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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第975話 大馬鹿者の約束

 ヨルシャミが気を取られたのは甲殻系の魔獣が回転しながら飛んできたからだ。

 どうやら遠方にいるゴリラ型の魔獣が力任せに投げたらしい。

 オルバートや自分たちの移動方法を見ていたのかもしれないな、と舌打ちしたヨルシャミは回避しながら影の網で魔獣を捕えて地面に打ち据える。


 その間だ。

 そのたった三秒にも満たない間に、ヨルシャミの片腕を引き千切らんとしていた負荷が突然消えた。

 もちろん楽になったと喜べるような状況ではない。

 目を剥いてそちらを向いたヨルシャミは思わず名前を口にしていた。


「……ッは!? バルド、オルバート……!?」


 力尽きるのは時間の問題ではあったが、しかし視界の端に僅かに映った様子からバルドが自ら手を離したように見えた。

 いや、実際にそうだったのだろう。

 だが頭が信じることを拒絶し、ヨルシャミは呆けたような声を出した。

 己の目で見たものを信じる性分ではあったが、それでも。


 そうしている間も体は無意識に動き、新たな影のロープを伸ばすが――空高くへと遠ざかるふたりに届きはしなかった。


「伊織! ヨルシャミ! ……ッこのバカを連れて絶対に帰る!」

「今は君たちの役目を果たせ!」


 ふたりの声が重なるように暴風の向こうから聞こえ、そしてあっという間に耳でも目でもバルドとオルバートを見つけることはできなくなった。

 あとに残ったのは吹き荒ぶ風に弄ばれた土煙だけだ。


「なん、という……ことを」


 よろめいたヨルシャミは下唇を噛むと小さく呟き、呼吸を整えて出来損ないの魔獣とヘドロたちを睨みつける。

 バルドが手を離したのはヨルシャミの負担を減らすためだ。

 このままだといつか致命傷を負うと理解していたのだろう。


 そんな選択をさせてしまったことを悔い、そしてそんな選択をしたことに怒りを感じながら、ヨルシャミは影のアンカーを地面に挿した。

 それも一本ではない。前へと進みながらである。

 自ら魔獣に接敵したヨルシャミは風の鎌を振り下ろした。


「あの大馬鹿者めが……! 私はそんなにヤワではないわ!!」


 そんな気遣いなどいらなかった、とヨルシャミは憤る。

 迷惑くらい存分にかければいいのだ。仲間なのだから。

 複雑な過去があるためオルバートは判断に迷うが、大切な者の家族である事実は揺るがない。ならば今のヨルシャミは大切にする。


 だからこそ、ふたりはあのまま堪えることに全身全霊をかけるべきだった。


 仲間の協力は歓迎だ。

 しかし仲間の自己犠牲など要らないと魔獣に見舞う一撃一撃に籠めていく。


 だが――これは本当に犠牲なのだろうか。


 そんな考えが脳裏を過ぎったところで、ヨルシャミはあることに気がついて冷静さを取り戻した。

 肩で息をしながら彼のほうを、伊織のほうを見る。


(そうだ、……ショックを受けぬはずがないではないか)


 伊織は空を見上げていた。

 しかしその表情は呆然としており、両手は地面に向かって垂れ下がっている。


 今にも空へ向かって飛び出しそうな危うさがあったが、伊織も馬鹿ではない。

 ここで魔力や時間をかけてバルドとオルバートを追えばそれだけ世界の穴を閉じるまでの時間が延び、被害が増える。

 わざわざ手を離したふたりの行動が意味を失うだろう。


 でもこんなのだめだ、と伊織は呟いた。


「リ、リーヴァが回復してたら、呼び出して助けに行ってもらえるかも。でもあれから時間が……、っそ、それなら誰かに協力してもらって、……っ」

「イオリ!」


 魔獣を切り裂きながら伊織に駆け寄ったヨルシャミは両肩を掴む。

 そのままぐいっと引き寄せて抱きすくめると、風の音で掻き消されないように耳元で言った。


「ふたりの行動を無下にしてはならない」

「けど、けれど父さんが」

「お前の父は死にはしない。地獄にも耐えるだろう。ここで手を止めることこそが一番やってはならぬことだ」


 世界の穴は閉じ続けなくてはならない。

 ヨルシャミの言葉を伊織も理解していたが、目に大粒の涙を溜めながら震えた声を絞り出す。


「でもここで全部閉じたら、父さんたちは穴の向こうに取り残されちゃうだろ!?」

「イオリ」

「僕の手でそれをやるなんて、……ッ」

「イオリよ、辛いことを任せてすまない」


 伊織の背中をヨルシャミが撫でた。

 戦場で感じることがあるとは思ったこともない優しい感触に伊織は息を詰まらせ、しかし嗚咽を漏らすことなく苦しい感情ごと嚥下すると頷く。


 ヨルシャミは腕を下ろして伊織の手を握った。


「……あやつらは最後に絶対に帰ると言っていた。しかし、我々を無能扱いしてもらっては困る。そうは思わないか」

「ヨル、シャミ……?」

「私たちで連れ戻す方法を考えよう。あやつらは私を救い、そして戦の後の目標まで残していったのだ」

「でも、僕は」


 そう呟くように言いかけた伊織は唇を動かしたが言葉にならず、一度だけ視線を落とすと次にヨルシャミを見た時には真っすぐ前を向いていた。


「手間取らせてごめん。――僕、やるよ」


 未だに濡れたままの金色の目を見つめ返し、笑みを浮かべたヨルシャミは足元へ迫っていたヘドロを影の針で貫くと体を離す。

 それと同時に連合軍側から大地を揺らす爆発音が響き渡った。


 魔獣の中に自爆じみた行動を起こす者がいたようだ。

 よく燃える油のようなものが四散し、そこかしこが火の海と化している。まるで地獄絵図でも見ているかのような光景だった。


 それは連合軍だけでなく、魔獣サイドにも少なからず犠牲を出している。

 ステラリカの切羽詰まった声が聞こえた。


「ヨルシャミさん、次の魔獣の波が来ます!」

「次から次へと……イオリ、防衛は任せよ!」


 世界の穴さえ閉じれば、この忌々しい強奪による起こる風もなくなる。

 伊織は頷くと再び金色の針と糸で穴を閉じ始めた。

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