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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第978話 シェミリザと救世主

 ――傷口を見なくても致命傷だとわかる傷だった。


 シェミリザはこの戦で何度もそういった怪我を経験してきたが、そのたび回復を繰り返してきた影響か冷や汗ひとつ出ない。体も心も慣れきってしまったのだ。

 しかしこの時ばかりは状況が違っていた。


 連合軍の猛攻により削られた生命力。

 その補給源になる魔獣がいないこと。

 そして、今なお伊織から譲渡された魔力が体内で暴れ回っていること。


 傷口はヘドロの魔獣に似た組織を伸ばしてくっつこうとしたが、ふたつの断面が再び繋がり合うことはなかった。

 斜めになるシェミリザの視界に地面に転がったコントラオールの塊が入る。

 それはスルスルと糸がほぐされるように姿を消し、そしてすべて消失する頃には中にあった紫の炎は消え去っていた。


 あの炎は紫の不死鳥そのものではなく、その能力をシェミリザが掠め取ったものである。つまりシェミリザ本人に炎を維持する力がなくなったということだ。

 己の衰弱をありありと見せつけられたシェミリザはため息のような息を吐き、そのまま上半身が落下する。そして地震のような地響きをその場にいた全員に届けた。


 未だに立ったままの蛇の下半身は全身から無数の影の手を生やすと手当たり次第に襲い掛かる。

 まるで制御を失った昆虫の最後の悪足掻きのようだった。


「油断するな、最後まで叩き潰せ!」


 ステラリカを連れて合流したヨルシャミの声が飛ぶ。

 暴れ回る蛇の下半身と影の手を静夏が再び叩き伏せ、リータの炎の矢が鱗を燃やし、セトラスとサルサムの銃弾が撃ち抜き、イリアスの炎の龍が炙り、モスターシェが半泣きになりながら投げ飛ばした。

 下半身に蹴散らされて手足の潰れた者をセルジェスたちの回復魔法が救い、そこへ襲い掛かる影の手をニルヴァーレが切り刻み、リオニャが引きちぎり、パトレアが蹴り飛ばし、ネロが音の衝撃波で広範囲を防御する。

 エトナリカも高く跳ぶと水のハルバードで蛇の尾を輪切りにした。


「ナスカの分も活躍してやるよ! 皆もそういう相手はいるね? なら気張りな!」


 攻撃と同時に大規模な継続回復魔法が全員にかかる。

 一気に消耗するため一分程度しかもたない大技だが、だからこそ今こそすべてをかけるべき瞬間だということを示していた。

 切られた蛇の尾も再生しない。

 それを見た連合軍は勢いを増して攻撃の手を強めた。


 激しく抵抗する下半身とは対照的に、無抵抗な様子で地面に横たわるシェミリザの上半身はまるで抜け殻のようだった。

 しかし瞳にはまだ意思が宿っており、ゆっくりと近づく伊織を見てほんのりと細められる。


『ふふ……まるで虫ね。恥ずかしいわ』

「魔獣としての本能がそうさせるんだと思う」

『あなたは加勢しないのね』

「もうヘトヘトなんだ。混ざっても邪魔しちゃうよ」


 それならもう少し粘ればよかったわ、とシェミリザは口から黒い血を流しながら笑った。

 伊織はその目の前に真っすぐ立ってシェミリザを見下ろす。

 見下す目でも憐れむ目でもなく、それは見届ける目だった。

 シェミリザは静かに伊織へと視線を返す。


『あなた、本当にわたしの想いを継いでくれるの?』

「うん。――少し試してみたいこともあるんだ。いや、というか今の僕にはそんなことしか出来ないんだけど」


 それでも、と伊織は言葉を続けた。


「想いを継ぐのは僕だけじゃない。母さんたちもみんな同じ気持ちだよ」

『随分沢山いるのね。わたしの頃はひとりもいなかったわ』


 世界が本当の危機に陥って初めて結託したようなものだとシェミリザは嘲笑うような、しかし力のない声音で言う。

 人工のワールドホールを開いた伊織はそれを大罪だと思っているが、シェミリザから言わせれば人々が纏まるきっかけを与えた者だ。間接的な救いの手である。

 しかしそんなことはおくびにも出さずシェミリザは笑った。


『……あーあ、世界の穴も閉じてわたしを殺して……イオリ、あなたこの世界を地獄に導いたかもしれないわよ。いつかあの時に終わりにしておけば良かったって思う日が来るわ』

「そうかもしれない。けど僕らはそんな未来でも自分の手で選びたいんだと思う。それがどれだけ手を汚すことになっても」

『良い未来になるかもしれないって夢見ながら?』

「良い未来になるように最後まで足掻きながら」


 伊織の明瞭な言葉にシェミリザは微笑む。


『そんなに救世主になりたいの?』

「なりたいよ」


 シェミリザは瞼を閉じた。

 元から暗い瞳に光が射さなくなり、真っ暗な世界が目前に広がる。


 ――魔獣と同化し、魂すら同質のものへと変化したシェミリザが辿る末路は彼らと同じものだ。つまり故郷であり、歪んだ愛を向けていたこの世界には還れない。

 残滓の一片一片まで拒絶され、要らないものとして消え去るだけだ。

 ローズライカと同じ結末だったが、しかしシェミリザに後悔も恐怖もなかった。

 この手段を取った段階で覚悟を決めていたことだ。


(それに……そう、今は楽になれる安堵のほうが大きい)


 まったく、世界を救いたいと言いながら薄情なものだわ、とシェミリザは喉の奥で呟く。

 それを聞き取ったのか伊織がゆっくりと首を横に振った。


「姉さんだって人だよ」

『……』

「酷い目に遭ったら弱るし、救いの手を差し伸べきれないこともある。それを悔いることもある。けれどそれが人であることの証左だ」

『……ふふ、それ、あなたも肝に銘じておきなさい』


 シェミリザは地面の上を這わせるように腕を動かすと――伊織に手を差し出しながら口を開く。

 そして苦しげな呼吸に邪魔をされながら、遺言のようにそれを口にした。

 最後まで口にできないと思い続けていた言葉だった。


『どうか――どうか、この愛しい世界を腐らせないで。終わる時は正しい終わり方にしてあげて』

「うん」

『わたしみたいな終わり方にしちゃ、だめよ』

「……うん」


 伊織の返事を聞き終えたシェミリザは目を伏せたまま微笑む。


『託したわよ、救世主』


 そして、安堵したような小さな声でそう呟くと、それっきり睫毛の先すら動かなくなった。

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