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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第952話 正義と悪の戦いではない

 シェミリザは血反吐を吐きながら暗い瞳で自身を攻撃する人類たちを見た。


 すぐに治る傷でも痛みは走り、それが降り積もるほど目の前の生き物たちが必死に生きようとしていることが伝わってくる。

 それをここで終わらせるため、シェミリザは重い体でのたうった。


 影の鎖はまだ外れきらない。聖女マッシヴ様は相変わらず杭のように突き刺さり、リオニャもシェミリザが隙を見せるたび重々しい一撃を放ってくる。

 シェミリザは困ったような口調で言った。


『……ここで終わった方が身のためよ。あなたたちもこの世界の行く末について少しくらいは聖女から聞いたんでしょう?』


 シェミリザの語った目的のうち、いずれ迎える未来を憂いたシェミリザがその前に世界を終わらせようとしていることだけ簡易連絡で伝えられている。

 場合によっては連合軍の士気に関わるが、これは敵味方にとって命をかけた戦いだ。

 そこへ参加する者なら戦いの発端を知っておくべきだと静夏は思ったのである。


「お前がこのような行動を起こした理由だけは伝えてある」

『細かいことは省いたの? ふふ、まあ世界の神のことも救世主のこともしっかりと知らない人たちに伝えるには時間が無さすぎるものね。じゃあもう一度説得してあげましょうか』


 シェミリザは縛り付けられたまま、そして下半身の一部を地面に打ち付けられたまま大きく伸び上がった。

 まるで首をもたげる蛇そのもののようなシルエットが静夏たちの頭上に現れる。


『存在しないだなんて不名誉な通説がまかり通っているけれど――世界そのものの神は存在するわ。今も生き永らえようと必死に抵抗をしている。あなた達は知らない間に、至極大いなるものに守られていたのよ』


 連合軍にざわめきが広がる。

 いち早く反応したランイヴァルが「耳を貸すな!」と兵士たちに喝を入れ、シェミリザの口を塞がんと大きな水の球を放った。


 しかしシェミリザはそれを小首を傾げるようにして避ける。


『神は生きたかった。けれどここで生き永らえた方が最悪の未来を迎えてしまう。自分の兄弟姉妹とも呼べる片割れが隣で死んで、腐っているからよ』


 シェミリザは様々な魔法と影の針で攻防を繰り広げながら、そして時折身じろぎしながら、静夏に伝えたのと同じこの世界にとっての最大の災厄と魔獣の出自について語った。

 そんなの妄想だ、と口にする魔導師もいたが、シェミリザは自分には確証があると口にする。


『今のわたしのほとんどは魔獣。あの穴の向こうで育まれた存在。あちらにいた頃は明瞭な自我は目覚めていなかったけれど――腐った世界から生まれ出たものよ、微かな記憶として頭に刻まれていたの』


 そして、とシェミリザは静夏を見下ろす。


『その腐った世界の住人であり、魂をこちらへ転生させられたのが……そこにいる聖女マッシヴ様と、あなたたちが死守しようとしている息子のイオリ。故郷の尻拭いをさせられてるなんて可哀想でしょう?』


 転生者の存在は世間に広く知られているものではない。

 説明されるまでヨルシャミですら把握していなかったことだ。


 しかし転生者は以前から大きな活躍を見せることが多く、信憑性は定かではないものの噂話を耳にしたことがある者は精鋭揃いの連合軍にも多数存在した。

 もちろん聖女一行はそれを把握しており、言及はされていないがバルドやオルバートも噂話の当事者である。

 その者たちから醸し出される只ならぬ雰囲気が、シェミリザの言葉の信憑性すら増していた。


 ならば、世界が危機に瀕することになったすべての始まりは聖女マッシヴ様の故郷にあるのではないか。


 中にはそんな考えが頭を過った者もいたが、しかし行動や言動に現れるほど未成熟な者はいなかった。

 もしシェミリザの言うことが本当だとしても、世界が腐ったことに関して静夏たちに責はない。むしろ死してなお故郷の尻拭いをさせられているとも言える。

 いくら静夏たちにとって願ってもない報酬があったとしても、だ。


 救世主は罪人ではない。


 もしかすると先に腐り死ぬのがこちらの世界だったならば、ここにいる全員が同じ立場だったかもしれない、そんな存在である。

 そんな中で真っ先に震えた声を出したのはモスターシェだ。


「っひ……酷い未来が待ってるからって、ここで死にたいと思うわけないだろ! 俺たちは今生きてるんだ、勝手に死んだ方がマシとか決めるな! 俺たちは死にたくない! ぎりぎりまで生きてやる!」


 ――それは普通の感性を持っているモスターシェだからこその、世界の住民による総意のような言葉だった。


 シェミリザは眉根を緩く寄せる。


『あなた達の子孫もそう思うかしら』

「それを決めるのは子孫だろ、俺たちでもなければお前でもない!」

『ええ、ええ、そうだわ。それはわかっているの。でもわたしはそれでも世界の神が可哀想。勝手に憂いて悲しんで、あの人と一緒に死にたいのよ、ごめんなさいね』


 そう言うとシェミリザはぴたりと動きを止めた。

 訝しんだヨルシャミが影の鎖にぎりぎりと力を加えたが、苦痛の欠片すら表情に出さずにシェミリザは言う。


『これをここで話したのは、誰かひとりだけでも理解してほしかったから。だって寂しいじゃない』

「――シェミリザよ、お前の気持ちだけなら理解してやろう。私もなにかを犠牲にしてでも守りたいものがある。だが、だからこそ全力で抵抗するのだ」


 ヨルシャミはシェミリザを睨みつけた。

 これは正義と悪の戦いではない。

 ただのお互いに譲り合えない主張のぶつかり合いだ。


 そしてヨルシャミには同じ想いを持つ仲間たちがいたが、シェミリザにはいなかった。ひとりたりとも。目的を伏せてナレッジメカニクスを利用しなくてはならないほど。それだけなのだ。

 ヨルシャミの言葉にシェミリザは僅かに悲しげに微笑むと、ぶるりと影の翼を震わせた。


『理解者だけれど仲間ではないのね、……いいわ。ならこのまま続けましょう』

「逃がすものか!」

『今のわたしをヒト扱いしない方がいいわよ』


 この拘束はヒト向けでしょう、と言うなりシェミリザは影の翼に白い膜を張った。

 ――否、影の翼が白い膜を残し剥離したのだ。その現象は全身で起こっている。

 蛇の脱皮か、とヨルシャミが察して動くほんの一瞬前にずるりとシェミリザの皮からシェミリザ本人が抜け出した。


 静夏の抑えている部位はそのまま残していく。

 自切というよりも脱皮したての柔らかい体を自ら引きちぎったのだ。


 拘束からは抜け出されたが、攻撃するなら今こそチャンスである。

 抜け殻から飛び出した静夏の号令で一斉にシェミリザを追うように攻撃が再開されたものの、シェミリザはありったけの紫の炎を障壁のように展開すると攻撃を防ぎながら飛び立った。


 向かう先にあるのはもちろん伊織のいる最終やぐらだ。

 ヨルシャミは闇のローブから幾本もの腕を生やすと大地を駆け出す。


「私は地上から行く! 転移できる者は急ぎ追え!」


 先ほどのように招集している暇はない。それぞれ自力で最適な回答を導き出して追うしかないのだ。


 ――シェミリザもたったひとりで必死に戦っている。

 それを痛いほど感じ取りながら、ヨルシャミはやぐらとシェミリザの背を同時に視界に収めながら走り続けた。

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