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アモルファス  作者: 霧音
第一部 ドロワ
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十ノ九、分岐

 ドロワの外門付近。

 アリステラ騎士団はようやく城外に出て、ここで一度隊を止めた。


 道中の案内にはドロワ白騎士団の小隊が付き添い、担当したのはヘイスティング・ガレアンだ。ヘイスティングは、アリステラ騎士団が隊列を変える様を間近に見て感心した。

「アリステラ騎士団……やはりファーナムとは一味違うな」


 団長のロナウズとは、昨日ドロワ拝殿の仮設司令室で会い、その後もいくらか言葉を交わす機会があった。その縁もあって抜擢されたのだが、これにはヘイスティングの顔を周囲に覚えて貰う意図もあるのだろう。


 ロナウズは、ヘイスティングの顔を見るなり言った。

「今日は両袖のあるシャツを着ているな」と。


 その口調は、上官であるツィーゼル・カミュとも似た所があり、ヘイスティングはロナウズを馴染みやすい人物だと感じた。アリステラ名家の出だと聞いていたが、紳士的、貴族的な部分はドロワ貴族の気風とも近い。



 高地であるドロワ市から、港のあるアリステラ市に向かう街道は、九折つづらおりの山道を何度か越える。

 その後は緩やかな丘陵が平地の森まで続いていて、道中には小さな村々がいくつも点在していた。


 ドロワ騎士団は森の途中まで付き添うことになっている。ヘイスティングは、ロナウズと並走して、会話を交えながら進んでいる。


 この辺りまで来ると街道は幾つにも分岐し、時折拓けた草原が広がる場所もある。これらはドロワ市周辺にある放牧地である。

 昨日までの光景が嘘のような牧歌的な景色に、自然と皆の視線もそちらに向いた。


 ロナウズが不意に、深刻な声で言った。

「この場所も、戦場になるのかもしれんな」

 ヘイスティングは驚いてロナウズの顔を見る。


 ロナウズはその灰黄色ベージュの瞳を僅かに向け、ヘイスティングの表情を伺う。光の角度で金にも見える瞳はイシュマイルと似た色だが、今は冷たい色味に感じる。


「……何故、ここが?」

 ヘイスティングは、言葉を探して短く問うた。

 ロナウズは端的に答える。

「この辺りまでが実質的なドロワ領地だからだよ」

 確かに拓けたこの地は、陣を敷くにも竜馬を駆けさせるにも程よい場所だ。


「ドヴァン砦に代わり、ドロワがノルド・ブロス帝国の盾となる。万が一街道が寸断されれば、連合は分裂し状況は悪化する……それが起こる可能性があるのが、まさにこの付近だ」

 ヘイスティングは勿論、傍らで聞いている白騎士団の面々も表情を固くした。


 ロナウズは言う。

「ライオネルのやり口を見ていると、姑息と言おうか安手を積んで一つの流れを成しているように感じる」

「流れ、ですか」

 ヘイスティングは、ロナウズの真横に竜馬を並べて聞いている。


「ライオネルの手札は存外に軽い。私が奇妙に感じるのは、あれほどの国力を持つノルド・ブロス帝国にして、これという力押しがないことだ」

「軽い、でしょうか……」

 ヘイスティングは、ロナウズに対しては割合素直に話しを聞いている。


「レミオールを抑えた最初の一手のみが力技という程度。あれも不意打ちで、その後も無謀な進撃はない。ひたすら騙し討ちだ」

「……え、えぇ」

「ライオネルが我らの予想より小物なのか、あるいは裏に大技を隠していて機を伺っているのか……見極めないとな」

「……」

 ヘイスティングは、我知らず反芻する。

「ライオネルが……小物?」


 考えたこともなかった。

 帝国の第三皇子にして前線の指揮官、ドロワを散々に振り回してきた男だ。その存在には圧倒される思いがする。


 ロナウズは言葉を補足した。

「人である以上完璧ではない……だが、我らはライオネルを『一人の人』として見る余裕すら与えられず、ここまで来た。だから後手に回ってばかりいるのだ」

 それは確かに思い当たる。


「我々が見ているライオネルとは、ノルド・ブロス帝国やレアム・レアドといった『力』で粉飾されたものだ」

 ヘイスティングは問いを重ねる。

「よく見れば、隙は伺えましょうか」

 ロナウズは少し笑みを含み、答える。

「伺うのは隙ではなく勝機だな。突破口は必ず見つかる……それまで自滅だけは避けねばならない」


 ヘイスティングはしばし無言になる。

 何か考える素振りで竜の背に揺られていたが、再びロナウズに問うた。

「先ほど、サドル・ムレス都市連合が分裂すると仰いましたが……本当にそうなるとお考えですか?」

 ヘイスティングの質問に対し、ロナウズは視線を前に向けて言う。

「形の上では避けられないだろうな。あの停戦の折には私も一枚噛んでしまったから……後味は悪いよ」

「形の……?」

 ドヴァン砦での経緯いきさつを知らないヘイスティングは、ただ鸚鵡返しに問う。


 ロナウズは違う角度の話しを続けた。

「そうなったら、ドロワに攻め入ってくるのは、聖殿騎士ではなく、市軍……市民と傭兵から成る軍隊となろう」

 ヘイスティングには、またしても話しの先が見えない。

「聖殿騎士でなく市軍?……どういう意味でしょうか」


 都市には、聖殿騎士団とは別系統の部隊が存在する。

 市警団シティガードや自警団、組織または個人所有の私軍などがそれだ。全てを一括りには語れないが、主となる活動目的は領土や人命の守備だろう。


 ロナウズは、ヘイスティングに問う。

「ガレアン隊長、君は聖殿騎士の由来を知っているね?」

「聖殿、騎士、ですか」

 ヘイスティングは、ロナウズの質問の意図を測りかねている。


 思えば今朝ジグラッドたち団長らが、似たような話をしているのをわずかに漏れ聞いた。


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