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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第955話 ありがとう、ヨルシャミ

 魔獣が液体のように滴り落ちる。


 地面に触れた彼らは我先にと世界に広がった。

 しかし急拵えなのだろう。あまりにも体が不完全な者が多く、今までとは異なる不気味さを纏っている。


 無意味に骨が覗いている者。

 翼が片方しかなく飛ぶこともできない者。

 眼球がなく地表を手探りで進むしかない者。


 そんな中、ある魔獣がどろどろに溶けた口でなにかしらを叫んだ。

 伊織はその声でハッとし、魔力でロープを出力すると自分の胴体とやぐらの手すりをしっかりと繋ぐ。


 魔獣がすべて出きったところで、ついに世界の穴がこちら側のものを強引に吸い上げ始めた。


 それは連合軍がミッケルバードに突入した頃から僅かながら残っていたものと異なり、魔獣という質量のあるものとこちら側のものを無理やり交換するような酷いやり方だった。

 初めてこれを目にした時、シァシァと共に吸い込まれそうになった時の記憶が蘇る。あの時は世界の穴への恐怖よりシァシァを失う恐怖のほうが強かった。


 そして今は同じ危険が他の仲間たちにも起こりうるということに恐怖心が湧く。


「あんな思い二度とごめんだ、っ……!」


 伊織は世界の穴を睨みつけると再び針を進めた。

 魔獣たちは自分の体の不完全さに戸惑っているのか、やぐらの上の伊織にまだ気づいていない。

 だがこれも時間の問題だ、そのうち魔獣としての本能で見つけるに違いない。

 伊織は思考しながら、その瞬間が来る前に少しでも多く穴を閉じようと集中する。


 しかし金の針と糸で世界の穴を閉じるというイメージを研ぎ澄ませれば研ぎ澄ますほど、どうしても周りが見えなくなってくる。


 これは手落ちによる短所ではない。

 伊織の出力式魔法はそういうものだ。容易に想像できる対象なら問題ないが、今回はそうではない。そうであるはずがない。

 だがこれはそれだけ完璧にイメージを実現しているということでもあった。

 針は着実に進んでいく。


 そんな中、遠く離れていたシェミリザの姿が徐々に近づいてくる。

 ――今の距離なら、そちらを見てさえいれば伊織の目にも映っただろう。


 土煙が舞う中、シェミリザが憂うような表情を浮かべている姿が。


     ***


 数分前。


 シェミリザは背後に追い縋るヨルシャミたちの気配を感じていた。

 聖女マッシヴ様に大きなダメージを与えられたのは僥倖だが、ハーフドラゴニュートのリオニャは疲労程度。ヨルシャミもかなり消耗しているが追いつくことができているところを見るに、シェミリザにとって十分削れたとは言い難い。

 そこで視力が回復し、黒い髪をなびかせながら振り返るとヨルシャミと目が合った。


『ねえ、抵抗するのも疲れてきたでしょう? あなた達もわたしと一緒に死んでちょうだいな』


 そう問い掛けたのはシェミリザからすれば説得に近い。

 シェミリザも度重なる攻撃で大分消耗しており、目の傷も治すのに随分かかってしまった。

 最後の最後、ヨルシャミたちも疲弊しているなら了解してくれるかもしれない。

 ――まあ、そんなことはないでしょうけど、とシェミリザが予想した通り「痴れ言を」という言葉が返ってきた。


「答えがわかりきっていて何故そんなことを問うのだ」

『もしなにか奇跡的なことが起こって、誰かひとりでも了解してくれたら、ひとりぼっちじゃなくなるじゃない?』

「……シェミリザ、お前……」


 ヨルシャミは目を眇める。

 その顔には静夏の血が付いたままだ。

 それ以外にも枚挙に暇がないほどシェミリザは罪を重ねてきた。しかしヨルシャミは思わず感じたことを口に出す。


「お前、もう疲れているのではないか?」

『……』

「先ほどもそうだ、理解者を求めてあんなことを口走った」

『……ええ』

「お前が本当に私の曾祖叔母そうそしゅくぼなら、エルフノワールとしては相当な年齢であろう。魔法を駆使し生き永らえてきたのだろうが――それだけ長き時を苦しんできたということなのではないか」

『お人好しな質問ね』


 シェミリザはやぐらに向かって進み続けながらヨルシャミと同じように目を眇めた。その表情はそっくりだ。


『否定はしないわ。でもそれだけ長く苦しんででも成し遂げたいと思ったことなら、ここで諦めるはずが――』

「お前の初めの目標は世界を救うことだったのだろう!」


 ヨルシャミは口から血をこぼしながら叫ぶように言う。

 僅かに目を丸くしたシェミリザは『初めだけよ』と少し突っぱねるような声音で答えた。

 そんな彼女にヨルシャミは言い重ねる。


「それもお前ひとりで成し遂げようとしてきたことだ。利用した者はいても仲間として同じ目標を目指した者はいたのか?」

『信じてくれない者、信じても実力が役立たずな者、そんな人たちばかりだったわ。そもそも予知魔法自体があまりにも稀有だったから仕方ないけれど』


 そして人々にとって世界の破滅はあまりにも先のことすぎた。

 危機感もなにも感じず、それくらい先なら別に今焦ることはないじゃないかと話半分に聞いていた人間に言われたことがある、とシェミリザは笑う。


『まるで今のあなたたちみたい』

「我々は違う」


 ヨルシャミはシェミリザを見上げた。


「我々はお前の言葉を、予知を信じた。疑う者は誰もいない」

『……』

「私たちは最後まで足掻くぞ、シェミリザよ。そのしつこさは身を以て知っただろう。罪を償えとは言わんが、しかし――」


 ヨルシャミは様々な感情から一旦言葉を区切って唇を噛んだ後、もう一度大きく息を吸い込んで言う。


「――今度は私たちも協力する。我々を破滅に誘うより、私たちの誘いに乗らぬか、シェミリザよ」

『……なにを言っているの』


 シェミリザは笑みを引っ込めると眉根を寄せる。


『どのみち回避なんかできっこないわ』

「転生者が関わると未来は変わる。お前はオルバートだけを利用して未来を変えようとしていたのだろう? 今この世界には有力な転生者が少なくとも四人いるぞ」


 伊織、静夏、バルド、オルバート。

 バルドたちは特殊な例だが、それでもこれだけ一度に介するのは初めてなのではないかとヨルシャミは言った。

 ナレッジメカニクスでも転生者を捕らえて人体実験を行なうことはあったが、それも稀でありふたり以上施設にいた試しがない。


 そう思い返しながらシェミリザは訳知り顔の赤子を諭すように言った。


『残念ね、悲惨な予知はイオリを洗脳した後にも見たわ。あの子たちがどれだけ頑張ろうと不可避なのよ』

「転生者が関わると未来が変わるということは、転生者自身の未来もわからぬということだ。……イオリの成長の著しさはお前も知っているだろう」


 シェミリザが見たのはあくまでその段階での伊織が関わった未来だ。

 それ以上先の伊織がどうなるかは加味されていない。


 伊織が今後更に成長し、思わぬ成果を上げれば未来を変えられる可能性がある。

 それをヨルシャミは示唆していた。

 しかし長い間転生者と――オルバートと行動し、その間まったく回避できる兆しすら見ることができなかったシェミリザには信じることができない。


 その想いをシェミリザは短い笑い声に乗せた。


『イオリも長く生きて精々百から二百、神の遺伝子が濃くても長命種には及ばない』

「……」

『そんな小さな希望に賭けたら、次こそ世界を殺してあげられるチャンスが無くなってしまうわ。今しかないの、邪魔しないでちょうだい』


 でも、と。

 そうシェミリザは柔らかく微笑む。


『そんな誘いをされるとは思わなかったわ。ありがとう、ヨルシャミ』

「シェミリザ――」


 その背後で世界の穴から魔獣たちの黒い塊が生まれ出ているのが見える。

 刹那、シェミリザは地面に胴体を擦るように止まるとヨルシャミたちのほうへと顔を向けた。

 丁度やぐらとヨルシャミたちに左右の手が向くようになっている。

 そのままシェミリザが左手を大きく上げるなり地面が盛り上がり、ヨルシャミとリオニャの視界を覆った。


 だが足止めにはならない。

 ヨルシャミは風の鎌で、リオニャは頭突きで切り抜ける。

 ふたりが土煙に邪魔をされながらシェミリザを見ると、ちょうど彼女が手に影でなにかを作り出しているところだった。


『イオリの出力魔法みたいに上手くはいかないわね、けれど上出来じゃない?』


 拳銃だ。

 それは影で形作られた拳銃だった。


 闇属性の魔法には影でなにかの形を模すものが多い。

 その応用だが、これだけ形状が異なり内部構造の複雑なものはもはや新しい魔法をこの場で創造したに等しかった。

 だがシェミリザの才能と最も得意で加護も得ている闇属性の魔法という条件も重なり、ヨルシャミにはそれがただのブラフには見えなかった。


「お前、なにを」


 わかりきっているというのに漏れ出たヨルシャミの言葉を聞き、シェミリザは口角を上げる。


『折角だから、あの日の再現でもしようと思って』


 あの日。

 伊織を洗脳したあの日だ。

 そうヨルシャミが直感したと同時に、シェミリザはやぐらに向かって巨大な引き金を引いた。

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