十一ノ三、神官戦争
シオンの話はこうである。
その頃、サドル・ムレスはまだ都市連合ではなく『サドル・ムレス教国』と呼ばれていた。
各都市の聖殿はかつて『神殿』と呼称され、サドル・ムレス教国は神殿を中心にした宗教国家として、当時から聖レミオール市国を聖地としていた。
対するノルド・ブロスは、当時『ノルド・ブロス共和国』と呼ばれる異民族の複合国家だった。今と同じく龍族を中心とする社会で、二国は宗教的な見解の相違から、当時から敵対関係にあった。
シオンは言う。
「神官戦争の少し前に、ノルド・ブロス共和国の首都レヒトで大災害が起こった。レヒトが消滅するほどの地殻変動……大災厄という」
レヒトの大災厄、この言葉もイシュマイルはよく知らない。
レヒトの被害も大きかったが、それと同時に十二神殿の一つ、レヒト神殿が機能不全に陥ったことは大事件だった。全土の神殿にも不具合が起こり、大陸は混迷状態となった。
「レヒトの大災厄の際に、他国の支援が全く得られなかったのはこのためだ。……どこも混乱していたのだよ」
その時だ。
聖レミオール市国の神官の一人が、反乱を起こした。
まずレミオール大神殿の中で、神官同士、信者同士の諍いとなった。
全神殿のシステムが機能しなくなると、それをきっかけに各地の神殿から周辺都市に戦火が及び、市民そしてガーディアンまで巻き込んで大陸全土が戦争状態に突入してしまった。
戦争はどこも勝利せぬままに、疲弊して終息したが……。
「これ以降、神殿はその権威の多くを剥奪された」
神殿は周辺都市の執政から手を引き、儀式にのみ専念することになる。神殿と人々の生活が大きく変わったのは、この時といえる。
「神殿を『聖殿』、神官を『祭祀官』と言い換えるのは、この時の記憶を払拭するためだ。……無為なことだがな」
サドル・ムレスは都市連合となり、ノルド・ブロスは帝国として復興した。
だが今でも両国の関係は険悪なままだ。
イシュマイルは問う。
「結局、反乱を起こした神官の目的ってなんだったの?」
「正確な所は伝わっていない。神殿における秘儀のあり方について、だと言われているが……要は技術の独占を求めてのことだったかな」
「独占……」
イシュマイルは、似たような事例をつい最近見聞きした記憶がある。
シオンは言う。
「今でもそうだが……神秘と現実の落差が大きすぎるのだよ」
イシュマイルはやはり全て理解するには及ばない。
「なぜ、ガーディアンや神官たちまで巻き込んでしまったんだろう」
シオンはイシュマイルに視線を戻し、少し考えて言う。
「互いに意思の疎通が薄いからではないかな? 特にガーディアンはエルシオンから個別に指令を受けることが多い」
「……指令?」
「ガーディアンの正しい主はエルシオンだ。聖殿でも評議会でもない」
「……」
イシュマイルはシオンの目をじっと見つつ、考えている。
「じゃあ、レムはバーツたちとは違う指令を受けているの?」
シオンは訂正する。
「その表現は正しくない。バーツはまだ完璧なガーディアンではないし、ファーナム評議会に振り回されている。レアムの奴は目下エルシオンに造反している状態だ」
「じゃあ」
イシュマイルの思考を、シオンの言葉が遮った。
「造反といっても、エルシオンの許容範囲内でのこと。そうでなければ、奴はとうに命を落としている」
「?」
「言ったろう? ガーディアンの行動に善悪の尺はない、と」
「たとえば、ドヴァン砦でのアイスがいい例だ。彼女はノルド・ブロスにもサドル・ムレスにも味方していない……敢えて善悪で語るなら、どちらも正しくどちらにも非がある」
「うん……」
イシュマイルは小さく頷いた。
話の流れが途切れると、不意にシオンは思い出して言う。
「そういえば、イシュマイル。バーツと共にドロワ城主と会うはずではなかったか?」
「え?」
イシュマイルは顔を上げ、いかにも驚いた表情をしている。
「昨日、私がドロワ城に赴いた時に、バーツにも登城するよう言伝を頼まれた……てっきりお前を連れて行くかと思ったが」
イシュマイルは首を横に振る。
「そもそもバーツに会ってないよ。その話、今初めて聞いたよ」
「……」
シオンは呆れたように溜息をつく。
「あいつ……今朝から姿が見えないのは、ファーナム騎士団に入り浸ってるな?」
容易に想像でき、イシュマイルは長椅子から立ち上がった。
「わかったよ。じゃあバーツを探しがてら行ってみる」
イシュマイルは退室しようとして、何か思い出したように立ち止まった。
「……そうだ、シオンさん」
「どうした」
「あの六人組は、僕の名前を知ってた……知ってて攻撃してきたんだ」
イシュマイルは言葉に迷いながら言う。
「ファーナムは……僕を狙って来たのかな? だとしたら、僕が第三騎士団と一緒にいるのは騒動の元じゃない?」
シオンはやや厳しい声になって答える。
「……だとしても、今はバーツとは共に行動しろ。お前一人では無理だ」
「ファーナムの内部で何か起こっているのなら、尚更……。剣の件もあってファーナム騎士が信用できないだろうが、バーツは別だと思っておけ」
「……うん」
イシュマイルはまだ気懸かりがあるのか、歯切れ悪く返事を返す。
シオンはいくらか柔和な笑みを向け、イシュマイルに言う。
「誰かが小細工をしようとしまいと、お前が騒動の種であることに変わりはない。バーツ共々な」
言うだけ言うと、シオンは「行け」と手でイシュマイルを促した。




