十一ノ二、ルシアス・ファナード
シオンは人気のない室内に、一人いた。
簡素な室内にはテーブルがしつらえてあり、そこに四振りの剣が置いてある。それをじっと見ながら、ただ立ち尽くして考え事をしている。
イシュマイルが声をかけるより先に、シオンの瞳がこちらを向いた。
微笑むでもなく、ただ無表情だ。
「あ、すいません。忙しかったら出直します」
イシュマイルは思わず姿勢を正したが、シオンは片手で「構わない」と合図した。
あまり機嫌が良くないようで、イシュマイルはやや身を硬くしてテーブルに近寄る。
そして、その四振りの剣に目を留めた。
「これ……」
シオンがようやく唇を開く。
「残念だったな、イシュマイル。全てファーナム騎士団の剣だ」
イシュマイルは驚いてシオンの顔を見る。
しかし、あいかわらずシオンの顔に表情はない。いつものシオンらしくなかった。
「集まったのはこの四振りだけだ。あとニ振り足りない計算になるが……お前の見立てが正しかったと結論付けてもいいと思う」
「じゃあ……」
月魔騒動の六体の月魔は、イシュマイルを襲った六人組であり、彼らはファーナム騎士だということになる。
ジグラッドによれば、いずれも第四騎士団のものだという。
「バーツと……ジグラッドさんはこの件には関わっていない、ですよね?」
イシュマイルは小さく問うたが、シオンの答えは淡白だ。
「さぁな、そこまでは今はわからない」
(違うと思いたい……)
少なくとも、タナトスは違うと言っていた。
「この件に関してはジグラッド殿が調べをつけると約束された。気長に結果を待つしかなかろう。――時にイシュマイル」
「あ、はい」
イシュマイルはまた姿勢を正す。
「お前、私にいくつか隠し事をしているな?」
「……」
イシュマイルは逡巡したが、やがて無言で頷いた。
シオンはふっと息を付き、テーブルから離れた。
そして窓際の長椅子を指差してイシュマイルに促す。礼拝堂でよく見る、古い作り付けの椅子だ。クラシカルな木製の椅子は硬くて座り心地は良くないが、日溜りで落ち着くのは悪くない。
イシュマイルは、まずはレコーダーのことを、シオンに話した。
昨日は出来事を整理して話すことが出来なかったが、一度言葉が出始めると意外に短い事柄だと感じる。
シオンは考える仕草で言う。
「それは、恐らくファナード……。ルシアス・ファナードという人物だろう」
シオンはレコーダーの名を知っていた。
「ルシアス……ファナード、ですか」
あまりピンとこない名前だな、とイシュマイルは思った。
「ガーディアンとは少し違う、別種の存在だ。だが似たような能力を持つ」
イシュマイルはレコーダーの使った幾つかの術を思い出し、頷く。
「お前、あれに会ったんだな。」
シオンは冷たい微笑みを浮かべた。
「……シオンさんは?」
会ったのですか、とイシュマイルは遠慮しつつ問う。
シオンはゆっくりと頷く。
「うんと子供の頃に……。名乗られたわけではないが、あれに出会って運命が変わったと自覚している」
(運命……)
シオンらしからぬ言葉だと、イシュマイルは感じた。
シオンは、タナトスについては言及しなかった。
代わりに、さきほど聖殿前見た不思議な儀式について語る。
「あれは、月魔の灰を清める儀式だ」
「あ……」
イシュマイルは納得した。
ノア族にも似たような儀式があるが、その手順はほとんど同じだという。
魔物に対する葬儀ともいえる。
そんな大切な儀式にシオンが出席しないのは、やはりすでに任を解かれているからだろう。
「シオンさん――」
何か言おうとしたイシュマイルの言葉を、シオンは片手で遮った。
そして壁の高いところにある、壁画を指し示した。
「あれは、神官戦争を今に伝える数少ない記録だ」
シオンは視線を壁画に向け、静かに呟く。
「百年を経て、記憶に留めているのは壁の中と……我々一部のガーディアンのみ」
シオンは、イシュマイルに語り出した。
「再びガーディアン同士が戦う時代が来るとは……」
壁画を見ながらシオンは言う。
「今からだと百年、いや百十年ほど前になるか」
シオンは何かを思い出したように、ふっと抜けるように笑う。
「あの頃は、少年傭兵レアムという名に、嫌悪すら覚えたものだ」
イシュマイルはその話しを老婆に聞いて知ってはいた。
黙って聞いている。
シオンは神官戦争を語る前に、前置きした。
「その話をしようとすると、まずそれ以前の話からしないといけない」