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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第961話 ナスカテスラの回顧

 ナスカテスラが故郷のラタナアラートから旅立つことに決めたのは、彼が250歳の頃だった。


 元より里のどのベルクエルフよりも好奇心と行動力があり、なにかと理由をつけて里外へ出て行くことが多かった両親からの連絡がふっつり途絶えたのである。

 ナスカテスラとしては心配はしたものの、両親を探しに行こうと思って旅立つ決意を固めたわけではない。


 蛙の子は蛙、ナスカテスラもまた両親と同じく好奇心と行動力の塊だったわけだ。


 ただし他のベルクエルフはそうではない。

 閉鎖的な文化を持ち、故郷と同胞以外を排斥したがる性質の強い里のベルクエルフたちを納得させるため、初めは『消えた両親を探しに行く』という大義名分を振り翳すことにした。

 そうして反発はあったものの、幸いにも邪魔をされることなく旅立つことができたのである。


 両親は自由に生きた。

 なら自分も自由に生きよう。


 そんな信条を掲げてナスカテスラは長い間、様々な土地を旅した。

 面白くも楽しい日々だったが、もちろん碌でもないことも沢山、それこそ山のようにあったとナスカテスラは記憶している。

 思い出すだけで反吐が出る経験もあった。


 そして旅をしている間に両親に会うことはなく、古い軌跡を見つけることはあったものの――今現在のふたりに繋がるヒントは終ぞ手に入らなかった。

 そうこうしている間になんと旅先でエトナリカと再会し、姉も後から里を出たと知ったのである。


 エトナリカも『帰ってこない弟を探してくる』という大義名分を振り翳したそうで、それはもうじつに姉弟だった。

 それからしばらくは姉弟で旅をし、ハルバード片手に暴れ馬の如き大立ち回りをする魔導師という悪夢のような二人組として一部で名を馳せることとなる。

 この時期がいわゆる『ヤンチャしていた頃』だ。


(この頃も碌でもないことが多かったなぁ、クジラ魔獣に食われたり子供の詐欺師に騙されたりハニートラップにかかってないのにかかった扱いされたり……)


 ナスカテスラは苦笑する。

 こういった思い出は両手両足の指の数では足りない。

 そんな碌でもない記憶の代表――なにも知らない村人を生贄に捧げて魔獣の加護を得ようとした愚かな人間が魔獣に食い殺されるという事件。


 その最中にエトナリカがとある男性と出会い、そして旅の同行者となった。

 かと思えばトントン拍子で交際から結婚へと発展した。


 あまりにもテンポが良かったため、ナスカテスラに知らされた時には「先週付き合うことになったんだけどアタシ妊娠してるみたいでさ、このまま結婚するよ」という有り様であった。

 ラタナアラートの古い世代が聞けばひっくり返っただろう。

 ナスカテスラですら脱力しかけて根掘り葉掘り聞きそうになったくらいだ。


 それをきっかけにエトナリカは旦那を伴ってラタナアラートへと帰り、ナスカテスラは一人旅を続けることと相成った。


 そんな一通りの旅の間にネロの先祖であるネランゼリと知り合い、ベレリヤの王族の友人を持ち、ヨルシャミの噂話を耳にし、ステラリカが生まれてからは時折故郷に顔を出すようになり、ある時ラキノヴァを救った縁から宮廷治療師として籍を置くこととなったのである。


 初めて里に帰った際はそれはもう小賢しいと言えるような嫌がらせを受けた。

 これも碌でもない思い出といえばそうだろう。


 両親を探しに行くと言って実際にはどう見ても自分の欲を満たしていたから、というのが嫌がらせの理由だったが――その頃にはナスカテスラも若人ではなく、様々な経験と学習により図太く成長していた。

 しかも里にこもっていたベルクエルフたちより恐ろしく高位の魔導師として成長しており、真正面からのゴリ押しで里の古い世代を黙らせた過去がある。


 どうやらエトナリカも初めに帰った時は同じことをしたようで、やはりそれはもうじつに姉弟だった。

 ナスカテスラはそんなことを思い返しながら身じろぎする。


(……うん? そういや何故こんなことを呑気に思い返してるんだ?)


 ふと疑問が湧いた。

 疑問が湧けばあとはあっという間で、ナスカテスラは無理やり愚鈍な思考を活性化させる。


(まさかこれが走馬灯ってやつか? いや、死の瞬間に直面しているって感じじゃないぞ。……少なくとも今は)


 真っ暗闇で呼吸も安定していた。

 そう把握したところで暗いのは目を閉じているから、という至極当たり前な答えに辿り着いて目を開く。


 すると驚くほどぼやけているが、真上にエトナリカの顔が見えた。

 こちらを向いておらず四方へ指示を飛ばしつつ回復魔法を放っている。

 なんで一ヵ所に留まってそんな非効率的なことをしているんだ、と思ったところでナスカテスラは自分が姉に膝枕をされていることに気がついて眉根を寄せた。


「ろくでもないことがふえた……」

「おや、起きたのかい。よく寝てたねナスカ!」


 口の端に笑みをのせたエトナリカは壊れたメガネをひょいと持ち上げる。

 それはレンズもフレームもぼろぼろになっており、ナスカテスラが受けた衝撃の大きさを物語っていた。


「アンタは救えたけどこっちはダメだったよ」

「ひどいありさまだね」

「だろ? でも心臓の止まってる奴が優先さ、いや~疲れた疲れた!」


 ナスカテスラは眉間を押さえる。

 ようやく少しばかり記憶がはっきりした。


 端的に言うと連合軍の兵士に重傷者が大量に出た際、そちらに気を取られてシェミリザの特大の一撃をまともに受けてしまったのである。


 ナスカテスラが覚えているのはそこまでだが、エトナリカ曰く受け身も取れないまま転がった先で魔獣にも襲われたらしい。

 そんな目に遭うような戦場だから碌でもないことを中心に思い出したんだな、とナスカテスラはげんなりする。

 良い記憶もあったが合間に挟まる嫌な記憶のクオリティがやたらと高かったのだ。


 そこへエトナリカが話しかける。


「で、その後に頑張って救出して必死に回復させたってわけ。ステラリカに泣かれるのは嫌だからね」


 エトナリカはそう言いつつも安堵した笑みを向けた。

 ナスカテスラは緩い既視感を感じながらそれを見上げる。

 ぼやけた視界でも姉の表情はよくわかった。正確には予想がついた、だが。


(たしか昔……子供の頃にも同じようなことがあったな)


 ツリーハウスから落下したナスカテスラをエトナリカが救ったことがある。

 あの時もエトナリカは目覚めたナスカテスラを軽い調子でたしなめつつ、安堵した顔をしていた。

 ナスカテスラは重い上半身を起こしながら笑う。


「……思い出すのは碌でもない記憶だけじゃないみたいだね!」

「? よくわからないけど元気になったんならさっさと戦線復帰しな。ただし血が足りないだろうからサポート中心に切り替えるんだよ」


 エトナリカは立ち上がると再び水のハルバードを作り出し、凶悪にも見える笑みを浮かべてシェミリザと魔獣たちを睨んだ。その頬に切り傷がある。

 ナスカテスラはよろよろと立ち上がるとエトナリカに回復魔法をかけた。


「俺様の分も暴れてきておくれよ、姉さん!」

「あはは! 言われなくても暴れるつもりだったから――」


 飛び掛かってきた魔獣の首をハルバードが凄まじい音と共に切り飛ばす。

 エトナリカは歯を覗かせて笑うと、血振りする間もなくハルバードを構え直して言った。


「――その二倍は暴れないとね!」

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