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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第989話 救世主の責務

「まず前提として、君の……救世主の責務にそれは含まれてないからね?」


 伊織の質問を受けたフジはお茶を一口啜ってからそう言った。

 救世主に課された使命は大きな括りで言うと『世界を救うこと』であり、明文化するなら『世界の穴を塞ぐこと』と『魔獣を退治すること』に分かれる。

 そうして救った後に永遠に同じ状態を維持することは無理だとフジも考えていた。


「例えるなら君たちは私にとって医者のようなもので、致命的な病や怪我を治してもらうことが依頼だった」

「……」

「その後に私が怪我で死にかけようが病死しかけようが、一度使命を果たした君たちが未来永劫私の行く末を心配し、老衰するように導かなくちゃならないなんてことはない。――言っちゃなんだが、ヒトから見れば私が腐り死ぬ未来は大分先だろう?」


 子孫は生きているかもしれないが、その頃にはほとんど他人と言って差し支えない。

 大切に思っている人々の子孫もそうだ。子孫ではなく本人が生きている可能性もあるが、それは一握りどころの話ではない。

 思い出の景色も残ってはいないだろう。

 それどころか大陸の形ごと変わっているかもしれない。


 そう説明し、フジは「使命でもないことにそこまで躍起になることはないよ」とカップを置いた。


「それでもあなたは生きたかったんですよね?」

「あぁ、進んで死にたいとは思えない。私の内に住む者たちごと死ぬなんて真っ平御免だ。しかし君にそこまで背負わせる気もない」

「……姉さんの感じ取ったあなたの性格、わりと的を射てたみたいですね」


 シェミリザは世界の神が、フジが生きとし生けるものすべてを愛していることを予知越しに知った。それこそが彼女がフジに惹かれた理由だった。

 恐らくそれがすべてではないだろう。長い時間の中で執着のような感情に変わっていた可能性もある。

 しかし、シェミリザは歪みながらも最後まで世界の神を案じていた。


 実際にフジに会おうと考えた時、伊織は少しばかり不安だった。

 もしシェミリザの考えていた世界の神とは大きく異なる性格をしていたらどうしよう、と。

 一方的に想われていたフジにとっては「そんなことを言われても」という話だろうが、そんな理由でシェミリザを哀れに思うことなど伊織は避けたかったのである。


 その想いを感じ取ったのかフジは頬を掻いた。


「私はそんなに良い性格ではないよ。死んだ兄弟の中から利用出来るものを掬い出して使うくらいだ。それに……君も魔獣や魔物の正体は知っているだろう。私は救世主に故郷の膿と戦わせていたんだ」


 それにね、とフジは途端に無表情になると口を開く。

 ストンと感情が抜け落ちたかのようだった。


「救世主として無駄なく動いてもらえるよう、意図的に伏せていたことも多い。例えば……そうだな……これまで転生者や転移者が死ぬと、元の世界の輪廻の輪に帰ることが出来ていたんだ」

「僕たちがこっちで死んでも、生まれ変わった時は元の世界に生まれていたってことですか?」

「あぁ。普通より時間はかかるし、こちらと時の流れが異なるからいつになるかはわからないが、引っ張られて戻っていくんだよ。しかし世界の穴を塞ぐとそれが叶わなくなる。だから君は私の輪廻の輪に流されかけた」


 これは人によってはモチベーションの下がる事柄だから伝えたことはない、とフジは言った。


 伊織にとってはもはやこちらの世界も第二の故郷だ。

 死後であれ帰れなくなることに異論はないが、過去の様々な救世主たちの中には死んだ後でもいいから帰りたくて堪らないという者もいただろう。

 ネロの先祖はどうだったかはわからないが、宿に故郷を再現したミヤコや、カレーライスを再現しようとしたカーメリックの作者はそうかもしれない。


 だからこそフジの所業が決して良いものではないということはわかった。

 それでも伊織は微笑む。


「フジさんだって生きるのに必死だったなら、理解はできます。それに僕個人の話になりますけど、母さんと一緒に転生させてもらえたことは……第二の人生を与えてくれたことは、今も感謝してるんです」

「恩とは切り離して語るべきではないかな」

「僕には大切な要素ですよ。……それに世界の神がちょっと胡散臭いのはわかってましたし」


 シァシァに初めて勧誘を受けた際、伊織は世界の神への疑念を植えつけられた。

 世界の神は救世主を利用しているだけであり、伊織の世界を救いたいという気持ちも作られたものなのではないか、と。

 だが、事実がどんなものだとしてもこれは自分の意思であり、世界の神の企みなんて関係ない。

 そう伊織は心に刻んだのだ。


「さっき思っていた性格と相違なくてホッとしたのも、なんというか……姉さんの想っていた部分だけに限ることでして」

「ふむ」

「汚い手を使ってでも生きようとしたのは、死にたくないからです。そして自分の中に住む愛する人々を死なせたくないから。だからまぁ、良い性格してないよっていうフォローはいらないんですよ」


 伊織は何度も感じていた。頭の先から足の先まで清廉潔白な人間はいないと。

 それは神も一緒だ。そして。


「前提を持ち出して諭したり、わざわざ不利になる情報を与えたのは僕にこれ以上使命を背負わせないためですよね」


 頭の先から足の先まで悪に染まった人間もいない。

 それは神も一緒だ。


 フジは両目を細める。


「――救世主も私の要素を与えて生み落としたからには、もう私の中の住人だ。愛おしくないことなどあるものか。だからこれ以上はいいんだよ」

「でも死にたくないんでしょう」

「私は今死ぬのは嫌だが、腐り死ぬ頃には諦めもついているさ。それにどのみち世界もいつかは死ぬ。死を回避し続けることはできない」


 だから一時的な回避をできただけでもいい、とフジは言った。


「君は問うたね、正しく死ぬ方法はないかと。世界の危機を乗り越えた後だから『あるかもしれない』と思ったのかもしれないが、現状だとそういったものはないよ」

「……!」

「どうしたらいいのかさっぱりだ。腐った兄弟を消したところで病んだ私が回復するわけでもない。そもそもまだ生きている生き物がいる世界を消すのは憚られる」


 伊織の故郷の住人に対しても甥や姪に対するくらいの感情はあるんだ、とフジは伊織にわかるように喩えながら額に手を当てる。


「つまり方法はこれから考えることになる。世界の穴への対抗策を考えたように、試行錯誤しながら長い年月をかけてね。君にこれから死ぬまでそんなことをさせるのは嫌だなと思ったんだよ」

「他の救世主の人たちも死ぬまで使命を背負って生きた人はいたと思います」

「……」


 フジは神だ。

 時間の感覚は長命種のそれよりも遥かに長いスパンであり、救世主の長くても二百に届くか届かないかという寿命はとても短く感じるだろう。

 しかし伊織は神の遺伝子が多いため、恐らくそれ以上生きる。

 それも単純に倍になる形ではない。その数字は神としての感覚でやっと想像をしやすいものになり、だからこそ同情したのだ。


 だが、これまでの救世主の中には己の寿命をすべて使って世界を守ろうとした者がいたのも確実である。


 フジは緩く首を横に振ると「失言だったね、すまない」と口にした。


「ヒトに情は向けられるが、理解をしきっているわけではないからどうにもチグハグなことを言ってしまうな」

「違う生き物なんですから仕方ないですよ。――なんにせよ、僕はこれからも世界が……あなたがなるべく苦しまず死ねる未来を目指したいと思っています。これは僕の意思です」


 伊織は無意識に懐中時計を握り締める。

 記憶から姿を再生した際、それはいつもの位置に戻ってきていた。

 手の平に彫り込まれた意匠の感触を感じながら、伊織はフジの目を見て言う。


「これは、あなたから与えられた使命じゃない」


 だから手伝わせてください。

 そう口にしたのは伊織の意思であり、伊織の決めた目標だった。

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