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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第986話 流れの先

 使命を果たすべく動いていた伊織は自分の体の状態を理解し、全てが終わったあとはこうなることがわかっていた。

 シェミリザの弾丸が命中し、致命的な傷を負ったと察した段階で自分の肉体を出力してからしばらく経つ。『自分の肉体』の出力そのものはニルヴァーレの体を作ることで成していたため、その経験が活きた形だ。


 ただし集中と時間が必要な事柄を一瞬で、そして一発勝負で行なっただけでなく、長時間維持しながら他の行動を続けることは恐ろしく困難だった。


 なにせ一からすべて出力したニルヴァーレと異なり、伊織は自分の生身の部分に合わせて微調整しなくてはならない。

 臓器の動きがチグハグにならないようにしなければ、神経がちゃんと連動するようにしなければ、血管を上手く繋げなければ、満足に動くことすらできないだろう。

 それを常時行なったまま穴を閉じ、時には魔獣やシェミリザへと攻撃を加える。


 出来ないなどと泣き言は言えない。伊織は集中し続けた。

 世界の穴を閉じている最中、一切の声を出せなくなるほどに。


 だからこそ、全てが終わって魔法を保てなくなった時にどうなるかは途中から予想がついていたのだ。いくら穴を閉じる作業が終わったとはいえ、ボロボロの状態では出力した肉体を保てないのは明白だった。

 だからといって出力し直す余力はない。消費した魔力は魔力のテイムでどうにかなるかもしれないが、すでに肉体を再構築する集中力を欠いている。

 そんな絶望的な理由は伊織が自分自身にかける回復魔法にも適用されていた。


 ヨルシャミたちとの約束を守れない。

 その現実に打ちひしがれながら、それでも伊織はこの状態で出来ることを模索した。シェミリザに話した「やってみたいことがある」というのがそれだ。


 死ねば魂はどこかへ行くために肉体から飛び出る。


 ——その状態で、世界の神に会うことはできないか。

 伊織はそれを試したかった。


(行き先も自由に動けるかどうかもわからない。……けど意識を保っていられるかどうかも初めはわからなかったんだ)


 それが今は『自分なら保てる』ということがわかっている。

 ならひとつずつ答え合わせをしながら行こう。

 伊織はそう考えながら長い時間をかけて両手足をイメージし、それを使って立ち上がろうとした。それが駄目なら泳ぐイメージで前へと進む。泳ぐのが駄目なら這ってでもいい。

 とにかくこの場から自分の意思で移動すること、それが最も重要だと伊織は感じていた。


 しかしいくら経っても流されるままであり、まったく自分では動けていないと理解するのは難しいことではなかった。

 伊織は魂だけの状態で移動する方法を必死になって考える。


(魂だけで移動する方法……もしかして無理に手足を使うイメージをしなくてもいいんじゃ?)


 手足を使って前へ進むというイメージではなく、前へ進むと念じるだけでいいのではないか。

 肉体が無いなら無いなりの動き方というものがあるのではないか。


 そう思ったのは夢路魔法の世界でヨルシャミが微動だにせず世界を構築し、好きに移動していたのを見ていたからだ。

 そして、ニルヴァーレも肉体を持たないまま夢路魔法の世界を自由に動き回っていた。

 夢路魔法の世界は現実を反映した世界ではあるが、恐らくふたりがああいった行動をしている時は現実世界の法則に従ってはいないだろう。


(……試せることは全て試そう)


 やり方を教えてくれる人は誰もいない。

 そう思っていたが、道を指し示す人は記憶の中にいたのだ。


 伊織は集中しながら前へ進むイメージを固める。

 もちろん先ほどもそれは強く念じていた。だが感覚のない手足を使って進むイメージから余計なものを削ぎ落せば、それだけイメージも尖って集中できる。


 進むだけでいい。

 流されるままではなく、そして手足を使ってでもなく、自分の意思のみで。


「……!」


 気がつけば明らかに先ほどとは異なる方向へと進んでいるのがわかった。例えるなら川に流されないよう横断したり、風に逆らって歩いている時に似ている。

 それを意識した瞬間、急ブレーキがかかったように止まってしまい魂全体に負荷がかかったが、それでも自分で動けたという事実のほうが嬉しく、伊織は「もう一度だ!」と再び集中し直す。


 その時だった。


 先ほどまでのものとは異なる大きな流れに引き寄せられるような感覚が駆け巡る。

 伊織は川を流されていた。

 その流れから自分の力で脱したが、しかし待ち受けていたのは海へと続く更に大きな川だった。そんなゾッとするような逆らい難い流れだ。


(これは駄目だ、よくわからないけど絶対に流されちゃいけない気がする……!)


 この先は不可逆の領域であり、行ってしまえば帰れない。

 そしてきっと、この先には会いたい人はいない。

 そんな直感が伊織の思考を支配した。きっとこれはパニックのせいではなく本当のことなのだろうという確信も含まれている。


 伊織は必死になって流れから脱そうとしたが、やはり流れの早さは先ほどの比ではなかった。

 あっという間に流されてしまい、振り向けば終点がありそうで恐ろしくなる。

 もちろん目もないため実際に視界に入ることはなかったが、想像だけでも恐怖を感じるのに十分な威圧感がそこにはあった。


 来てはならないところに来てしまった。

 それを理解したが――しかし諦めはせず、絶望もせず、伊織は流れから逃れようともがき続ける。


 会いたい人がいるのだ。

 それは世界の神であり、そして現世で待つヨルシャミたちでもあった。

 そのためにもまだ頑張り続けなくてはならない。そうでなければ自分のなりたかった救世主にはなれない。


 そうやって前へ進んだ分の倍は流されてしまう。

 ――諦めないまま、だが望みを叶えることができないまま終わるのだろうか。

 そんな考えが去来した時、なにか大きなものに掬い上げられた感覚が魂全体に伝わった。伊織は思わずぽかんとして顔を上げたが、もちろん顔も頭も首もない。


 はずだった。


「……え……!? なんで、見えて、……?」


 いつの間にか世界が見えている。

 周囲があまりにも真っ白だったせいで、目が見えていると理解するのに時間を要したのだ。

 見下ろしてみれば伊織の体は白く巨大な手に掬い上げられていた。

 下に川などはなく、一体なにに流されていたのかまったくわからなかったが、助けられたことだけはわかる。


 白い手は伊織を色のない地面に下ろした。

 芝生だろうか、と伊織が思ったところで足元にだけ緑の色が付いてぎょっとする。


「ここはまっさらだから、君たちのイメージが反映されやすいんだ」


 老若男女様々な声が重なったような、そんな声音で話しかけられた伊織は肩を跳ねさせた。

 しかし恐ろしさはない。

 ゆっくりと声のした方向を振り返ると――長く黒い髪に金の目をした青年が伊織を迎えるように立っていた。

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