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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第988話 『フジさん』

 世界の神は伊織に座るよう勧め、お茶の準備をしながら口を開いた。


「――私は自分の体の中のことは直に見れない。だが他の神々からの土産話や、内側に住まうヒトたちの夢からちょっとずつ情報収集してるんだ。大半は後者かな」

「転生前も自分の中には干渉できないって言ってましたもんね……」


 世界の神にとって内側に干渉することは開腹して頭を突っ込むようなものである。


 短時間なら可能かもしれないが得られるものは少なく、それどころか世界の穴による侵略を増悪させてしまう可能性が高かった。

 そのため救世主を送り込んだ後も間接的にしか状況を把握することができなかったという。人々の夢も直接会うのではなく限られた範囲で覗き見する程度らしい。

 胃カメラみたいなものかな、と伊織は想像した。


「ほら、ゆっくり話をする時はお茶とお菓子なんだろう? これで合ってるかな?」


 そうにこやかに差し出されたのは西洋風のカップに注がれた緑茶だった。

 ご丁寧に茶柱まで立っているが、どうにも目と頭が混乱する。伊織はやや間を置いてから「は、はい」と頷いた。


「良かった良かった! あ、これもお食べ、プロテイン入りゴボウクッキーだよ」

「誰の夢を参考にしたんですか!?」

「こっちはオニオンフライクッキー」

「ホント誰の夢を参考に……あっ……これはわかるな……」


 今は懐かしき祖母、ミリエルダに他ならない。

 もしくは同じものを食べさせられた者の夢だろう。それが悪夢だったかどうかは伊織にはわからないが、なんにせよここで口にすることになるとは思っていなかったなと伊織はクッキーを凝視する。


 少しでも知っていそうな味を、と世界の神も気を遣ったのかもしれない。

 そう感じながら伊織は向かいに座る彼を見た。


「話をする前にひとつ。あなたのことは何と呼べばいいですか?」

「? 世界の神でも神様でも何でもいいよ」

「個人名はないんです? その、オルガイン……さんみたいな」


 伊織は洗脳が解けてからオルガインと相対したことはない。その前にヘルベールのキメラとの一戦でオルガインが死んでしまったからだ。

 それでも筋肉の神である彼に個人名があることは知っていた。


 これから大切な話をするからには相手の名前を把握しておきたい。

 そう考え、伊織は再び名前を問う。世界の神はしばらく考えるそぶりを見せた後、伊織の顔を見て言った。


「君の名前はフジイシイオリだったね?」

「はい」

「私に名前はないんだ、特に必要なかったから。しかし今必要になった。だから君の名前から一部を拝借しよう。フジって呼んでおくれ」

「フ、フジさん?」


 日本一有名な山が脳裏を過る。

 思わぬ不意打ちに固まった伊織を見て世界の神は首を傾げて「ジイのほうがいい? それともイシイ?」と他の案を出したが、ジイさんとイシイさんが揃って脳裏を駆けていったため、伊織は「フジさんで!」と素早く頷いた。


 緊張し死ぬ思いでやってきた先で脱力ばかりしている気がする。

 そう閉口しつつ伊織は世界の神――フジを見つめた。


「まず質問してもいいですか。フジさんは僕らの故郷である世界がすでに死んでるって知っていたんですか?」

「知っていたよ。私からすれば目と鼻の先にいるからね」


 対話したこともある、とフジはテーブルの上に頬杖をつく。


「あれは私の兄弟であり姉妹であり鏡写しの私だった。しかし運命は同じではなかったわけだ」

「やっぱり……。その、僕の仲間が言ってたんです。故郷の世界とあなたは元はひとつの世界から分かれたものだって」

「そうそう、合ってるよ。っと言っても分かれた後は安定するまで意識はなかったから、自分の始まりを目にしたわけじゃないんだけれど、状況的にね」


 そうとしか思えない感じだった、とフジは続けた。

 そして間近であり彼方でもある場所にいる伊織の故郷を見るように空を仰いだ。


「あちらの世界も最初は私みたいに抵抗していたんだ。聞いたことないかい? かつては神々がいたとか、不思議な生物が生きていたとか、ウチでいう魔導師みたいな力を使う者がいたとか、未知なる種族がいたとか……」

「神話や民話で聞いたことがあります」

「それらはすべて世界の防衛本能が働いた結果だ。本当に過去にはいたんだよ、世界が死ぬ前はね」


 今は死んでしまい、緩やかに腐りつつあるためそれらは失われた。

 不思議な力や生き物は防衛反応、つまり免疫が働いていたということだったのだ。


「あちらの世界の死因はよくわからなかった。侵略があったというわけでもない。ただあちこちに穴が開いて苦しんでいたから、それを閉じてもらうために内側の住人に力を与えたようだ」

「死因がわからない……?」

「君たちだって原因不明のまま死ぬことがあるだろう? 私の予想では生まれた時からあちらには何か欠陥があったのかもしれないと見てるが」


 なにせ生まれ方がイレギュラーだったし、とフジは視線を伊織へと戻す。


「私は先に死んだ世界から学び、近い位置にいるからこそ自分も同じように腐って死ぬと理解した段階で色んな手を打った」


 しかし手を打つのが早くとも最初の一歩は長い時間を要したという。

 暗中模索の中——フジはある時、無人の小さな世界を見つけた。

 その世界はフジたちとは異なり意思を持たず、放浪を続ける性質に従って漂っていた。それがたまたま傍まで流れ着いたのだという。

 小さな世界には今は魔力と呼ばれる微小な生き物が細々と生きていた。


 こういったことは頻度が高いことではないが、まったくないというわけでもない。

 伊織の故郷の世界も不思議な力の源はこういう形で得たのではないか、とフジは言った。


「私はこの魔力を自分の内側に呼び込んだ。魔力たちは私と相性が良くてね、それに広い世界だと爆発的に増えたんだ。代わりに酸素が猛毒ですぐ死にそうになっていたが――その後にどうしたかは君もわかるね?」

「生き物の中に入ったり魔石になったりして凌いだ、ですか」

「そう。そしてそれは私にとっても都合が良かったからそのままにしていた」


 とはいえ呼び込んだ後はなかなか手を出せないから性質を変えてあげることはできなかったが、とフジは頬を掻く。

 その後はしばらく魔力の故郷から定期的に呼び込み、生態系に定着してからは時折必要に応じて呼ぶだけにしたという。


 そうして魔導師が誕生し、ヒトという括りの中に様々な種族が繁栄し、世界へ襲い来る脅威への備えが進んでいった。

 転移者を呼ぶ手法が確立したのはその少し後だったらしい。


「静かに腐っていく兄弟の中にもまだ生きている者たちがいる。かつては抗っていた名残りか、彼らは私にはない抵抗力を持っていたからね、それを自分の中に入れてみてはどうかと思いついたわけだ」

「……ずっと気になっていたんですが、なんで転移者や転生者は日本人しかいないんですか?」

「他の人種もいたよ? ただ呼べるのは日本にいる者だけだった。ええと、ほら」


 フジは伊織に向かって手を伸ばす。


「物理法則は同じじゃないから厳密には違うんだが……今ここからじゃ君の後頭部には触れられないね? それと同じだ」

「フジさんが魂を回収しようと手を伸ばせるのがたまたま日本だけだった、ってことですか」

「大当たり! そこに様々な制約があって、限られた地域からしか呼び込めなかった。君から見た外国にも才能のある者が沢山いたんだろうけれど、そこまでは指一本届かなくてさ」


 転生者の場合は死後の魂を回収する形のため、魂が彷徨って日本まで辿り着けば呼び込めるが、普通はその前に世界内の輪廻転生の輪に合流してしまうのだという。

 そうなるとフジでも手出しできない。


「君も体験しただろう、抗い難いあの流れを。本来ならもう少し時間をかけて流れていくんだが、君は自ら泳いでっちゃったからねー」

「あれは輪廻の輪に入る流れだったんですね。僕の行動は裏目に出たわけか……」

「でも、だからこそ私の耳に届く範囲まで来れた。結果オーライだよ」


 フジはにこにこしながら伊織と同じ色の瞳を真っすぐに向けた。


「それで? 本題はなんだ。話してごらん」


 フジは言葉に出さなくても伊織の意図を汲み取ることができる。

 それでも己の口で問えと言っているのだ。

 伊織はしばらくの間、彼と同じ視線を返した後——いくつかある問いの中から最も聞きたいものを口にした。


 それはフジ本人にもわからないことだろうが、少しでもヒントが欲しいと縋るような気持ちで。


「……世界が、あなたが最悪の死に方ではなく、正常な死に方を出来る方法はありませんか」

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