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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第966話 マッシヴ様の言う通り

 ――僕の仲間の力になってあげて。


 伊織が魔力たちに託したのはそんな願いだった。

 常に意識を集中している必要があるため、今の伊織に余裕はほとんどない。仲間の声に応えることも、応援することもできない。

 それでも戦っている仲間を支えたくて、隙を見つけては雷で援護する。

 魔力の存在に目を向けたのはそんな時だ。


 魔力を見ることが出来るようになってしばらく経つ。

 ナレーフカに教えてもらうことで身に着けた大切な技術だ。

 普段は意識して見なければ魔力は透明も同然だったが、今は凄まじい集中力を発揮している影響か意図していなくても視界いっぱいに魔力、オーラ、人々の魂が見て取れた。


 魔力たちは普段よりも慌ただしい動きをしている。

 きっと強力な魔法が沢山使われているからだ、と伊織はなんとなく察した。


 焦って、慌てて、右往左往しているなんて――人間みたいだ。

 そう感じた時にヨルシャミが常々口にしていた持論を思い出す。

 魔力は生き物であり寄生生物であるという言葉だ。伊織はそれを疑ったことはないが、今までで一番の実感を伴って信じることができた。


 魔力はこの世界の生き物の中に入り込むか、沢山の仲間を固めて結晶化しない限り、空気中に漂っているとそのうち消えてしまう。

 そう、消えるのだ。

 土に還るわけではない。

 この世界に還元はされない。

 まるで魔獣みたいだ、と伊織は思う。


(もしかして魔力も魔獣と同じで、他の世界からの侵略者なんだろうか。……いや)


 共存しようとしている様子は侵略者とは異なる。

 どちらかといえば召喚獣や、救世主として連れてこられた転移者や転生者に近い。


 今なお召喚され続けているのか、目には見えないが世界の穴とは異なる有益な穴があるのか、それとも初めに一回召喚された魔力がヒトには想像できないような繁殖を繰り返しているのかはわからないが、伊織は魔力たちを敵だとは感じられなかった。


 そんなことを考えていると――ほんの一瞬だけ集中が途切れ、形容し難い痛みが走って歯を噛みしめる。

 吸い上げられないように作り出したロープも薄くなり揺らぐ。

 それを補強し、しかし思考を打ち切る前に伊織は腕を前に伸ばした。


 もし魔力が召喚された生き物なら試すべきことがある。


(テイムできたら――きっと、みんなの力になってもらえる)


 魔力に敵や味方の概念はない。

 そこへ指向性を与えられるかもしれないのだ。

 伊織のテイムには対象を撫でるという動作が必要になる。今までたまたま魔力を撫でてテイムしていました、ということがなかったところを見るに、対象をよく見て認識した上で撫でなくてはならないのだろう。

 ウサウミウシの時は無意識だったが、それでも目の前の生き物をよく見た上で伊織の意思で頭を撫でたのだ。


 魔力の頭とはどこか?


(きっと頭が最良だけど、僕がそう思って撫でれば大丈夫だ。ヨルシャミの召喚した虫もそれに近かったし)


 テイムしたい魔力をひとつひとつ撫でる必要があるのではないか?


(魔力は生き物だけど僕たちみたいにはっきりと自他の境界があるわけじゃなさそうだ。でなきゃ他の魔力と混ざり合って、魔法っていう現象に姿を変えることなんて出来ない)


 だからひとつテイムしただけでもある程度の魔力は道連れでテイムできるはず。

 伊織は浮かんできた疑問に仮説を立てながら、それらを検証して証明するために手を動かした。


 ――上手く撫でられない。魔力に撫でられようという気がないかのようだ。

 否、きっと今までそんなことをする者などいなかったのだろう。

 呪われた魔力をヨルシャミとナスカテスラが捕らえた時も逃げ回っているようだった。魔力は生き物として、そして個として見られて干渉されそうになると戸惑うのかもしれない。


(どかにかして落ち着かせないと、……っ)


 痛みに顔を歪めつつ、伊織は魔力を安定させる方法を考えた。

 テイムしようとしている魔力ではない。伊織自身の魔力だ。


 一度伊織に染まった魔力は伊織特有のものになる。

 他の生き物に魔力譲渡できない理由のひとつだ。それでも安定した魔力を間近で感じさせれば数秒程度は落ち着くかもしれない。そう考えてのことだった。

 加えて、魔力が安定すれば出力したものの維持も楽になり、結果的にテイムに集中できる。


 伊織は肩の刺青を意識しながら再びテイムを試した。

 シェミリザが入れてくれた魔力安定用の刺青である。


 しかし二回失敗が重なった。

 刺青を入れた際の思い出で心が乱れたのかもしれない。


 もっと信頼できて、大切で大事で、忘れることなどできず、細部にわたって思い出せる――そんな魔力を安定させるものはないか。

 そう乱れた思考の中で考え、伊織は無意識に糸に玉を作って穴を閉じる作業を中断する。


(――ヨルシャミ、借りるよ)


 伊織が最も信頼し、大切で大事で、封じられても思い出し、昨日のことのように思い返せるもの。

 それはヨルシャミ自身と、そして彼が初めて出会った時に手にしていた杖だった。

 大仰な名前の付いた杖だ。

 じつにヨルシャミらしい。


 伊織はその杖の長さ、質感、形、石の色や光沢を出力式魔法で再現していく。

 魔力安定の性質まで再現できるかはわからなかったが、今はプラシーボ効果でも絶大な影響があると伊織にはわかっていた。伊織の魔法とはそういうものだ。


 そして丁寧に作り上げた杖を握り、深く息を吸った伊織は再び魔力に手を伸ばす。

 結果、伊織は限られた範囲ながら魔力のテイムに成功し――それは人々に福音をもたらした。


 仲間の強化と回復を見届けた伊織は再び世界の穴を閉じる作業に戻る。

 偉業を成し遂げたというのに喜ぶ暇も喜ぶ暇もありはしない。

 しかし断続的に襲ってくる痛みは『上手くできていないのではないか』『どこか失敗しているのではないか』という不安を生み、その不安は伊織の想像をかき乱す。

 心折れそうになったことは一度や二度ではない。


 希望を妄信できない。


 そんな恐ろしさが常に付きまとっていた。

 だが助けは求められないのだ。


(……前世でひとりで家の静けさに耐えてた時みたいだな)


 助けを求めたくても誰かに叱られると思い動けなかった。

 自分だけでなんとかなることなのだから、助けを求めるのは贅沢だと思っていた。

 静けさも工夫すれば耐えられる。耐えられるのに誰かの援助を欲するのは罪だと感じた。

 助けてほしいのに助けてと言えない。


 ――しかし今はひとりぼっちで耐えているわけではない。

 だから大丈夫、と伊織は心を奮い立たせる。それでも足が震えそうになった時、遠くから風に乗って声が聞こえた。


(ニルヴァーレさん? それに……ヨルシャミもいる)


 彼らがシェミリザの攻撃から逃れつつ、空高くから仲間たちに向かって声を張り上げている。

 その言葉は伊織の耳にも届いた。


「聞こえたか、愛すべき仲間たち!!」


 ニルヴァーレの言葉はそんな一言から始まっていた。


「この福音は力強く美しいイオリの想いだ。彼が皆のために紡いだものだ!」

「そう、皆も己の体で感じただろう! ――私はイオリの声を聞けぬと心が塞いでいた。しかしこれこそが声だ。イオリの鼓舞する声なのだ。つまり」

「自分は世界の穴なんかに負けない、皆も負けるなって僕らのマッシヴ様が言ってるのさ!」


 伊織は目を見開く。

 仲間の声に応えることも、応援することもできなかった。

 それでも戦っている仲間を支えたかった。

 しかしそんな仲間たちに伊織の声として伝わったのだ。


 誰かを助けることは、己を助けることにもなる。


 伊織はまるで手を差し伸べられたような気持ちになりながら両足でしっかりとやぐらの上に立ち、糸をぴんと張るように引く。

 世界の穴からはどろどろになった魔獣が血のように漏れ出ていたが関係はない。

 ニルヴァーレとヨルシャミたちの言葉に湧く人々の声を全身で受け止めながら針を進めていく。


 みんなの満ち満ちた力こそ伊織の声であり言葉である。

 世界の穴に故郷を侵されようが、強大な力に圧されようが、最悪な未来が待っていようが。

 今を生きて共に戦い世界を守ろうと。

 負けるなと、そう言っているのだ。


 そうだ、と誰かが言った。

 重なり合った声が伊織の背を支える。


「――マッシヴ様の言う通りだ!」

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