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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第969話 僕はいらないけれど

 ヘドロのドラゴンは体じゅうに散っていた眼球をそれぞれ一対になるよう頭部に集めて固める。

 まるで生き物ならそうであるべきだとでも言うかのようだった。

 翼は持っているが飛行能力はないようだ。代わりに脚力に優れているのか、やぐらの上にも跳んで上がってきたらしい。


 ドラゴンなのは外見だけだ。

 ヘドロがより強い者になることを欲して形作ったのだろう。

 オルバートはそう察して目を狙って発砲したが、意味を持たないと思われた翼が翼にあるまじき動きをして銃弾を防ぐ。

 例えるならぐにゃりと曲がった飴細工が最適だろう。


 ドラゴンが突進の体勢を取った。

 オルバートは何度も弾を放つが、あそこまで完璧な防御を真正面から突破するのは不可能だった。

 巨体が間近まで迫ったところで伊織が苦悶の表情を浮かべながらヘドロのドラゴンに雷を放つ。そこで初めて魔獣は異臭を放った。


 しかし絶命はしておらず、全身を痙攣させながら起き上がる。

 伊織は二撃目を放とうとしたが、ここで一本の金色の針が掻き消えた。


「……!」


 伊織が焦った顔で空を見上げる。

 針はまるで最初からそこになかったかのように消え失せ、残滓さえ見えない。

 代わりにそこへ繋がっていた糸はひらひらと空を舞いながら端から順に消えかけていた。

 伊織は素早くその糸に結び玉を作る。

 ヘドロのドラゴンも諦めず、やぐらの床を蹴って前進し――そこへ伊織のサメの召喚獣がタックルした。


 オルバートは隻眼を瞬かせる。


「シェミリザへのリベンジより優先してくれたのか……」


 サメは牙を剥き出しにしてヘドロのドラゴンに噛みついた。

 だがドラゴンの形をしていても実際には数多のヘドロ魔獣が寄り固まったものである。噛みつかれたのは数体で、残りの魔獣たちが体を細長く引き伸ばしてサメの体を打ちつけた。

 先ほどオルバートに見舞ったものと同じだが、規模が違う。


 サメは噛みついた形のままずぶりとドラゴンの胴体にめり込み、呼吸が出来ないのかじたばたともがいた。

 炎の噴射で逃れようとするが、駆けつけた際に使用したためまだ十分な火力が出せない。これは相性の悪い敵だ、とオルバートにもわかった。


 サメは最後まで可能な限り噛みつこうと動いたが、すべてを噛み殺しきることは出来ず――途中でその姿が掻き消えた。

 伊織がリーヴァの時のように送還したのである。


「……伊織」


 オルバートは伊織の肩を支えた。

 そうしていないと今にも吸い上げられてしまいそうだった。

 消えた金色の針は再出力が間に合わないらしい。代わりに残りの二本の速度が上がっていた。


(相当無理をしている。けれど……)


 やめろなんて言えない。

 そうオルバートは口を引き結び、サメの作った隙を無駄にしないためにもヘドロのドラゴンに再び銃弾を浴びせた。


 そこへ遠方から飛んできた銃弾がドラゴンの目を撃ち抜く。――セトラスの援護射撃である。

 見れば引き撃ちしながらこちらを見遣るセトラスの姿が目に入った。

 さすがだがドラゴンは寄り集まった数だけコアがある。一撃では足りない。オルバートは伊織に近づけまいと撃ち続ける。


 ドラゴンはコアを撃ち抜かれて死んだ個体の担当部位から腐り落ちるようにして欠損していった。

 翼での防御も徐々に間に合わなくなり、翼自体が背中から滑って落ちる。

 そこかしこが壊れた体を引き摺りながら、それでもドラゴンは世界の穴の脅威である伊織たちを潰さんと床を蹴ろうとして、そして気づいた。


 知性があっても混乱していたのだろう。

 やっと冷静になって効率のいい考え方ができるようになった。


 そう察させる動きでヘドロのドラゴンは首をしならせると、それを鞭代わりに自身の足元を強く打ちつけた。

 オルバートはハッとして頭を追うように発砲したものの、凄まじい早さ故に狙いが定まらない。


 魔獣も周りは見えていないだろう。

 しかしこのやぐらを壊してしまえば良い方向へ戦況が傾く。運が良ければ伊織が死ぬ。すでに上に乗った状態でやぐらを壊すのに狙いを定める必要はない。

 ステラリカにより凄まじい強度を持ったやぐらだが、真上から連打される重い攻撃に次第にヒビが入り、そのヒビが新たな亀裂を生む。


「っこの……やめろ!」


 オルバートは姿勢を崩しやぐらから落ちることを狙ってドラゴンの足を撃ち抜いたが、やはり決め手にはならなかった。

 大きな亀裂が走る音が耳に届く。


(伊織……)


 守って支えると決めたというのに、銃しか持たない自分の無力さにオルバートは眉根を寄せた。

 今までは自分が無事ならそれでよかったのだ。

 そして不老不死という特性により、特に努力することなくそれは達成できた。


 オルバートさえ生きていればナレッジメカニクスはいつでも復活できる。

 手足になる人物はいた方がいいが、必死になって守るほどでもない。

 そんな日々を過ごしてきたツケなのだろう。


(あいつは……バルドは藤石織人なりに戦うすべを身につけたっていうのに)


 そうオルバートは自責を重ねながら、しかし撃つ手は止めなかった。


     ***


 やぐらの異変は連合軍からも見えていた。

 しかし駆けつけようにもシェミリザの影の針と蛇たちが縦横無尽に飛んでくる戦場ではなかなかチャンスがない。

 拘束しようと飛び掛かる影の蛇を斬り伏せ、バルドはやぐらへと駆けつけるすべを模索していた。


「あいつだけであんなの防げるかよ……!」


 オルバートが伊織のもとへ向かったことは知っている。

 なにせバルドの真上をリオニャに放り投げられたオルバートが飛んでいったのだ。

 とんでもなくシュールな光景を見てしまった気分だったが、すぐ駆けつけられるなら自分もそうしたい。

 そう思ったバルドは周囲を見回したが、リオニャと静夏はシェミリザの相手に集中している。


(ベンジャミルタは……さっき仲間を助けるのに転移魔法を使ってたな。ってことはまだインターバルがある)


 転移魔石の魔力は――恐らく今なら余力があるだろう。

 伊織が魔力をテイムするまでオルバートたちは適時転移魔石で飛び回りながらシェミリザの相手をしていた。サルサムも同じく、である。

 しかしそれ故に後半は魔力が尽きてしまい、自力で補充できるニルヴァーレ以外は使用不可になっていたのだ。


 テイムにより各人の魔力が回復して強化された後も、しばらくは転移魔石の魔力を満たす機会がなかった。

 手に持ってすぐに補充完了というわけにはいかないからだ。

 つまり補充中は大きな隙を見せることになる。

 タイミング的に恐らくオルバートは転移魔石の魔力補充をできていない。


 それでもいち早く伊織のもとへ駆けつけようと強硬手段に出たわけだ。


(自分勝手な、……いや、伊織の針が一本消えたってことは相当追い詰められてるはずだ。誰かが傍に駆けつけることには意味があった)


 そしてその『誰か』は可能な限り戦力にならない者がいい。大きな戦力はシェミリザに集中すべきだからだ。だからこその選抜だろう。

 しかし、ヘドロの出現によりそうも言っていられなくなったわけだ。


 バルドは居ても立ってもいられなくなり、ニルヴァーレを探して視線を巡らせる。

 今のニルヴァーレはやたら目立つためすぐに見つかったが、しかし遠い。

 そう思っているとステラリカのもとへ走り寄るヨルシャミの姿が見えた。


「ヨルシャミ!」

「バルドか。見えるだろう、イオリの元に厄介な奴が現れた」


 そこでやぐらの修繕が必要ならステラリカの力が必要になる、と迎えにきたところだとヨルシャミは説明した。


「ただ間に合うかわからん。向かうなら今すぐだ、――お前も来るか?」


 ヨルシャミは真っすぐバルドを見て問う。

 強化され魔力も回復した連合軍は攻勢に転じていたが、失った血は戻らない。

 全員が全員最盛の動きをできるわけではなく、怪我人も変わらず出ていた。シェミリザも捨て身なのだ。


 つまり、この場から離脱することは痛手になる。

 ヨルシャミはそのリスクを覚悟の上でやぐらへ向かうことにした様子だったが、バルドは前線で戦う静夏たちを見ると答えに窮した。


(ヨルシャミたちが向かうなら、僕はいらない)


 しかし本心では息子のもとへ駆けつけたい。


 それ故の逡巡だった。

 そんなバルドの肩を何者かが通り過ぎざまにバシンッと叩く。

 よろけながらバルドが視線を向けると、そこにいたのはシェミリザのもとへ走っていくサルサムだった。

 特に言葉という言葉はない。責めることも激励することも今はなかった。


 しかし、ああ、これは悩んでる暇があるなら動けって言ってるんだな、とバルドは理解する。


「はは、何に悩んでるかわかってないくせに。……よし、俺も同行させてくれ、ヨルシャミ」


 オルバートのいる場所へ自ら出向くのは危険だろう。

 しかし自分の片割れだけが伊織のもとにいるのはどうにも許せない。

 今なおバルドはオルバートのことが、自分のことが嫌いだった。その気持ちを起爆剤に換えてヨルシャミに手を伸ばす。


 ヨルシャミはこくりと頷くとその手を握り、ステラリカとバルドを連れて風の補助を付けてその場から走り出した。

 南ドライアドが得意とする移動方法だ。多人数の移動且つ攻撃より移動を優先するなら闇のローブよりこちらの方が適している。

 なびく髪をそのままにバルドは前方を見つめた。


 やぐらに大きなヒビが走っている。

 その真上で、ヘドロで出来たドラゴンがまるで倒れ込むような一撃を振り下ろしていた。

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