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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第968話 今度こそ君の支えになるよ

 オルバートは上空へ巻き上げられる白衣の裾を見上げる。

 風の強さ自体は台風の最中に外で立っていれば疑似体験をできるだろうか。

 しかし真上へと吸い上げられる感覚は慣れないもので、それ故に体の反応が遅れてしまう。


「――重石代わりにね、戦線離脱した兵士の置き土産をリュックに入れてきたんだ」


 激しい戦闘で砕けた鎧や剣の破片だ。

 それでも真っ直ぐ立っているのに相当の力が要る。オルバートはゆっくりと歩みを進めて伊織へと近づいた。


「その状態でリオニャに投げてもらった。うん、凄い体験だったな。無事に狙い通り着地できて良かったよ」


 リオニャはオルバートの提案に面食らっていたものの、快く了解した。

 ちょうど静夏がシェミリザの相手をしていた時だ。


 狙いを定めている間に魔獣のヘドロが湧き、吸い上げられる力も加味して投げる必要が出たが、リオニャは少しも狙いを外さずにオルバートをやぐらへと投げ入れた。

 オルバートは万一外れてもそこからは自力で移動すると事前に伝えていたが、杞憂に終わったわけである。

 そうしてやっとのことで辿り着いたオルバートは、伊織の体を後ろから支えると両方の肩に手を置いた。


「こんな場所でひとりで戦っていたんだね、伊織」

「……」

「様子がおかしいとヨルシャミが心配していたよ、――もしかして言葉を発する余裕もないのかい?」


 気を抜けば浮きそうになる伊織の体を押し返し、オルバートは肩に置いた手に少しばかり力を込める。

 沈黙は肯定のようだった。ひとつ頷いたオルバートは伊織に笑みを向ける。


「なら風に抗うのも大変だろう。……僕が支えるよ、安心して仕事を続けてくれ」


 こうして押さえておくから心配はいらない、とオルバートは言った。

 そしていつかの織人のように、そしてバルドのように言い重ねる。


「大丈夫、大丈夫だ」

「……」

「――伊織が辛い時に傍にいてあげられなかった。それを挽回したところで今更だと何度も思ったんだ。けれど、そんなことで迷ってる場合じゃない」


 ヘドロ状の魔獣が再び湧き出るのが見えた。

 ごうごうと風の音が周囲を取り囲んでいる。

 世界の穴は酸素すら略奪しているのか呼吸が自然と浅く早くなり、まるで標高の高い山の上にいるかのようだった。


 パニックになればそれだけ不利になる。

 オルバートは落ち着いた声音で伊織に語り続けた。


「この選択で君に嫌われたとしても、怒らせたとしても、それを受け止めた上で僕は今度こそ君の支えになるよ」


 前世の世界で伊織を支えていられたのは短い期間だった。

 これからもっと沢山の試練が控えているであろう我が子を置いていったことをオルバートは、藤石織人は悔いていた。


 ここでこの子を支えられるなら、なんでもしよう。

 そう心に決め、オルバートは腰のベルトからナイフを二本取り出した。

 バルドのように武器として刃物を扱う技術はオルバートにはない。

 生き物を生きたまま解剖する使い方は出来ても戦闘に活かすとなると話は別だ。念のため何本か持ってきていたが、案の定戦闘で日の目を見ることはなかった。


(でもこういう使い方なら技術はいらないな。持ってきて正解だった)


 オルバートは自らナイフを両足の甲に突き刺す。


 ナレッジメカニクス製の超硬質なナイフはステラリカの作ったやぐらに軽々と突き刺さる。

 やぐらの強度はセラームルでの準備中に何度かデータを取っていた。

 この程度でヒビが広がり破壊されることはないだろう。オルバートはそう計算の上で両足を固定し、伊織の背を抱く。

 後ろから粘着質な音がした。


「伊織」


 生まれ出た後、やぐらの傍に落ちてきたヘドロ状の魔獣の一部だ。

 オルバートはその音を伊織に聞かせないように語り続ける。


「君にしてあげたかったことが沢山あったんだ。そのひとつをここで果たそうとする愚かな父親を……今だけでいい、許しておくれ」


 魔獣がヘドロ状の体をしならせてオルバートの背中に叩きつけた。背骨に異様な衝撃が走る。

 痛みは未だに新鮮だが、もうそんなものにはとうの昔に慣れてしまった。

 オルバートはそう苦笑しながら魔獣の立てる音に耳を澄ませる。


 拳銃で狙うにはまだ遠い。

 真正面から狙うのではなくこの体勢を維持しなくてはならないのだ、風の抵抗も考えれば相当引きつけなくては弾など当たらないだろう。

 再び衝撃が体を貫いた。


「……さあ伊織、頑張ろう。静夏もヨルシャミたちもみんな無事だ、これが終わったら沢山労ってもらうんだよ」

「……」

「心配はいらない。ゆっくり進めよう」


 伊織を落ち着かせるようにオルバートはぽんぽんと撫でる。

 そしてふと自分の目線よりも高い位置に伊織の頭があるなと視線を上げた。

 元からわかっていた身長差だ。洗脳し連れ去った頃は微々たる差だったが、今に至るまでの間に伊織は成長したのだから。

 肉体年齢を考えれば平均身長より大分低いが、それでも既にオルバートの背丈を追い越している。


(大きくなったね、伊織)


 この成長を前世で目にできたらどれだけ良かっただろう。

 辛い思いをず、健やかに育った息子の成長を喜べたらどれだけよかっただろう。

 しかしオルバートは今の伊織を目にできたことを誇らしく思っていた。

 理想像でなくとも他でもない伊織が歩んできた道と、その結果なのだ。


 背中側の肩から脇腹に走る鋭い痛みと共に鮮血が口から溢れ出た。

 そろそろ風の唸り声で誤魔化すのも限界だろう。

 身を挺して守ることで伊織は動揺してしまうかもしれない。オルバートは片手を下ろすと銃をしっかりと握り込む。


 魔獣は遠距離でも十分攻撃のできる個体だったが、オルバートが反撃してこないことに気がついたのか着実に距離を詰めていた。

 ヘドロ状の体のため移動速度は遅いが――もう十分な距離である。


 オルバートは自分の脇腹越しに発砲し魔獣の目を見開く撃ち抜いた。

 コアではないのか魔獣は苦しむ仕草を見せただけだ。加えて幸いにも発声器官を持っていないのか水の中で空気を潰したような音が叫び声代わりらしい。

 オルバートは二発、三発と魔獣に弾を撃ち込んでいく。


「――ああ、やぐらの外に魔獣が近づいていたんだ。けど弱い奴だ、もう終わったよ。気にしなくていい」


 魔獣が沈黙したのを確認し、オルバートは伊織にそう言い聞かせた。

 そのままそっと天を確認する。世界の穴はもうほとんど閉じていたが、やぐらとの距離を考えると凡そ五十メートルほどの大きさはあるだろう。

 オルバートは金の糸の動きを目で追う。


(針が三本ある今のこの速度だと五分から十分ほどは必要か……でもあと少しだ、シェミリザさえ足止めしていれば、……)


 最大の脅威はシェミリザである。

 連合軍だけでなく侵略側もそう認識していた。


 しかしあくまであの時点では、だ。

 出来損ないの魔獣はオルバートに牙を剥けても連合軍には瞬殺されてしまう。

 だがヘドロ状だからこそ自由に変質する体と、そしてなにより――個々に知性が宿っていたことが災いした。

 オルバートは先ほどの魔獣を思い返す。明らかに意思があった。

 つまり不完全でも彼らは考え、工夫して動けるのだ。


 あのような状態で知性があるというのは生き地獄だろう。

 だからこそ生き残るために様々な可能性に縋って試そうとする。


 その結果生み出されたのが――数多の出来損ないが手を組み、ひとつの体を作り出した、ヘドロのドラゴンだった。


 全長は五メートル程度。

 動きが鈍いヘドロたちが筋肉ひとつひとつの役割りを分担することで先ほどまでより明らかに素早く動いている。

 まるで筋肉を活かす聖女マッシヴ様、そして合体し巨体となったウサウミウシの意趣返しのような生き物だ。


 それがオルバートと伊織の真横で、ヘドロをぼたぼたと垂らしながらふたりを睨みつけていた。

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