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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第991話 贅沢を言い自惚れるべき時

 神であったとしても酷いことをしている自覚はあった。

 伊織たちのケースだけでなく、今までの幾人もの救世主たちはずっと利用されてきたのだ。フジが拾わなければ故郷の輪の中に留まれたというのに。

 しかしフジは自分の中に生きる者たちを少しでも長く生き永らえさせたかった。


 そうして長く生き、満足した頃に腐り死ぬならそれでいいと。

 そして死ぬなら満足してから死にたいと。

 満足すれば――本当は死にたくないなどと嘆かなくて済むだろうと。


 フジはそう思っていた。

 しかし決して恐怖を紛らわせるために住人たちを『満足するための道具』として扱っていたわけではない。彼ら彼女らを心配し、愛情を向けている時のフジは常に本心ばかりだった。


 なら救世主に対してはどうなのか。

 その疑問に自分から答えるようにフジは口を開く。


「君たちに対しても同じ気持ちを抱いてはいる。血を分けた双子の兄弟姉妹の子供みたいなものだからね、さっきも言った通り甥や姪のような存在だ。しかし——とどのつまり、誤解を恐れず本心を言うなら……気持ちの強さが異なる」

「気持ちの強さ……」

「私は神だが聖人君子ではない。我が子のように可愛がっている者を助けるために甥姪のような存在を犠牲にしようという思考くらいはする」


 一方で兄弟である世界をどうにかしてやりたい、そこに住む住人をどうにかしてやりたいという気持ちもたしかにあったという。

 だからこそ中途半端にしか助けの手を差し伸べられない現状にやきもきし、苦しむこともあったとフジは言った。


「すべて半端だった。だから私は君たち救世主を苦しませてしまったと思っている」

「……初めに言った通り、少なくとも僕はそうは思ってないですよ」

「それでも思うところはある」


 だからこそ、とフジは続ける。


「救世主を呼ぶのはこれで最後のつもりだったが、その最後がとんでもなく最悪な条件が揃ったものだったわけだ」


 救世主を利用した防衛は伊織と静夏で最後にしよう。

 そうして魂を呼び寄せてみれば、それは以前転生させた織人の妻子だった。


 手元に引き寄せた魂ふたつを見てフジは迷ったという。

 このまま一家全員を利用するような形にするくらいなら、今回は救世主として目覚めさせず、このままそっと帰した方がいいのではないかと。

 だが助かりたい気持ちが勝ってしまったと視線を落とす。


「家族ごと利用する形になってしまった君たちだけは少しだけ優遇した。もう一度母子として生まれ変わらせたり、筋肉の神を遣わせたり。そのせいで君の体を構成するものが大分私に似てしまったが」

「やっぱりあれは他の救世主にも行なってたことじゃなかったんですね」

「大体は力を与えるところまでだよ」


 その力は神から救世主への贈り物だ。


 転移者は元々のポテンシャルがこちらの世界では強く出る形になっていたが、転生者は似て非なる世界で育まれた魂に直接関与することができるからか、特殊な力をひとつだけ付与することが可能だったという。


 むしろそれが判明したことで転移者から切り替えたとフジは説明した。

 ただし力の付与はフジにとっても体を切るような負担があり、それがもう限界に近づいていた。とんでもない背水の陣である。


 故に『今回で最後にする』と決めた時点で来たのが伊織と静夏だったため、出し惜しみせず支援したのだという。


 ――やっぱりあなたが謝ることじゃないのでは?

 伊織はそう感じたが、しかしフジの次の一言でぎょっとした。


「それに、私は君に救世主としての思想を植え付けた」

「え……!?」

「洗脳魔法と同じ仕組みだ。初の試みだったし、無尽蔵に施せるわけでなかったんでね、母親ではなく魂に傷を負った君を選んだんだが――安心してくれ」


 シァシァの植え付けた疑念は当たっていたのだ。

 手駒として利用したと言いきったならありえないことではない。伊織は目を瞬かせながら次の言葉を待つ。

 フジは成長した子供を見るような眼差しを向けた。


「君は予想以上の成長を見せ、ベタ村にいた時点で植え付けたものなんか焼き切ってしまったよ」

「もしかしてゴーストゴーレムに襲われた時に感じた変な感触って……」


 伊織のその言葉にフジは首を傾げる。

 直接その場面を見てはいなかったようだが、今ここで伊織が当時のことを思い出したため情景が浮かんだのか、それを興味深げに観察するような仕草をした。


「? ゴーストゴーレム……あぁ! ははは! 違う違う、多分それはレアケースだ。魔獣はあちら由来のものだろう、そして君も同じくそうだ。普通、魔獣はこちらの世界では何にも還れない。だから消える。けれど故郷由来の魂に触れて死んだあれは還れたんだ」

「ぼ、僕の魂に?」

「土の代わりだね」


 思い返せばゴーストスライムの時も同じ感覚があった。

 たしかに何度もあったのなら、思想が焼き切れたのはあの瞬間ではないのだろう。

 なら一体いつ、と伊織が少しばかり不安げな表情を見せたところでフジは言った。


「思想を焼き切ったのはそれより前だよ。意識の覚醒時だ。私は自分の中をそう簡単には覗けないから普段は神の報告頼りだが、この時は感覚でわかった」


 自分が施した術だったからね、と彼は補足する。


「だから君が救世主になりたいと思った心も、誰かを守りたいと思った心も、そのために強くなりたいと思った心も、結局私に都合の良いものになったとしても君のものだ。すべて君が学び、選択したものだ」

「……!」

「君がさっき自分の意思で選択してくれたように、ね」


 だからこそ、救世主に感謝はしても恨みはない。

 フジから謝罪はしても責めることはしない。

 思想の植え付けはしていなくても手駒として利用した者への気持ちも同じであり、故にオルバートを責める気もない。


 フジは救世主の責務を果たさない者への罰も一度も下したことがないという。


「もちろん簡単には手を出せないから、というのが大きかったけれど……直接手出しできたとしても害する気はなかったよ」


 そして、そのままフジは再び頭を下げた。


「君に関しては……最後だから保険をかけたかったんだ。すまなかった」

「そ、んな――いや、でも僕に許されるために言ってるんじゃないですよね」


 なら初めに伊織が許した段階で満足しているだろう。

 伊織は「わかりました」と頷く。


「心に留めておいて、今後なにかを判断する時はその事実を参考にします」

「ああ、ありがとう」

「じゃあ心置きなく相談しますね。……父さんたちを助ける方法はありますか? それと、僕……」


 贅沢は言うべき時に言うべきだ。

 そして自惚れるのもそうすべきタイミングがある。

 伊織はかつて倒してきた魔獣たちを、そして意味を受け取れずとも感情を感じ取れる彼らの言葉を思い出しながら言った。


「……世界の狭間を漂って苦しむ、故郷の膿も出来る限り助けてあげたいんです」

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