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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第995話 ヨルシャミの頼り甲斐

 ――伊織の生還を知った連合軍たちは歓喜に湧き立ち、しかしその昂ぶりを制御しながら慎重に彼を後方拠点へと運んだ。


 世界の縫合跡には伊織の魔力を固めたものが結び玉のようにぶら下がっている。

 それさえあれば伊織が近くにいなくても金の糸を保てるが、いわば急ごしらえの品だ。大事をとって数日間滞在したいと伊織は申し出た。

 万一上手く機能せず世界の穴が再び開いてしまっては元も子もない。


 静夏は親心から、ステラリカは医者の立場からそれを渋ったが――ふたりとも伊織の決断を軽んじる気はない。最後には納得し、代わりに最大限のサポートをすると約束した。

 ただし静夏も伊織から見れば怪我人である。

 なるべく自身のリハビリを優先してほしいと言い重ねたが、静夏は毎日必ず一食は作って持ってくると勇んでいた。


 しかしそんな元気な怪我人ばかりではない。


 ニルヴァーレが『八割死体』と称したシャリエトは戦いの終息後にレプターラの王都セラームルへとベンジャミルタの転移魔法により移された。

 危険な状態は脱したものの一度も目覚めておらず、今はステラリカが日々様子を見に行っている。


 ――ステラリカは先の約束から伊織の世話も受け持つと往復する気満々だったが、それで自分が体を壊したら患者に不安が広がるぞとナスカテスラに諭され、代わりに伊織のことはナスカテスラが受け持つことになった。


 ミュゲイラは決着のついた夜から丸一日ぐっすり眠り、栄養のあるものを食べてまた眠り、そして次に起きた頃には足りない血を補えたのか普段通り動き回れるようになっていた。

 欠けてしまった耳は一度回復魔法で癒してしまったこと、そして破片も無いことから生やすような治療は行なえなかったが、本人はそれよりもリータに貰った耳飾りを壊してしまったことのほうが気掛かりな様子である。


「お姉ちゃんが生きてただけで私は満足よ。……今度は一緒に新しい耳飾りを買いに行こっか」

「あの花畑にもまた一緒に行けるか?」

「もちろん!」


 もう禁足地じゃないはずだし、とリータが微笑み、そこでようやくミュゲイラは安堵したようだった。


 そんな報告を伊織が受けたのは後方拠点に入って二日目の昼のこと。

 拠点へ退いてすぐは様々な人と様々な話を交わしていたが、明け方に差し掛かった時点で眠気に襲われ、目覚めると想像していたよりも長い時間が経っていたのだ。


 昏々と眠り続ける伊織を心配したのか、目覚めるとベッドに突っ伏す形でヨルシャミが眠っていた。

 伊織が起きた気配で同じく跳ね起きたヨルシャミに散々世話を焼かれ、ようやく落ち着いてから眠っていた間の報告を受けて今に至るわけである。


「そっか……シャリエトさん、早く目覚めるといいんだけど」

「お前が飯を作ると言えば飛び起きそうだがな」

「あはは、バルドとの合作も早く食べさせてあげたいなぁ。……その、ヨルシャミ」


 なんだ、と先を促すヨルシャミに視線を向けた伊織は膝の上で指を組む。


「知らせなきゃいけないことがあるって言ったろ? なるべく齟齬なくみんなに知らせたいから、これは出来るだけ全員いるところで話したいんだけど、僕ひとりできちんと説明できるか不安なんだ」


 これは精神的に、という意味ではない。


 シェミリザにより腐り死ぬ世界の運命を知らされた者は多い。

 そんな人たちに希望を持ってもらうためにも、いち早く知らせたいと伊織は考えていた。

 そこに不安を感じているのは専門的な知識がどうしてもヨルシャミたちより劣ること、そして。


「――みんなにはこれから僕が人工的な世界の穴を開けて、そして本物の世界の穴の覚醒を促した人間だってことも知らせなきゃいけない。そんな人間の言葉をどれくらい信じてもらえるか不安なんだ」


 これがもうひとつの不安の原因だった。

 今はいい。救世主だと皆が湧き立っている。

 しかしそんな救世主がじつは事の発端であり、自分の尻拭いをしていただけだと知れば、とんだマッチポンプだと嫌悪する者も多いだろう。

 なにせ人命が失われ、生きていても様々なものを失った者がいる。


 聞けばミッケルバードに残留している魔獣はすべて討伐できたそうだが、シェミリザとの戦闘中に島外へ散らばった魔獣たちは一般人の住む土地で猛威を振るったという。

 有志の活躍で守られた場所もあるが、きっと被害は小さくはない。


 フジとの経緯を説明し、目標を伝え、皆が立ち上がったとしても、その情報源への信頼が失墜すれば離散してしまう可能性がある。

 その可能性に伊織は視線を揺らしつつ、しかしはっきりと言った。


「だから先にヨルシャミに話したい。それで――」

「私の知識でサポートし、万一己の信頼が失墜した際は先導役を継いでほしいということか」


 話の途中から薄々感じ取っていたのか、伊織の言葉の続きを自ら口にしたヨルシャミは少しばかり不機嫌そうな顔をした。


「そういうことは完全に回復してからで良いものを」

「でも急ぎたいんだ、それにずっと気になってたら休むものも休めないし……」

「大方この世界の未来のことが絡んでいるのであろう?」


 一部ながら言い当てたヨルシャミに伊織は目をぱちくりさせる。

 対してヨルシャミはふふんと笑うと腕を伸ばし、伊織の胸の中央を指した。


「お前が処置を受ける前、私は静夏に介抱されていてな。しかし居ても立っても居られず、ある程度回復した段階でシェルター内へ戻ったのだ。その時、お前は生きているのに体の中に魂がないことに気がついた」

「……!」

「どの段階で抜け出たのかはわからないが、どれだけ肝を冷やしたと思う? しかし奇妙な状態だった故な、これはもしかするとお前が魂のみでなにかをしているのではないかと思い直すことにしたのだ」


 それはヨルシャミにとって根拠がある事柄ではなく、そうあってほしいという希望的観測だった。

 しかし生還した伊織がなにかを言いたげにしている。

 伊織が情報を得たとして――戦闘中にシェミリザに伝えられた可能性もあるが、そうでないなら『この魂だけでどこかへ行っていた期間中』になにかあったのだろう、と後から思ったのだという。


「そしてこれだけ急いている上、皆々の団結が必要ということは世界の未来に関することだろうと思ったのだ」

「さ、さすがヨルシャミ……」

「うむ、超賢者である故な! さあ、頼り甲斐があるだろう。気兼ねなく私に話すといい」


 ヨルシャミはそう言い、イスに背を預けながらニッと笑った。


 伊織は胸を撫で下ろす。頼もしいどころではない。

 ではまずどこから話そうか、と考えたところで大前提になる情報を伝えなくてはならないと思い至る。伊織は笑みを浮かべながら口を開いた。


「魂だけになった時、ある人を探して彷徨ってたんだよ」

「ふむ……」

「そこで世界の神に会ったんだ」

「なるほど、世界の神に――」


 相槌を打ちながら聞いていたヨルシャミはそこで一瞬固まる。

 まるで一時停止ボタンを押したかのような挙動だった。


 伊織がそれについて触れる前にヨルシャミは大きく仰け反る。


「世界の神に会ったァ!? ッ……ぬわっ!!」

「ヨルシャミ!?」


 ヨルシャミは叫ぶように言うなりイスから落ちそうになり、寸でのところで踏み止まったもののベッド脇のテーブルに置かれた花瓶をこれでもかと跳ね上げた。

 宙を舞う花瓶をヨルシャミの風魔法がキャッチする。

 しかし中身は素通りであった。


 頭から水を被ったヨルシャミは小さく咳払いし、そっと花瓶を戻すと新たな水を入れて花を挿し、タオルで頭を拭く。一連の動作は無言のまま行なわれた。


 その姿はじつに頼り甲斐のないものだったという。

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