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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第四章

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第96話 お荷物になること

 ミュゲイラはヨルシャミを抱えたまま施設の一階に出ると、再び私室エリアのある方向へと走っていた。


 意図してのことではない。咄嗟に道を選んだ結果である。

 ふたりを追う球体は目を瞠るほどのスピードで、思考する隙をなかなか与えてくれなかった。ミュゲイラが両足の筋肉を駆使して走りながら叫ぶ。


「あいつらしつこいぞ! なんとかできないか!?」

「丈夫そうだが威力重視ならもしくは……よし、得意属性をお見舞いしてやろう」


 小脇に抱えられたヨルシャミはそのままの体勢で闇色の細い筒を作り出す。

 それは影で形作られた筒だった。見れば燭台の光に照らされたヨルシャミの影だけが無くなっており、自身の影を素材に使ったのだと察せられる。

 ヨルシャミは大きく息を吸い込んだ。


 ――フッ、と鋭く筒を吹く。


 すると筒だけのはずだというのに、まるで吹矢のように針が飛び出した。

 一本の闇色の針だ。

 僅かな光すら反射させず、黒い塗料の塊のように球体に向かって飛んでいく。


 針はそのまま先頭を飛ぶ球体の中心に吸い込まれるようにして消えた。

 細すぎて当たった音すら耳に届かなかったが、確実に弾かれてはいない。貫通したのだ。


 球体はしばらく何事もなかったかのように動いていたが――大切なパーツを射貫かれたのか、突如ふらふらしだしたかと思えばその一体だけ廊下の角で曲がりきれずに壁に激突した。

 それでもまだ追おうとコロコロともがくが、すぐに重い音をさせて床に落ちる。

 死にかけの虫のような不規則な動きだった。


「よし、まずは一体!」

「おー! やるじゃん!」

「ふふん、影を凝縮したもの故に連発はできんが、威力はなかなかのものだろう?」


 ヨルシャミの説明では魔力の消費もそれなりのものらしく、小さく見えるが威力は巨大火球を作り出すのと似たり寄ったりだと思えば納得の消費だった。

 更には弾にした影が再び戻ってくるまでしばらくかかる。

 つまりインターバルが長い必殺技のようなものだ。


 最盛期なら湯水の如く使えたのに敵わん。

 ヨルシャミがそう続けると、ミュゲイラは「必殺技にしちゃ地味だなぁ」と身も蓋もないことを言ったので、ヨルシャミは一段落着いたら脇腹を死ぬほどくすぐってやることに決めた。


「……とりあえず今の一発で影半分。もう半分ある」


 追ってきている球体は全部で十体ほど。

 残りは他の侵入者を探しに施設内へ散っていったらしい。

 少しでも数を減らしてやる、とヨルシャミは再び息を大きく吸って球体を狙った。

 そのまま鋭く一吹きしたが、しかし――球体が射出したワイヤー製のネットをミュゲイラがジャンプして避けたタイミングと被り、ものの見事に影の針は見当違いの方向へと飛んでいった。


「も、も、もうちょっと優しく避けられんのか!?」

「さすがに無茶ぶりじゃねぇ!?」

「ああ! うむ! 無茶ぶりだな! すまぬ!」


 勢い良く謝った瞬間、ヨルシャミの顔の真横をビームが通り過ぎた。

 熱源がなくなったというのに空気がぬるい。


「……」

「……なんだあれ」

「どう見ても攻撃であるな」


 生け捕りにしたがってるっぽかったのに!? とミュゲイラは冷や汗を流した。

 ビームは急所に命中しなくても致命傷になりそうな威力である。

 侵入者の始末には向いているが、捕縛には向いていない。先ほどまでの方針とがらりと変わっていた。


「――そうか! 攻撃を受けた上に捕獲の手段を潰されたのだ、だから我々を殺してから肉体を回収することに切り替えたのか!」

「うわぁ! さすがにあんなのパンチで弾き返せないぞ!!」


 多分指が消し飛ぶとミュゲイラは嘆く。

 ヨルシャミは呼吸を整えると球体に視線を戻した。


 ヨルシャミが使用できる威力の高い攻撃手段の中に『対象を圧縮して潰す魔法』がある。魔導師以外に原理を説明すると首を捻られることが多いが、簡単に言うと影で包んで圧し潰すのだ。

 しかし影の針よりも消費が激しい。

 その針ですら今の肉体で魔法を使うことに慣れておらず、昔の何倍も燃費が悪いのである。そんな状態で使えばどうなるか想像するだけで冷や汗が流れた。


 今はニルヴァーレの魔石があるが、敵の数とこの後になにが起こるかわからないことを考えるとリスキーな手段だった。

 しかしこのままでは逃げきれないというのも目を逸らせない事実だ。


(だが、もし逃げきれたとしてもイオリやシズカたちの負担が増すだけだ)


 この段階でお荷物になっていいものか。


 ヨルシャミは自分が戦力として貴重であると自覚している。

 燃費などの難はあるものの、ここで捨てるにはもったいない駒であることも。本来なら最後まで保険として取っておく駒だ。

 だからこそ『捨て身の攻撃をするなどまだ早いのでは』という迷いが湧く。


「……ヨルシャミ!」

「なに――ぎゃっ!」


 その時ミュゲイラがヨルシャミの尻を叩いた。

 小気味いい音が逃げながらでもクリアに聞こえるほどパァンッと鳴り響く。

 先ほどぶつけた場所に二度も衝撃を与えられたヨルシャミは素で叫んだが、ミュゲイラは明るい笑みを浮かべる。


「あたしさ! 荷物運びは得意だから、安心してお荷物になれよ!」

「意図を察してくれるのはありがたいが、もう少し言いようはないのか! あとそこはさっきぶつけた場所だ!」


 下手をするとこの衝撃で意識を飛ばすところだった、とヨルシャミはミュゲイラに気づかれないように生理的な涙を拭いながら吠えた。


 しかし、そう、仲間たちもまた一筋縄ではいかない手練れなのだ。

 そんな仲間に「安心してお荷物になれ」と言われたのはヨルシャミにとって初の経験だったが、悪くないものだった。

 咳払いしつつヨルシャミはミュゲイラを見上げる。


「……ならばこの上ないほどお荷物になってやろう。覚悟しろ、ミュゲイラ」

「楽しみにしてる!」


 とても不思議な激励をされた気分だった。

 ヨルシャミは笑い返しながら対象を見定める。圧縮の魔法は視界に入った相手にしか使えない。


 呼吸を整えても抱えられているせいで勝手に肺から空気が出ていく。

 視界もぶれて通路が狭いせいで球体も重なり合っている。

 じつに、じつに最悪なシチュエーションだ。


 しかしそれでもやってみせる。


 自分は超賢者なのだから、とヨルシャミは五体の球体が視界に入った瞬間、その五体を一気に手の平サイズへと圧縮した。

 五体同時に倒したとは思えないほど軽いカシュッという音が響く。

 圧縮された球体はスクラップの塊のように動かなくなり、見た目からは想像もできないほど重い音をたてて床に落ちた。


 同時にヨルシャミは自身の鼻だけでなく目元からも血が流れているのに気がついく。あの一瞬で眼球周辺の毛細血管までダメージを受けたらしい。


(だが即気絶はしないとは……さすがニルヴァーレの魔石といったところか)


 ならば、とヨルシャミは残りの五体を見据える。

 お荷物になる覚悟があるならば、魔力の温存はしなくていい。


 落ちた仲間に見向きもせず、今度こそミュゲイラの背を狙って放たれたビーム。

 それを魔法の障壁で防ぎ、ヨルシャミはわざと勢いの鈍い影の針を発射した。

 針を避けるために散り散りになった球体たち五体だったが、そのすべてがヨルシャミの視界に収まっている。


 回避で生じた小さな隙を突くようにヨルシャミは再び圧縮魔法を使用した。

 球体たちはくしゃりと潰れ、それぞれ小さな鉄塊となって避けた方角へと吹き飛んで壁や床にめり込む。


「……! うおっ、全部やったのか!」


 そうミュゲイラが足を止めた瞬間だった。

 施設の離れた場所から爆発音がし、建物全体がびりびりと震える。

 なんだなんだ、とミュゲイラが慌てていると、ヨルシャミがか細い声で言った。


「意識が飛ぶ……一旦降ろせ……」

「あ、お、おう」


 廊下に降ろされたヨルシャミは血だらけの顔を拭って爆発音のした方向を指す。


「……シズカはまだこのエリアにいる可能性はあるが、明確にはわからない。だがあの爆発があった場所ならばイオリかシズカ、どちらかがいるだろう。今は、……ッ、今は、まずは誰かと合流しろ」

「わかった、あとは安心して寝とけよ」


 しゃがんで耳を寄せていたミュゲイラは手短にそう伝えると、ヨルシャミのアドバイスを実行すべく彼を背中に背負って立ち上がる。

 ぐったりとした様子のヨルシャミはもう背中に掴まる気力もないのか、浅い呼吸を繰り返しながら全体重を預けていた。


 しかし肩に担がれるよりは楽である。

 筋肉質な頼もしい背筋の存在を感じながら、ヨルシャミは小さく笑った。


「初めからおんぶにしろ、まったく……」


 これなら少なくとも一度目は尻にダメージを負うこともなかっただろうに。

 そんなことを呟きながら、ヨルシャミは仲間の背中で意識を失った。

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