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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第959話 そんなはずないわ

 何事もなかったかのように藤石伊織が立っている。

 その光景を目に映す者の中で、最も信じられないという顔をしていたのはシェミリザだった。

 自ら狙い、弾丸を放ち、手応えを感じたからこそ信じることができなかったのだ。


 しかし伊織は立ち上がるなり雷鳴と共に周辺の魔獣を制圧すると、一言も発さずに再び世界の穴を閉じ始めた。

 シェミリザは呆然と呟く。


『なぜ生きているの? 直撃だったはずよ、回復魔法を使った形跡もない。……不老不死でない限りどうにもならないわ』


 しかし伊織の授かった力は不老不死ではない。

 オルバートやバルドからその力を譲渡されたなどということもないだろう。

 転生者の得た力は個人由来のものであり、伝授や移植はできないとナレッジメカニクスで行なった研究結果に出ている。

 不老不死という特性を移せれば目標達成の糧になるとシェミリザ個人でも何度も実験したのだから確かだ。


 しかし現に伊織は立っている。

 ありえないと思っていたことが現実に起こっているのだ。

 その姿を見てシェミリザは初めて思った。


 もしかしたら。

 もしかしたら彼なら、本当に未来を変えられるのではないか。


『――そんなはずないわ』


 自分の感情を捻じ伏せたシェミリザはリオニャの拳を受け止めながら低く唸る。

 ここで信じても失態を犯し手痛いしっぺ返しを食うのだ。

 それをシェミリザは痛いほどよく知っていた。何度も繰り返してきたからこそ魂に刻まれている。あんな思いは二度としたくなかった。


 シェミリザが紫の炎を増幅させ、伊織に向かって飛ばそうとした時――突然、人の気配がぞわりと増えた。


「……! 皆さん!」


 リオニャの歓喜の声が響く。

 駆けつけたのは負傷した静夏と合流した連合軍だった。

 彼らが遅れたわけではない。随分と長く感じた攻防はリオニャたちの体感時間であり、実際にはそう長い時は経っていなかったのだ。

 それを実感しながらリオニャはシェミリザの脇腹に強烈な蹴りを入れて、ここぞとばかりに体力を削る。


「……!」


 そこへヨルシャミという防波堤を失った隙に魔獣たちが波のように押し寄せた。

 ヨルシャミを襲っていた魔獣は伊織の雷撃に命を奪われたが、あれが生まれ出た魔獣のすべてではない。

 死角に突進した魔獣を気配だけで察知したものの、反応が一拍遅れたリオニャは一撃をもらうつもりで歯を食い縛り――しかし、その気配が突如跡形もなく消え去って目を丸くした。


「ふう、セーフ! リオニャさん、大丈夫か?」

「ベンジャミルタさん!」


 迫り来る魔獣をベンジャミルタのドッペルゲンガーが阻止したのである。

 ベンジャミルタは未だ顔色が悪く、右腕にきつく包帯を巻きつけていたがリオニャの顔を見ると歯を覗かせて笑った。


 毒はステラリカの手により解毒されている。

 そうして移動するサルサムたちとの合流に間に合い、次に飛ぶべき場所、つまりシェミリザとの決着をつける場所を知って転移してきたのだ。

 しかし毒と出血により失ったものは大きく、後ろへたたらを踏んだところを背後からメルカッツェが支える。


「師匠、あんま無理しねェでくださいよ」

「いやぁ、リオニャさんの前だとカッコつけたくなってさ」


 ありがとう、と体勢を立て直したベンジャミルタはメルカッツェと共に魔獣を迎え撃った。

 その隣でリータが弓に炎の矢をつがえる。


「……リータさん、そろそろ魔力が辛くなってきたところなんじゃないか」


 ぽつりとそうこぼしたのは出来損ないの魔獣を銃で撃ち抜くサルサムだった。

 問われたリータは表情を緩めるとぼわりと緑の炎を燃え上がらせる。


「サルサムさん、魔導師じゃないのにわかるんですか?」

「リータさんだけな、普段の様子から考えるとそろそろ――いや、その、これちょっと気持ち悪いな。忘れてくれ、ただ辛ければサポートしよう」


 サルサムのそんな言葉を聞くなりリータは特大の炎の矢を放った。

 それは周囲の酸素を取り込みながら突き進み、魔獣四体を巻き添えにしながら確実に屠る。

 眩しい笑みを浮かべたリータは間を置かずに再び矢をつがえた。


「大丈夫ですよ、サルサムさん。私……成長してますから!」

「さすがリータさ――」

「さすがお前の嫁だな、サルサム!」


 そうバシンッと背を叩いたバルドにサルサムは予備動作なしで裏拳を叩き込む。

 鼻を押さえたバルドは「これからまた前線に出るのに酷いな!」と嘆いたが、手を離すとそこには鼻血すら見当たらなかった。


「大事なタイミングなのにお前がふざけるからだろ」

「少し肩の力を抜かせようとしただけだって、……っと、そろそろ無駄口は叩いてられないな」


 大小様々な魔獣が見える上、今も少量ながら世界の穴から魔獣が生まれ出ている。

 手の汗を拭いてナイフを構え直したバルドの背中を今度はサルサムが叩いた。


「気張って行ってこい」

「はは! 言われなくても!」


 そう駆け出したバルドの頭上を飛び越すようにして、ニルヴァーレが風と共に駆け抜ける。

 ヨルシャミの隣へ着地したニルヴァーレはすぐさま彼に肩を貸した。


「酷い有り様だね、特に顔だ。痛くてついつい泣いちゃったのかな?」

「冗談を言うな、……お前、体はなんともないか」


 ニルヴァーレは後退しながら首を傾げる。

 ヨルシャミに心配されるとは思っていなかったという顔だ。


「それはこっちのセリフだろう、君の方がボロボロ……いや」


 そして眉を顰めると声量を絞って問い掛けた。


「今わざわざそういう質問をするってことは、イオリになにかあったのか?」


 ニルヴァーレの肉体は伊織の魔力で形作られている。

 その体を気にするということはそういうことだ。

 ヨルシャミは浅い呼吸を繰り返し、やぐらを見上げながら頷いた。

 伊織の横顔が見える。角度のせいで肩から下は確認しづらいが、聞けば高い位置を跳んできたニルヴァーレ曰く、上着の脇腹部分に大きな穴があったという。


「血の汚れもあったが傷は見当たらないから返り血だと思っていたんだ、……今のところ僕の体に異変はない。ただイオリになにかあっても即消えるわけじゃないから、まだなんとも言えないな」

「傷はないか……」

「直接様子を見てこようか?」


 ヨルシャミは一瞬考える様子を見せたがすぐに首を横に振った。


「復帰してすぐに穴を閉じ始めた。今のイオリにとって最優先事項は変わらんということだ。ならば我々はシェミリザの相手をすべきだろう」

「……追加の魔獣を取り込んで厄介なことになってるもんね、仕方ないか」


 ニルヴァーレも伊織へ心配げな視線を送ってから一気にセルジェスたちのいる方向へと後退する。

 ほんの一秒前まで立っていた場所に無数の魔獣が噛みついているのが見えた。


 血や泥で汚れた髪を風になびかせ、その隙間から伊織の様子を見つめながらヨルシャミは口を引き結ぶ。伊織が生きていて嬉しいというのに胸騒ぎがおさまらない。

 伊織がなにか取り返しのつかないことをしているような、そんな不安があった。


 それは、立ち上がってから彼の声を一度も聞いていないからだろうか。


 そう思いながら、ヨルシャミは遠ざかる伊織の姿から目を離さなかった。

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