第984話 使えるものは使え
ステラリカの作成したシェルターは見事なもので、リオニャの出産の際に作ったものより確実にクオリティアップしていた。
その中でシァシァたちは延命装置を最速で作り、完成まで伊織が絶命しないように数名の治療師や医学の心得のある者が奮闘している。
治療師には後から呼び寄せられたエトナリカも含まれていた。
エトナリカと共に駆けつけたのがナスカテスラだ。
メガネの損失のため回復魔法による延命には加われないが、彼は治療師であり医師でもある。様々な指示を忙しなく飛ばしながら「こっちなら細かい調整とかはいらないからね!」と水属性の魔法で清潔な水を作り出していた。
「しかし心臓は無事だから即死は免れたが、輸血も満足に出来ない環境だ! このままだとそろそろマズいぞ!」
「ちゃんと急いでるから音量下げてヨォ!」
気密性が高いためナスカテスラの声が反響してじつにうるさい。
伊織の気付け薬の代わりになるのではと思ってしまうほどだ。
シァシァはナスカテスラにそう言いながら手は一度も止めず、休むことなく器具をとっかえひっかえしながら作業を進めていた。
その手元を見ながらセトラスが声をひそめて言う。
「……材料が足りなくないですか」
「大丈夫! 発案した時点で足りないのは核の魔石だけだったから」
「ですが、ここにあるものだけではいくらあなたの技術力でも」
シァシァは無から作品を作り出したのではないかと錯覚するほどの技術を持っているが、それでも最低限の材料は必要だ。
懸念を口にしたセトラスの前でシァシァはボロボロになった服の内ポケットからいくつかのパーツを取り出した。
イーシュに使われていたものである。
「メモリも回収したから、できる限りパーツを持ち帰ってコンパクトボディを作ってあげようと思ってたんだ。今後は自由に資源を使えるか怪しかったからネ」
「……」
「それでも足りないって即座にわかるの、君の才能だと思うヨ、セトラス」
突然褒められると気色悪いです、とセトラスは真顔で返した。
気を悪くした様子もなくシァシァはもげた自分の義手を手元に引き寄せ、人工皮膚を破ると分解し始める。なんの迷いもないその動きにセトラスは目を瞠った。
「……使えるものは使えということですか」
「そういうコト。足のほうにも使えるパーツがあるから後で分解するヨ。まァ全部は使わないから体重がワタシみたいになるコトはないはずだ」
その代わりシァシァはバランス良く立つことができなくなるため、ステラリカにイスを作ってもらったのだという。
ステラリカの作った土のイスも強度が素晴らしく、土のやぐらと同じくちょっとやそっとでは壊れそうにない。それに満足しながらシァシァはズボンを割いて足からもパーツを取り始めた。
「……」
セトラスは横目で伊織を見る。
人々の間から見えた伊織の顔色は恐ろしく青白い。
一度は兄弟として接した少年だ。もはや本当の家族よりもセトラスの心の中にいる。――こうやって絆されやすい性格だからこそ律していたというのに、まさかこんなことになるなんて、と心の中でため息をつきながらセトラスは伊織のために手を動かした。
このまま死なせるわけにはいかない。
そう思いながら先ほど見たシァシァの手腕を思い返す。
肩を並べるには嫌で仕方ない相手だが、こういう時は頼りになった。きっと大丈夫だ。
そう確信めいたものを感じながら部品の洗浄を完了させたところで、シァシァの短い叫び声が耳に届いた。
「イッタぁ! しまった、こっちの小指はまだ生身だった!」
「……」
きっと大丈夫。
きっと大丈夫なはずだ。
そう密かに上書きしつつ、セトラスは止血用の紐をシァシァへと投げた。
***
サルサムはシェルターの外で痛み止め薬の調薬を行なっていた。
サルサムにも簡単な縫合技術はあるが、専門家には劣る。
それに加えてシェルター内には十分な人数がおり、これ以上多ければ逆に対処の妨げになると判断して外で待機していた。同じ考えで外で待っている者は多い。
しかしただ棒立ちで待っている気分にはなれず、こうして「無事に手術が終われば必要になるだろう。イオリにではなく満身創痍で作業している奴らに」とうんと強い痛み止めを調薬していたのだ。
その隣には地面に体を横たえて体力の回復を待っているヨルシャミがいた。
シェルター内の清浄化に一役買った彼は纏めて圧縮よりこっちのほうが早い、と室内の菌や不純物をすべて指定してピンポイントに圧縮してみせたのである。
セトラスの目のサポートがあったとはいえ凄まじい精密性だった。
だがその結果、ただでさえダメージが蓄積していたところへのとどめとなり、こうしてダウンすることになったのだ。
清浄な空気は貯蔵エリアに十分溜まり、しかも時間差で戻るように設定された状態で圧縮されているので休む時間は確保できている。
ヨルシャミの傍らには静夏が座り、荷物を枕にさせて看病していた。
ヨルシャミに鼻血の跡は残っているが、顔色は戻ってきている。
それを確認してサルサムは口を開いた。
「――あとは待つだけだ。だから訊くが、あいつはどうした?」
「バルドか」
「ああ」
サルサムにとってバルドはバルドであり、ルーツを同じとするオルバートの安否はさほど興味がない。伊織と静夏をおもんぱかる気持ちはあるがオルバート個人を心配はしていなかった。
しかしバルドはどうしたのか、それは普通に気になる、と顔に出しながらサルサムは続ける。
「あの場で訊ねるのはどうかと思って黙っていたが、どうせ碌なことにはなってないんだろ」
「……まあ、そうであるな」
「これに関してはシズカも気になってるはずだ、喋れそうなら説明してくれ」
サルサムの言葉にヨルシャミは僅かに視線を動かして静夏を見た。
神妙な面持ちで静夏も「頼む」と頭を下げる。
「……わかった、どのみち今後しっかりと考えねばならん問題だ」
ヨルシャミは「寝たままですまないが」と前置きした上で話し始めた。
バルドとオルバートが影のロープから手を離し、世界の穴へと消えていったあの時の話を。





