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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第977話 想いを継ぐ

 シェミリザは希望が潰える瞬間を何度も見てきたが、この日ほど深い絶望に苛まれたことはなかった。


 最期にやりたいこと。

 それを成せず、目の前で失ったことで絶望感、悲しみ、恐怖、怒りが順に湧いてくるが、それはどれも気力を必要とするものだった。

 悲しむのも怒るのも力を消耗する。

 自分にはすでにそんな気力すら残っていないのだとシェミリザは自覚した。


(わたしはもう疲れてしまったわ……)


 無意識に虚脱し、連合軍からの攻撃を防ぎもせずに受けてしまう。

 

 痛みが走ってもシェミリザはもう顔をしかめることすらなかった。

 夜空に輝く金色の糸はとても美しく、平時ならほんの一時くらいなら心和ませて見入っていただろう。それだけ幻想的だった。

 しかし正体を知っている者からすれば巨大な縫合跡に他ならず、世界が負った傷の大きさを示すものだ。


 それを瞳に映している間に、徐々にシェミリザの思考力が回復する。


(まだ……まだよ、イオリを殺せば糸が消えて再び世界の穴を開くことができるわ)


 ナレッジメカニクスを利用して開いた世界の穴は今のシェミリザでもひとりでは新しく開くことはできない。

 オリジナルの世界の穴と同じ規模なら尚のことだ。あれはナレッジメカニクスの比類なき科学力と長い時間があってこそ実現できたのだ。


 しかし、閉じられたものを再度こじ開けることならできる。

 今ならまだ世界の穴を縫合した跡は癒えていないのだから。

 手術した直後なら糸さえ切れば簡単に傷が開くのと同じだ。


 そう思い至った時、自分からシェミリザへ接近する伊織の姿が見えた。


 連合軍たちを火柱で牽制し、シェミリザは腰元の大きな目を見開いて伊織を見据えると影の槍を生成する。

 シェミリザのサイズに合わせたため巨大な黒い丸太のようだった。

 それを声なき殺意と共に無言で投擲する。


 真正面から影の槍を見つめた伊織は自ら加速し、最小限の動きで槍を避けた。

 ――しかし、ただの槍ではない。本来なら形のない影で無理やり形作った槍だ。

 避けたところで羽のようにいくつもの刃を展開して伊織を切り裂こうとしたが、彼はそれをも落ち着き払った動きで避けていく。


 どう見ても人間のする動きではない。

 その様子を見てシェミリザは目を細めた。


『随分沢山の強化をしてるのね』

「姉さんを止めにきたからだよ」


 伊織は回復魔法と同じく強化魔法も不得意としていたが、魔力をテイムした経験からコツを掴んだのか自身に何重にも強化魔法をかけている様子だった。

 シェミリザは尖った歯が隠れるほど口を引き結ぶ。

 もう伊織は目的を達しているのだ。

 だからシェミリザに全力をかけられる。

 出し惜しみしないとはまさにこの状況のことだろう。


 もちろん過度な強化魔法は反動も大きいが、それはシェミリザに勝った後にゆっくり癒せばいい。

 そう伊織は思っているのだとシェミリザは予想する。


 それがどうにも琴線に触れ、苛つく感情が心の底から湧いて出た。

 ――まだ怒ることができる。

 そうシェミリザは蛇の胴体をくねらせると伊織に向かって一気に距離を詰める。


『余裕でいられるなんて羨ましいわ。ほら見て、わたしはあなた達のせいでこんなにもボロボロなのよ』

「……ごめん」

『謝罪するならわたしの願いを叶えてちょうだい。あなたの手で、この世界を苦しませず殺――』


 伊織は炎のマントの火力を瞬間的に上げ、直角に曲がるように急上昇する。

 そしてシェミリザに風の鎌を振り下ろしながら「わかった」と言った。


「僕のやり方で、この世界を救うよ」


 鋭い一撃は見た目以上に重く、地面に叩きつけられたシェミリザは目を見開いて伊織を見上げる。

 簡単に救うと口にする少年が憎々しい。

 感情が昂ぶり、触れられたくなかった部分に不躾に触れられたような不快感がシェミリザの体を走った。


『そんな方法わからないくせに!』


 それは呪詛を吐くような声だった。

 一度で声帯が駄目になるほど、喉を裂くほどの声は溢れんばかりの怒気が含まれている。

 それを感じ取った伊織はシェミリザの反撃を空中で避け、まるで落ちるような動きで降下すると腰元の眼球に風の鎌を突き刺して静止した。


 巨大な眼球は天にあったものと同等の性質を有している。

 刺したところですぐさま傷が塞がろうとしたが、その前に伊織は眼球の表面にぺたりと手を当てた。ぶよぶよとした感触と冷たい温度が手の平から伝わってくる。


 ――シェミリザの危機感は薄い。


 伊織がどれだけ強い魔法を使っても満足に傷は与えられないだろう。

 狙うなら他の場所にすべきだとシェミリザがアドバイスしたくなるほどだ。

 ウサウミウシが爆弾を投下した際も打ち破れたのは内側を狙われたからこそ。今の眼球はシェミリザの制御下にあるため、その前に優先して傷を塞ぐことができる。


 どんな攻撃でも受け止めてみせよう。

 この眼球は高性能なレーダーであり、そして硬さではなく柔軟さで衝撃を凌ぐ最強の盾だ。


 そうシェミリザは自負していたが、伊織が行なったのは攻撃ではなかった。

 否、見ようによってはそれは攻撃だっただろう。

 何故なら突如巨眼から完全に視力が完失われ、それと同時に目の奥で様々な器官が破壊されたからだ。


『!? ッ……あなた、一体なにを……!』

「姉さんなら見えるよね?」


 伊織の言葉にシェミリザは凝視することすら失念していたとやっと自覚した。

 事は既に起こった後だが残滓は今からでも見て取ることができ、シェミリザはその影響がもうひとつの眼球へと及ぶ前にと紫の炎を総動員させて伊織へとぶつけた。


『あなた、わたしに魔力を寄越したわね!』


 伊織が行なったのは魔力譲渡だった。

 そう、通常はヒトとヒトの間では成立しない行為である。

 無理に行なえば相手は死亡するが、魔導師なら意識的に拒絶してそもそも成立しない。もしくはすでに体内にある魔力がある程度は押し返すため、やろうと思うなら相当時間をかけ高度な魔力操作を行なう必要がある。


 しかし今のシェミリザは大半が魔獣であり、ある程度は通りやすい。

 とはいえシェミリザなら有害な魔力をも自分の力に変換することが可能だった。

 ――そう、可能だったはずなのだ。


 伊織だけは規格外が過ぎた。

 加えて魔力をテイムするという技術を身につけた彼による魔力譲渡はまさに攻撃も同然。

 膨大な波のように押し寄せる魔力にシェミリザは死の危機を感じ取る。


「前にナレーフカが教えてくれたんだ。目は魔法や魔力の影響を受けやすい器官で、オーラとかを見るのに目に魔力を集めすぎると失明することがあるって。……これだけあれば姉さんでも影響あるよね?」


 伊織は風を起こすと紫の炎を空中で一纏めにした。

 一時的な静止だが、その間に伊織は炎をも閉じ込める物質のイメージを練り上げるとシェルターのように紫の炎を覆った。

 ごとん! と音を立てて地面に落ちたそれを見てイリアスが声を上げる。


「もしかしてこれ――コントラオールか!?」


 伊織が出力したものは永遠に存在するわけではないが、イメージさえできるなら再現の難度に稀少性は関係がない。

 早々目にすることのできない質量のコントラオールの中で紫の炎が暴れ回っている音を聞きながら、伊織は全身の魔力に指示して特大の風の鎌を作り出すとシェミリザの胴を切り裂いた。


 シェミリザは口から黒い血を吐きながら傷を癒したが、送り込まれた魔力が暴れ回り、残っていた巨眼の片割れまでもが視力を失う。

 幸いにも頭部の目までは距離があり、視界が完全に失われることはなかったが――なにか手を打たなくては時間の問題だ。

 そう焦るシェミリザの腕を駆け上がる伊織と目が合った。


「姉さんの本当の目的はこの世界を救うことだろ。酷いことも沢山したけど、すべては救いたいって思った心が発端だ」

『……』

「僕に救い方はまだわからない。けど救いたいっていう想いを継ぐことはできる」


 転生者が関われば未来は変えられるかもしれない。

 しかしそれでも簡単なことではない。

 オルバートを使ってもシェミリザは成し遂げられなかった。

 いつもいつも予知の中で見る未来の世界は酷い有り様のままだった。


 けれど、この子ならどうにかしてくれるのではないか。


 シェミリザはしばし前にそう感じ、そして自ら無視した感情を再び見つめ直す。

 伊織はただの子供だ。生きてきた時間を見れば人間としては成人しているが、その数百倍も生きているシェミリザから見れば矮小な存在である。

 ――そんな子供がここまで成長するなどわからなかった。予知などできなかった。


 それでもこんな人間の子供に任せたくない。

 自分の手で、自分のやり方で世界を救いたい。


 そうシェミリザは胸を突くような衝動に突き動かされ、少しでも多く力を得ようと出来損ないの魔獣たちを取り込もうとしたが、気がつけば周囲にその姿はなかった。

 離れた場所でヨルシャミに討たれた者たち。

 士気の下がらない連合軍に討たれた者たち。

 伊織がシェミリザを相手にしている間も彼らは休まず魔獣を狩り続けていた。


 世界の穴は塞がり、もう新たな魔獣は生まれない。


 唯一残っていたゴリラと思しき魔獣を拳ひとつで叩きのめした静夏が跳び上がり、退こうとしていたシェミリザの蛇の尾を思いきり真上から殴りつけた。

 今度は己が杭になることはなかったが、代わりにシェミリザの尾そのものが地面に突き刺さって動きを制する。


「伊織、――やれ!!」


 静夏の雄々しく頼もしい声に支えられ、伊織はマントの炎を大きく燃え上がらせると大きな風の鎌でシェミリザを袈裟懸けに切り裂いた。

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