十一ノ一、瓦礫
第一部 ドロワ
十一、つながり
ドロワ旧市街。
日差しは午後のものになっている。
ファーナム第三騎士団とその遊撃隊は、急ピッチで出立の準備をしていた。
天空を移動して行く太陽にも急かされたが、それ以上に彼らを焦らせるのは市内の雰囲気だ。
「実に慌しいことですね」
そう皮肉を言ったのはアーカンスで、聞いているのはバーツだ。アーカンスは、今日はきちんと平時の制服に身を包んでいる。
「夜間にドロワの山道越えとは……昨日も今日も厳しいことです」
アリステラ騎士団に続きファーナム騎士団も出立するが、その様子はアリステラとは正反対に逃げ出すかのようだ。もともとファーナムに対して良くはなかったドロワ市民の感情が、ここにきてまた悪化していた。
バーツは瓦礫に腰掛けて何事か考えていたが、不意に口を開いた。
「アーカンス。遊撃隊は、ジグラッドに従って先にドロワを出ておけ」
書類の束に目を通していたアーカンスは、その言葉に振り向く。
「なんですって?」
「俺はイシュマイルを連れて、ドロワ城に顔を出す。お前らは待ってねぇで、先に出発しとけって言ったんだ」
「……それは構いませんが」
アーカンスは書類を閉じると、バーツの傍らに来て顔を見る。
「いつお戻りになりますか?」
「……」
バーツはまだアーカンスの顔を見ない。
アーカンスは何か思い至ったのか、ふぅと息をつく。
「わかりました、ファーナムへは私達だけで戻ります。しかし、いずれは合流していただきませんと」
「それはわかってる」
アーカンスは薄く笑って言う。
「ウエス・トール王国に行かれるのですね……。確かに遊撃隊は国境を越えられません。国内で待機しましょう」
バーツは肩を竦め「すまねぇ」と謝った。
「何かあったら、スドウに逃げ込め。アリステラでもいい、任務を盾にすりゃあ多少の無理も効く」
「貴方のやり方を見習えということでしたら、お任せを」
バーツの助言を、アーカンスは皮肉で返した。
正直なところ、アーカンスはイシュマイルは勿論、バーツもファーナムに入るべきではないと感じている。評議会など活動の妨げとなるものが多い上、ガーディアンの掟で関わることを禁じられているバーツの家族も、ファーナムに居る。
「ファーナムに着いたら、私にも一計あります。貴方が戻られるまでに成果を出しておきましょう」
「ほぉ?」
バーツは、アーカンスの手の内を透かし見たのか、企むような笑みを浮かべた。
第三騎士団と遊撃隊がファーナムで再起を図る間、イシュマイルたちはアリステラを経由して海路を往復する。
これならば作戦にも支障は少ないはずだ。
「では、最小限の荷を竜馬に準備しておきましょう。ドロワ城にお連れ下さい」
「あぁ」
アーカンスは言った後、ふと気付いてバーツに問うた。
「しかし、ドロワ城主が一体何の用事で……」
バーツも瓦礫から腰を上げつつ、考える。
「さぁなぁ? しかし、どうも妙な気配はするんだよなぁ」
バーツは今朝から妙な違和感が消えず、考える時の癖で髪を指で梳き上げた。
イシュマイルは、ドロワの旧市街に足を向けていた。
ドロワの街に慣れてくると、街の中心にあるのはドロワ聖殿であり、シオンだと感じる。
旧大通りの見える角まで来ると、聖殿の周囲に人が群がっているのが見える。
(シオンさんに会うのは無理かな?)
ともかくも聖殿の前まで行ってみると、祭祀官らしき人物が数人、何かの儀式を執り行っている。
(なんだろう……ノア族の儀式とちょっと似てる)
祭祀官の列に、シオンはいない。
聖殿の儀式が屋外で行われるなど、イシュマイルはこれまでに見たことがない。見学の作法などはわからないが、ともかく暫く儀式を見ていた。
しかし、何か様子がおかしい。
(祭祀官長の代理であるシオンさんがいないのに儀式?)
不意にイシュマイルは、思い当たった。
(もしかして、もう聖殿を出ちゃったのかな?)
イシュマイルは頃合を見てそっと人垣を分け、昨日出入りした裏口の扉をくぐった。
聖殿関係者のみが出入りする部屋には、今日は荷を搬入する労働者らがいた。
彼らはイシュマイルを見咎め、出て行くよう促したがそれに気付いた事務官が取り次いでくれた。
「イシュマイル・ローティアス君ですね? シオン様は奥です」
聞けば、昨日の仮司令室はまだそのまま残っているらしい。シオンは別室に控えて居て、まだ聖殿内で活動しているとのことだった。
イシュマイルは事務官に礼を言い目的地へ向かった。