表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
103/379

十一ノ二、ルシアス・ファナード

 シオンは人気のない室内に、一人いた。

 簡素な室内にはテーブルがしつらえてあり、そこに四振りの剣が置いてある。それをじっと見ながら、ただ立ち尽くして考え事をしている。


 イシュマイルが声をかけるより先に、シオンの瞳がこちらを向いた。

 微笑むでもなく、ただ無表情だ。

「あ、すいません。忙しかったら出直します」

 イシュマイルは思わず姿勢を正したが、シオンは片手で「構わない」と合図した。


 あまり機嫌が良くないようで、イシュマイルはやや身を硬くしてテーブルに近寄る。

 そして、その四振りの剣に目を留めた。

「これ……」

 シオンがようやく唇を開く。

「残念だったな、イシュマイル。全てファーナム騎士団の剣だ」


 イシュマイルは驚いてシオンの顔を見る。

 しかし、あいかわらずシオンの顔に表情はない。いつものシオンらしくなかった。

「集まったのはこの四振りだけだ。あとニ振り足りない計算になるが……お前の見立てが正しかったと結論付けてもいいと思う」

「じゃあ……」


 月魔騒動の六体の月魔は、イシュマイルを襲った六人組であり、彼らはファーナム騎士だということになる。

 ジグラッドによれば、いずれも第四騎士団のものだという。


「バーツと……ジグラッドさんはこの件には関わっていない、ですよね?」

 イシュマイルは小さく問うたが、シオンの答えは淡白だ。

「さぁな、そこまでは今はわからない」

(違うと思いたい……)

 少なくとも、タナトスは違うと言っていた。


「この件に関してはジグラッド殿が調べをつけると約束された。気長に結果を待つしかなかろう。――時にイシュマイル」

「あ、はい」

 イシュマイルはまた姿勢を正す。

「お前、私にいくつか隠し事をしているな?」

「……」

 イシュマイルは逡巡したが、やがて無言で頷いた。


 シオンはふっと息を付き、テーブルから離れた。

 そして窓際の長椅子を指差してイシュマイルに促す。礼拝堂でよく見る、古い作り付けの椅子だ。クラシカルな木製の椅子は硬くて座り心地は良くないが、日溜りで落ち着くのは悪くない。


 イシュマイルは、まずはレコーダーのことを、シオンに話した。

 昨日は出来事を整理して話すことが出来なかったが、一度言葉が出始めると意外に短い事柄だと感じる。


 シオンは考える仕草で言う。

「それは、恐らくファナード……。ルシアス・ファナードという人物だろう」

 シオンはレコーダーの名を知っていた。

「ルシアス……ファナード、ですか」

 あまりピンとこない名前だな、とイシュマイルは思った。


「ガーディアンとは少し違う、別種の存在だ。だが似たような能力を持つ」

 イシュマイルはレコーダーの使った幾つかの術を思い出し、頷く。

「お前、あれに会ったんだな。」

 シオンは冷たい微笑みを浮かべた。


「……シオンさんは?」

 会ったのですか、とイシュマイルは遠慮しつつ問う。

 シオンはゆっくりと頷く。

「うんと子供の頃に……。名乗られたわけではないが、あれに出会って運命が変わったと自覚している」

(運命……)

 シオンらしからぬ言葉だと、イシュマイルは感じた。


 シオンは、タナトスについては言及しなかった。

 代わりに、さきほど聖殿前見た不思議な儀式について語る。

「あれは、月魔の灰を清める儀式だ」

「あ……」

 イシュマイルは納得した。

 ノア族にも似たような儀式があるが、その手順はほとんど同じだという。

 魔物に対する葬儀ともいえる。


 そんな大切な儀式にシオンが出席しないのは、やはりすでに任を解かれているからだろう。

「シオンさん――」

 何か言おうとしたイシュマイルの言葉を、シオンは片手で遮った。

 そして壁の高いところにある、壁画を指し示した。


「あれは、神官戦争を今に伝える数少ない記録だ」

 シオンは視線を壁画に向け、静かに呟く。

「百年を経て、記憶に留めているのは壁の中と……我々一部のガーディアンのみ」

 シオンは、イシュマイルに語り出した。

「再びガーディアン同士が戦う時代が来るとは……」


 壁画を見ながらシオンは言う。

「今からだと百年、いや百十年ほど前になるか」


 シオンは何かを思い出したように、ふっと抜けるように笑う。

「あの頃は、少年傭兵レアムという名に、嫌悪すら覚えたものだ」

 イシュマイルはその話しを老婆に聞いて知ってはいた。

 黙って聞いている。


 シオンは神官戦争を語る前に、前置きした。

「その話をしようとすると、まずそれ以前の話からしないといけない」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ