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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第979話 そうなのだな、イオリ

 魔獣の体はすぐさま消えるわけではない。

 しかしシェミリザはそれでも尚、もう動くことはないと連合軍全体が確信するような様子だった。


 褐色の肌でも血の気がなくなれば色が変わる。

 投げ出された腕は自重で奇妙な形に関節が沈み、様々な方法を駆使して最小限に抑えていたらしい出血はもはや決壊した池のようだ。

 それでもグロテスクに感じないのはその血が真っ黒でリアリティに欠けることと、シェミリザの表情があまりにも穏やかだからだとヨルシャミは悟る。


 暴れていた蛇の下半身も同時に動きを止めたが、それ以前から最後の力を出しきった連合軍に肉塊と見紛う姿にされていた。

 血の代わりに溢れ出ていた影の手も瞬きをする間に消え、まるであれは夢の中の出来事だったのではないかと錯覚させる。


 そこへ欠けた腕を庇いながら静夏がヨルシャミへと近づいた。


「終わった、か」

「……うむ、あやつお得意の騙し討ちというわけではないようだ」


 ヨルシャミが凝視した先、シェミリザの肉体からは体内に留まっていた魔力が外へと逃げ出していく様子が見えていた。

 空気中よりも死んで間もない体内の方がまだ延命できるはずだが、魔力たちもそれでは先がないとわかっているのだろう。


 普通の動物なら死んでも捕食され、魔力は捕食者の肉体に移ることができるかもしれない。しかし魔獣は別だ。このまま大地に還ることも、誰かに捕食されることもないのだから。

 そんな死地に留まっているより、数多のヒトが群れている外へ逃げ出したほうがいいと考えたのだろう。


 魔力にとってただの死地となってしまったシェミリザ。

 そんな彼女を、自分の血縁者を見つめながらヨルシャミは複雑な感情を抱いて表情を決めかねていたが、静夏の腕に目を戻して手を貸そうとする。

 それを止めたのは静夏だった。


「今お前が寄り添うべきは私ではない。伊織のもとへ行ってやってくれ」

「しかしシズカよ、その腕……まともに動かぬものを酷使したであろう。傷口を閉じた後では焼け石に水だが、少しでも早く手を打てば――」

「覚悟の上だ。大丈夫、残った筋肉で動かすすべがある」


 心配してくれてありがとう、と静夏は敢えて欠けた腕を持ち上げると、その手でヨルシャミの背をぽんっと押し出した。


 ――が、他の筋肉で負傷した部分を補うことで動かすという人間離れした技は戦闘中に生み出したものだ。


 それも戦闘の最後の最後であり、極限の状況では力加減をするということがなかった。とにかく最大級の力を出し続けることを優先していたのだ。

 よって力のコントロールを誤った静夏の『ぽんっ』により、ヨルシャミは軽々と数メートル前へと吹っ飛ばされてくぐもった呻き声を上げることになった。

 明らかに戦闘中以外では早々お目にかかれない砂煙が上がっている。


「!? す、すまないヨルシャミ、まさかこんなにも力が入るとは……!」

「いッ……いや、いい。これだけ元気なら心配あるまい。それに最短ルートだ」


 ヨルシャミは一段と汚れた気がする服をぱんぱんと払うと目の前に迫った伊織の背中を見上げた。

 伊織が炎のマントを解く。

 合流した際はヨルシャミに彼を細かく見ている余裕はなかったが、やはり伊織も負けず劣らず服がぼろぼろだった。それでも大きな傷はないように見える。


 ほっとしながらヨルシャミは伊織の隣へ足を進めると咳払いをした。


「イオリよ、よくやった。……姉と呼んで慕っていた者に、最後に手を下すのは辛かっただろう」


 本当なら私が手を汚すべき場面だったとヨルシャミは思う。

 しかし伊織が自らシェミリザを楽にすると口にし、その決心と共に飛び出したのだ。誰がそれを止められようか、とヨルシャミは拳を握った。


「バルドとオルバートの件も皆に説明し、策を練ろう。これだけ各国の精鋭が集まっているのだ、妙案のひとつやふたつすぐに出る」


 伊織は沈んだ表情で視線を下げている。

 ヨルシャミはまずは仲間たちのもとへ彼を連れて行こうと手を引き、そしてその手の冷たさにぎょっとした。

 直後、真上から熱風が吹きつけてニルヴァーレがふたりの傍に降り立つ。

 ニルヴァーレも魔力を大量に消費したのか、既に目を細めるほどの眩い光はなくなっていた。


「ほら、ふたりともおいで。魔獣の残党をチェックしてから帰るそうだよ」

「う、うむ……」

「どうしたんだい、もしかしてシェミリザが消えるまで見てるつもり――」


 ヨルシャミの不可解な様子を確認した後、伊織の顔を覗き込んだニルヴァーレは目を瞬かせる。

 それは日常の中で非日常を見た時のような表情だった。


「……?」


 ニルヴァーレは咄嗟に自分の胸元に手をやり、そして違和感に眉を顰める。

 ヨルシャミがあの時に感じた違和感と同じものだった。


 伊織は俯いたまま冷や汗を流し、そしてもう限界だというように咳き込むと真っ赤な血の塊を吐いた。抑えようとしても歯の隙間から湧き出してくる。

 同時に吐血だけとは思えないおびただしい量の血液が足元に血溜まりを作り、倒れかけた伊織の体をヨルシャミとニルヴァーレが同時に受け止める。


「ッイオリ!? どうした、やはり怪我を――」

「落ち着くんだヨルシャミ、まずは地面に寝かせよう」


 私は落ち着いている、と反論しかけたヨルシャミはその言葉を飲み込んだ。

 このような場面で反論しようとしている時点で落ち着いてなどいない。ヨルシャミは呼吸を整えながらニルヴァーレと共に伊織を地面に横たえた。


 異変を感じ取ったセルジェスが走ってくるのが見える。

 なら確認がしやすいように傷の位置を特定しよう、とヨルシャミは視線を動かした。しかし凝視する必要すらないほど大きな異変がすぐに視界に飛び込んでくる。

 珍しくニルヴァーレも真っ青になっているのが見えた。


「こ……このような傷、さっきまで無かったぞ」


 ヨルシャミは伊織の腹部を見て唇を戦慄かせる。

 脇腹からその逆側にかけてが真っ赤に染まっていた。ちょうど服が破けていた部分だが、だからこそ傷がないとよく確認できたのだ。ついさっきまでは。

 しかし現に目の前の伊織には貫通するほどの――様々な臓器、骨、神経を損傷するほどの傷がある。


 目を疑っていたヨルシャミはせめて止血をしようと回復魔法を使いながら服を破き、圧迫止血を試みたが指先が傷に深く埋まって短く声を漏らした。

 それはニルヴァーレが初めて聞く類の悲鳴だった。


「ヨルシャミ、僕がこうしてまだ存在してるんだ、イオリはきっと大丈夫だよ」


 出力したものが伊織の死後にどうなるのかは前例がないためわからない。

 しかしそれは魔力が続く限り死後も残る可能性があるということでもあり、今それが実証されたのかもしれないのだ。

 視線を揺らしたヨルシャミは己を律しようとした。


 伊織は自分に近しい者を失いかけても踏ん張ったのだ。

 それを強いたのは自分なのだから、と。

 だが成すすべなく目から涙が零れ落ちる。


「……これをお前へ、と託された。イオリの魔力を固めたものだ」

「イオリの? いや、たしかにこれはイオリの膨大な魔力で作った魔石もどきのよう、だが……」


 ニルヴァーレはヨルシャミから受け取った魔石を見下ろし、そしてハッと伊織に視線を戻した。

 ヨルシャミは頷く。


「つまり――イオリはこうなることがわかっていたのだ」


 傷の位置の既視感がヨルシャミの頭を駆け抜けた。

 この角度、そして大きさはあの時シェミリザが放った銃弾によるものだ。確かに当たったはずなのに伊織は傷ひとつ負っていなかった。

 だが、本当はあの時にシェミリザの狙い通り直撃していたのだ。


「そして自身が一番よく知る健康な肉体を出力していた。この戦いの最中、ずっと。……そうなのだな、イオリ」


 ヨルシャミは手を震わせながら伊織の頬に触れる。

 伊織は答えず、代わりに返ってきたのは手の平に染み込むような冷たさだった。

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