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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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十ノ十、聖殿騎士団

 ロナウズが説明する。

「聖殿騎士とはその名の通り、聖殿に所属する騎士。エルシオンに忠誠を誓い、かつては聖殿にのみ帰属した……つまり、祭祀官と同じ、聖職だ」

「はい……」

 いわゆる聖騎士とか神官戦士と呼ばれる存在に近い。


「今でこそ活動を都市に広げ評議会の指揮下にあるが、本来は聖殿とレミオールを守る為の組織だ」

 ヘイスティングは、叙任を授かった頃のことを思い出しながら頷く。宣誓は祭祀官と同じく、天空神エルシオンへの帰依をもって執り行われた。


「今回、我らが任地であるアリステラを離れドロワに逗留したのは、聖地であるレミオールを解放する任務のためだ。これは聖職である聖殿騎士にのみ許される活動だ」

「なるほど」

ヘイスティングは頷いた。

「しかし、今後は違う」


「都市連合の内部の抗争となると、前に出てくるのは評議会であり、聖殿ではない。むしろ、聖殿を疎んじるだろう」

「あぁ、そうなれば聖殿騎士は出る理由がなくなりますね」


「ドロワ市を守るのは君たちだ。しかし攻めるのは我々ではなく、市軍。その性格は聖殿騎士とは全く違う」

「……」

「ハンターなど個人戦闘の手練も傭兵として参加してくる。この付近の防衛は難しくなるだろう……ドヴァン砦以上の泥沼になる可能性がある」

「……肝に銘じます」

 ヘイスティングは声を低くして答えた。


 ロナウズは森の景色を指で示して言う。

「ドロワが都市連合から脱退すれば、新たな国境線が引かれ警備の兵士が張り付く。……ここが難しいところなのだが、馴れ合いはライオネルの思う壺だ」

「馴れ合いとは?」

「国境警備の匙加減だよ。都市連合に悪印象を与えてもいけないが、厳しくあらねばならない」


「ドロワ市に国境が守れないと判断された場合、ノルド・ブロス帝国から増援がくる筋書きだ。そうなってしまうと……」

「……雪崩の予兆のようですね」

 ヘイスティングは口元に僅かに笑みを浮かべたが、苦笑というには自嘲的だ。

ロナウズも声が低い。

「幸い、シオン殿がスドウの町に入ると聞いた。彼はドロワを守る大きな壁となるだろう」

「シオン……」

 ヘイスティングは、普段からあまり好きではない優男の祭祀官を思い起こした。

(あの男、あの時点でそこまで心を決めていたのか……)


 ヘイスティングが昨日、仮設司令室に居たのは数時間となかったが、次々に起こる出来事、流れる報告をただ見ていることしか出来なかった。

 同じ時に同じ場所にいたシオンや他の団長らは、まるで別のことに考えを及ばせていた……ヘイスティングはそれに気付き、視界が開けて行くような感覚を得た。


 ロナウズとヘイスティングは、長々と話しながら竜馬を進めた。

 その様子を、ヘイスティングの相談役の騎士ツグルス・ネヒストは遠目に見ている。


 ヘイスティングのともであるこの騎士も、この小隊にあってアリステラ騎士団を先導していた。

(随分と話し好きな団長殿だな)

 当初。

 ネヒストはヘイスティングと話すロナウズを見て、そう印象を受けた。見ている限り、ほとんどロナウズが話し、ヘイスティングが聞いている。


 ネヒストからは二人の会話の内容は伺い知れない。

 そのうちに、ヘイスティングの顔色が明るくなっていくのに気付いた。ヘイスティングにとっては、乾いた土が欲していた水を得たかのようだ。


 時に、圧し掛かる重責がかえって先を切り開くことがある。

 ヘイスティングは永らく自身の頭を抑え付けるものに鬱憤を溜めていたが、大きな問題をよく見るために目を開いてみれば、その重しはまやかしであったことに気付いた。肝を据えたとも言える。


 団長カミュが、ヘイスティングをこの役に抜擢した時、どこまで考えていたのかはわからない。しかしロナウズは少しでもドロワとの繋がりを保つ必要があった。

 人脈である。


 いつも以上に口数が多かったのは、ヘイスティングという白騎士団中隊長に一目置いたからだろう。彼には他の白騎士団にはない闘志が感じられる。

(この先が、彼らの正念場になる)

 今アリステラ騎士団はドロワ騎士団に見送られているが、ロナウズからすれば彼らを見送る気分だった。


 ロナウズには、彼らを援けてやることが出来ない。

 ヘイスティングをまだ良く知らず、どこまで出来る人物なのかもわからない。けれど信じて見守る以外に術がない。

(彼らが崩れれば、サドル・ムレス都市連合も瓦解する……)


 ロナウズにはもう一人、行く先を信じて見守る人物がいる。

 兄ハロルドを彷彿とさせる、正体のはっきりしない少年イシュマイル。彼がうねりの中心にいることは、間違いはない。


 アリステラで会うと約束はしたが、それがいつになるのかはわからない。まず今のイシュマイルという存在に、安全の保証はない。

 希望を抱きながら見守るというのは、当の本人たちよりも覚悟と忍耐が強いられるものだ。


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