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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第992話 悲願が三つもあるなんて

「あれはもう助かるようなものでは――いや」


 伊織の望みを耳にしたフジは考え込む仕草をし、そして合点がいったという顔で頷いた。


「あの子を助けるために、殺すことで楽にした君だ。魔獣たちのことも同じ心持ちで見ているんだね」

「はい、……でも魔獣たちは死んでもこの世界に還れません」


 シェミリザにはその覚悟があった。

 しかし魔獣や魔物たちはよくわからない間に自我を持ち、長い間苦しんだ末にこの世界へ逃れてきたのだ。そしてその先でも討伐される未来しかなかった。

 魔獣たちはいわば『生き物もどき』だが、発生のし方が異なるだけで生きているなら――思考する力があるなら、そしてそのルーツが人間たちならば、脅威であったとしても人として扱いたいと伊織は考えている。


「どうしようもない状態で苦しむために生きているなら、殺すのも救いかもしれません。でも僕はもうひとつの可能性のほうが、その、ほんの少し優しい気がして」

「優しい?」

「さっき僕の魂で間接的に故郷に還ったって言ってましたよね。それが一番魔獣たちの救いになるんじゃないかって……そう思うんです」


 伊織のその言葉にフジは金色の双眸を細めた。

 感心しているようにも、愚かなものを見つめているようにも見える目だった。

 伊織は自分が徐々に緊張するのを感じたが、口にした言葉を撤回せず答えを待ち続ける。


 お前のことは殺すけれど、こっちの方法のほうが救いがあるだろう。

 そう言っているのも同然であり、自己中心的な言葉だと受け取られても仕方ないと伊織は思う。

 現にこれは自己満足のために言っているようなものだという自覚もあった。

 そこまで伝わっているのかどうかはわからないが、フジがゆっくりとした口調で答える。


「……君が軽い気持ちでそれを口にしていないことはわかった」

「はい。足りないかもしれないけれど、少しでも目標に近づけるよう努力します」

「なら君の望みを叶えるために、ひとつ道を示そうか」


 フジは立ち上がって伊織の手を引くとテーブルとティーセットを瞬きをする間に消し去った。

 そして、ただの白い空間になったその場から動くことなく上を向く。


 伊織もつられて視線を上げると遥か彼方に黒い点があることに気がついた。

 少しでも視線を外せば見失ってしまうような点だ。きっと針の先のほうが大きい。

 伊織が目を瞬かせているとフジが優しい声音で言った。

 ――彼の声は今の姿を取ってからも毎回微妙に変化していたが、この時は今までで一番父親のような声音だった。


「肉眼で見れる距離ではないが、参考として示そう。あの点の向こうが君……いや、ヨルシャミだったか。彼の作る夢路魔法の世界の底がある場所だと思ってくれ」

「!? やっぱり繋がってたんですか!?」

「繋がることもある、といったところだ。私から出向かなければ普通は会うことすらできないよ」


 フジは自分がヨルシャミと出会った時のことを思い返すように言う。


「ただ、この空間も真っすぐな線で区切られているわけじゃない。丁度あちらが落ち窪み、こちらがせり上がった場所が合致すれば……そしてたまたまそこに私と向こうの住人がいれば、互いの観測する力で不意にくっつくことがある」

「もしかして初めてヨルシャミに会った時は……」

「そう、その結果だ。同じ手順を踏んでも私がそこへ行かなければ会えないよ、恐らくね」


 もしそれを当時のナレッジメカニクスが知っていればどうしただろうか。

 伊織はそう考えを巡らせたが、それすらも本当かどうか検証するために方法を知りたがっただろう。


 フジは続ける。


「この空間なら私にさしたるダメージはない。だから君を呼べた。だがあの位置まで浮上すると世界丸ごと即死もありえる。もちろん、こればっかりは起こってみないとわからないけどね」

「ヨルシャミはとても危ないことだと説かれたって言ってました」

「ああ、悪気無く元凶になるのは彼も望んでいないだろうと思って」


 そのせいで苦しめたようだけれど、とフジは表情を曇らせ、しかしすぐに気を取り直すと話を続けた。


「君は自力であそこからここまで降りてこられるようになれ。それができるようになれば良い手がある」

「じ、自力で!? それはつまり、僕にヨルシャミの夢路魔法を使えるようになれっていう……?」


 その通りと笑いながらフジは頷く。

 夢路魔法はヨルシャミ独自の魔法だが、彼専用というわけではない。ただシェミリザの言葉を借りるなら『夢に愛された者だけが使える魔法』なのだ。

 伊織は普段はほとんど夢を見ない。まったく愛されている気などしなかった。


 そんな自分が成せることなのだろうか。


 不意に不安感に襲われた伊織だったが、だがそれが諦める理由になるはずがない。

 深く頷き返した伊織は「やってみます」と淀みなく言った。


「闇属性が得意でもないし、夢路魔法もどう扱うかわからない。けどやってみます」

「あぁ、君は他の魔導師には真似できない魔法の使い方と、魂の力強さがある。可能性はゼロじゃないさ」

「――それだけじゃないです。僕には最強の師匠がいるので」


 ヨルシャミから夢路魔法を学ぶこと。

 それは今までの魔法よりも遥かに難題かもしれないが、師匠が頼もしすぎて不安が吹っ飛んでしまう。

 そう伊織が笑うとフジは口角を緩く上げた。


「可能性はゼロじゃないって言ったけれど、君なら成し遂げられる気がしてしまうな。……それが達成できたなら、その時の君の力量であればきっと次の段階も成功する。そうすれば」


 フジは伊織の肩に手を置く。

 実体はないというのに温かかった。


「父を救い、世界の膿を救い、そして未来を救えるかもしれないね」

「……悲願が三つもあるなんて頑張り甲斐があります」

「ははは、頼もしい答えだ」


 そう笑ってからフジは伊織の後ろへと回り込む。

 相変わらず肩に手は置かれており姿だけが見えなくなったため、伊織は振り返って目で追おうとしたが優しく制された。


「具体的な方法は思いついただけで私が使えるわけじゃない。私が試せば内側に悪影響があるかもしれないからだ。その方法は君の『これからの希望』にするために今はまだ伏せておこう」

「わかっていたほうが参考にできるんじゃ……」

「私たちはそう簡単に会えない。案を検討し尽くして君が心折れてしまうことが怖いんだよ」


 だから君にとっての『もしかしたら最適な方法が残っているかもしれない』『そのために頑張ろう』という希望を残しておきたいのだとフジは言う。


「ただ、君を信頼していないわけじゃない」


 子を心配する親のような声でフジはそう続けた。

 その声は利用しようとした甥だとしても、自分の世界で生まれ直したからには我が子同然だというのは本当らしいと伊織に感じさせる。


「――正直、君がここまでの力を得ることは予想外だったんだ。方向性を決めた力を授けはするが、それがどう発現するかは人それぞれだ。それこそ遺伝子による才能のように。君は私の目的を考えれば最良の成長の仕方をした」

「……」

「君には想いを成し遂げる力がある。待ち望んでいた救世主は君だよ」


 だから信頼している。

 そう示したフジに伊織は首を横に振ると、ゆっくりと言った。


「それは違います」


 前を向いたまま、はっきりと。

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