第95話 応急処置
「それにしても凄い爆発だったな、あの部屋なんてドアが吹っ飛んでるぞ」
煙が晴れると壁の一部と近くにあったドアが丸々なくなっているのが見えた。
部屋は資料室でも実験室でもなかったが、広くて立派なところを見るに施設の中で一番偉い地位の人間が使用している部屋かもしれない。
「ここは施錠されてたのかな……」
「なら爆発さまさまだな。なにか貴重品とかあるかも、覗いてみ――」
るか、と続くはずの言葉を発さず、バルドは伊織を見て静止した。
なんだろう? とバルドの視線を追い、自分の肩口を見た伊織はぎょっとする。リータも同じものを見たのか短く声を漏らした。
そう、球体のビームは無機物は透過する。
伊織の衣服に傷はなかったが、掠った皮膚からじわじわと出血したのか服が赤く染まっていた。
伊織はひりついた痛みはあるものの状況が状況だったため完全に意識外に置いていたが、改めて目で確認した瞬間に痛みが強くなってしまい慌てた。
傷を手当てした経験はある。
しかし自身のものとなると、この位置の止血はどうすればいいのか咄嗟に思い浮かばない。思いつきで服ごと押さえてみたが痛いだけで効果は薄かった。
――その前に仲間を安心させるべきじゃないか?
そう思い至った伊織はアタフタしながら口を開く。
「え、ええと、そんな深手じゃないから大丈夫だよ」
「……おいおいおい、どこがだよ。そういう傷の止血は早めにしろって……!」
バルドは自前の荷物から包帯と布を何枚か取り出し、問答無用で伊織の上着を引ん剝いた。リータがまた違った声を漏らして顔を覆う。
そのまま露わになった肩に布を強く押し付けて止血し、新たな布を当てて包帯で固定した。
こういった物を持っているのと手慣れているのはバルド自身がよく怪我をするからか、もしくはサルサムのためだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら伊織は大人しく手当てを受けた。
だが未だに誰かの手を煩わせることに慣れていない伊織はついつい目を泳がせてしまう。
そこへサルサムが声をかけた。
「すまない、俺を庇った時のか……」
「えっ、あ、気にしないでください。というかお時間取らせてすみません……!」
なぜか苦虫を噛み潰したような表情をしているサルサムに伊織は頭を下げる。
静夏と命を粗末にする救い方はしないと約束したのだ。
だからこそサルサムを庇った時も死ぬつもりなど毛頭なかった。一緒に回避できると思ったのだが、考えが甘かったということだ。
情けない気分になっているとバルドが「これでよし」と手当てを終えて伊織に上着を返した。
「応急処置だから後でちゃんと処置しろよ。傷の大部分は焼けてたから出血は意外と酷くなかったけど火傷だからな、それ。本当は冷やしたいんだが今はここまでだ」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
今まで流れで気安い口調のままだったものの、途端にバルドが頼れる大人に見えてしまい伊織は口調を改めた。
それを聞いたバルドは「そりゃ今更だろ」と大笑いする。
「話しやすい方で話せ、俺は年上を敬えとか面倒くせーことは言わねぇからさ」
「……! えっと……うん、ありがとうバルド」
話し方を改めて戻すのは妙に照れくさかったが、バルド相手ならこちらのほうがいい。そんな気がして伊織は微笑む。
そこでリータが心配そうな表情をしていることに気づいた。
「イオリさん、もしここで水や氷を見つけたら冷やしましょうね」
「氷……」
リータの言葉にそういえば、と伊織は思い出す。
――ブルーバレルの店長に仕入れてもらったもの。
あれを取り出すタイミングを窺っていたものの、施設が近づくにつれ雰囲気が緊迫してきたため、結局まだ披露できていなかった。
数日経っているが店長がオマケしてくれた魔法の氷の効果で日持ちするはずだ。
魔法の氷は通称で、実際には氷の魔石に属するものらしい。
それは店の厨房や保存庫でも使用されており、冷やすことで鮮度を保つことのできる代物だった。その効果は伊織が厨房に直接関わっていなくても耳にしている。
無事に目的を達したら、その時はバルドやサルサムも含めて集まった場で振る舞うのがいいかもしれない。
それを楽しみに頑張ろうと思いながら、伊織はリータに頷いた。
「……っと、あれ?」
壁に開いた穴から風が吹き込み、筒抜けになった例の部屋に散らばっていた紙が数枚舞い上がる。
その一枚が伊織の足元に落ちた。
紙を拾い上げたサルサムは片眉を上げる。
「指令書みたいなものだな。ここの奴らも俺たちみたいな下請けを雇っていたらしい。ニルヴァーレといいどこもかしこも人手不足か」
「指令書……それって最近のものですか?」
サルサムは日付を確認して「そうだ」と頷いた。
なんでもこの指令書はコピーされて数人の下請けに配布されているらしい。
書面には魔石集めの依頼と、その行き先が書いてあった。
ニルヴァーレは独自にサルサムたちを雇って魔石を集めていたが、それはそれとしてナレッジメカニクスという組織自体でも魔石集めに人を使っていたようだ。
きっと延命処置をされた人間はニルヴァーレだけではないのだろう。
サルサムから指令書を受け取った伊織は目を瞬かせる。
「あ、れ……ここって」
「なにか有用な情報でもあったか?」
サルサムに問われながら、伊織は紙の上の文字をもう一度読み返す。
そこにあった地名はボシノト山。
ロストーネッドの双子が語っていた、紫色の炎を持つ不死鳥の住む山だった。





