こえた。
「そこのノア族の坊や、お待ち」
聞き覚えのある声は情報屋の老婆のものかと思われた。
果たして、イシュマイルが声のした方を見れば、内門の中から老婆が杖を片手に出てきた。
老婆は言う。
「坊や。一人でドロワの街を出歩いちゃいけないよ、こっちへお入り」
「え……? うん」
イシュマイルは老婆の側に行き、彼女の表情が厳しいことに気付いた。
「……何かあったの?」
「あんた、ファーナム騎士の仲間だと思われてるんだから……危ないよ」
「ファーナム……」
イシュマイルは察した。月魔騒動の余波は、まだ足元を揺らしている。
脇に避けたイシュマイルたちの前で、白騎士団は竜馬を止め、内門を守る衛兵らと言葉を交わしている。うち一騎の騎士がドロワ城内に進み、他の騎士らは竜馬の向きを変える。
ヘイスティングが、ちらりとイシュマイルと老婆に視線をくれたが、何も言わずにその場をあとに、坂を登っていった
「……白騎士団のガレアン中隊長だね」
老婆が独り言のように呟き、イシュマイルは彼女を見た。
「知ってるの?」
「……」
老婆は答えず、代わりに手のひらをイシュマイルに差し出した。
訊くなら代金をよこせ、の仕草である。イシュマイルは金銭の代わりにその手の平をぴしゃりと叩いた。
「ガレアンの一門にしちゃあ、快活な小僧だけどね」
老婆は手を杖に戻しながらも答える。
「剣術の大会じゃあ、いつも黒騎士団に混じって上位にいるからね。あたしも何度か奴に賭けて儲けさせてもらったし、嫌いじゃあないよ」
老婆は公式の行事にかこつけた賭博の話をしている。情報だけでなく様々なことに通じている様子だ。
「しかし……今の白騎士団でそれが何かの役に立つのかねぇ?」
イシュマイルは老婆の横顔を見る。
程なくして、バーツがドロワ城にやってきた。
バーツはイシュマイルを探してドロワ聖殿に立ち寄り、その時に人伝にイシュマイルがドロワ城に向かったと聞いて、竜馬を二頭連ねてメインストリートを来たのである。
内門前に、イシュマイルと情報屋の老婆がいる。
イシュマイルはバーツを見つけて片手を振って合図し、老婆はその横で大人しく杖をついて立っている。
バーツはとりあえず怒鳴ることは控えて、二人の前まで進む。
老婆が先に口を開いた。
「あんた、なにをぼやぼやしてたんだい」
「何の話だ?」
いつもと同じ老婆の様子に、バーツは竜馬から下りつつ二人の顔を見る。
「ファーナム騎士をさっさとドロワから追い出しな。昨日の今日でまた騒ぎは嫌だからね」
老婆の口調は荒いが、バーツは慣れていて意に介さない。
「言われなくても出て行くよ。俺はドロワ城に用があんの。……通しな」
「ふん」
老婆は杖で地面を突いて鼻を鳴らし、イシュマイルは二人の様子を黙ってみている。
バーツは老婆を無視してイシュマイルに言う。
「イシュマイル、遊撃隊は先にドロワを出る。お前は俺と来い」
バーツの傍らで、イシュマイルの竜馬が待っていたように頭を振るわせた。
老婆が横から言い捨てる。
「あんたら、城から出る時は裏門からにしな。もうこっち側に来るんじゃないよ」
それだけ言うと、老婆は旧市街の方に杖を付きつつ歩いていった。
「ねぇ、バーツ」
竜馬の手綱を受け取りながら、イシュマイルが遠慮がちに言う。
「あの人……もしかしてドロワ城の関係者なのかな?」
老婆は城の内門から出てきたが、見張りの者たちは彼女が出入りするのを制止しなかった。イシュマイルは引っ掛かりを感じたが、バーツはそれを聞き流した。
「……さぁな」
どうでもいい、というようにバーツは苦笑する。