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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第948話 不安を潰すのは自分の役目

 伊織は前のめりになってバイクのハンドルを握ると戦場を見据えた。


 近づくと空気全体から土と血のにおいがしているとわかる。

 バイクは伊織の指示で地雷を避けながらぐんぐんと前へと進んだ。


 伊織とバイクは言葉を介さず直接の意思疎通が可能性だ。

 ノータイムで伊織から情報を得たバイクは一切の地雷を踏むことなく巧みに走り、加えて連合軍の仲間たちにぶつからないよう綺麗に避けていた。

 しかもなるべく射線を塞がないよう気を遣っている、と気がついた伊織はバイクの車体を撫でる。


「ありがとうな、このまま頑張ってくれ」


 了解の意が手の平から返ってきた。

 伊織はバイクの魔力メーターをちらりと見た後、十分に加速していることを確かめてシフトアップし更に加速する。


「加速は可能な限りしたいけど……」


 魔力譲渡を未だに上手くできない以上、バイク自身の魔力で走ることになるのだ。

 最後のやぐらまでは足りるものの、加速しすぎればその計算がどう狂うか伊織にはわからない。


「……いや、多分もう魔力譲渡はできるようになってるんだよな。一度も自分ひとりで試したことがないだけで」


 伊織はぽつりと呟く。

 この場では必要なことであり、できるようになればこの上なく便利だとわかっているのに相手を殺してしまうかもしれないという恐怖から試せないでいる。

 心の中では「今こそやるべきじゃないのか」という想いと「今試すようなことじゃないんじゃないか」という想いがぶつかり合っていた。


 そこへバイクから心配の声がかかる。


「大丈夫だよ、なんというか……誰かに巻きついた紐を包丁で切れって言われてるような感じでさ。目標は達成できるだろうけど、傷つけずにそれができるかわからなくて怖いんだ」


 敢えて実際の言葉で伝えながら伊織は眉を下げた。

 また「わからないから怖い」だ。

 ヨルシャミがいればなんと言っただろうか、と不意に思う。


「――わかるようになれば怖くなくなる、とかかな」


 ヨルシャミが言うとすればこんな言葉だろう。そう想像して伊織は手の平に意識を集中させる。

 バイクとなら試せるかもしれない。

 そう思った時、真上から声が降ってきた。


『あら、イオリ。あなたのほうから来てくれたの?』

「……シェミリザ姉さん」


 走る伊織を捉えたシェミリザだ。


 この世界に一台しかいないバイクは目立つ。

 それを踏まえて伊織は乱戦で起こった砂煙に上手く隠れていたが、やはり近づくと魔力から見分けられてしまったようだった。

 もしくは、たまたまそちらを見たシェミリザの運が良かったか。

 なんにせよこのまま突っ切らなくてはならない。理想を言うならシェミリザが見失うほど早く。


 伊織自身の魔力は穴を閉じる分を引いても少し余裕がある。

 これを使えば一気に加速できるはずだ。試すなら今だと伊織の中で声がする。


 魔力安定用の刺青も肩に入ったままだ。

 きっと大丈夫、と伊織は自分に言い聞かせ――その刺青を入れてくれたシェミリザの姿を思い出す。容赦はないものの優しく真剣な手つきだった。

 あの時のことは、家族とのひと時として伊織の頭に記憶されている。


 オルバートも、シァシァも、セトラスも、パトレアも家族としてついてきてくれた。

 距離を保ってはいるがヘルベールもそうだ。ナレーフカだっている。

 しかし、そこにシェミリザはいない。


(……寂しさを感じることを咎められるかな)


 ここまで甚大な被害を出した人物を相手になにを言っているんだと。

 死んだ仲間が浮かばれないと、そう言われるかもしれない。


 いや、言われるべきだ、と考えながら伊織はそれでも自分の心を否定せず向き合って受け入れた。

 やるべきことは覆らない。

 だが、それでもシェミリザを姉と思って過去を懐かしみ、共にあれない今と未来を嘆くのは自分の正直な気持ちだと伊織は唇を噛む。


 その時だ。

 シェミリザが大きな手を伊織の進行方向に置くと、そのまま迫り来る壁のように近づけた。迂回するにはあまりにも近く早い。伊織は思わず減速した。

 指紋すら目視できるほど大きい。

 そう目を瞠る中――壁の如き手の平が爆炎に吹き飛ばされて反り返った。


「ボサッとしてないでさっさと行け!」

「……! イリアス!」


 サイドヘアーと纏めた毛先のみ切り揃えた金髪に、橙色の瞳をした青年――火炎の龍を放ったイリアスである。

 彼が連合軍に合流したのは出陣間際のことで、待機していた拠点船は別々だったため伊織が直接顔を合わせたのはこれが初めてだった。

 この数年で伊織も成長したが、イリアスは更に大人に見える。


 その姿に感じたのは嫉妬や羨望ではなく、頼れる信頼感だった。


「……っありがとう、イリアス――おじさん!」

「お前ここでその呼び方するなよ!」


 周囲に血縁関係は伏せてあるが、こんな慌ただしい戦場では誰の耳にも入ってはいない。

 伊織はイリアスに笑みを返すとバイクのハンドルをぎゅっと握り直した。

 そしてほんのわずかな間だけ瞼を下ろす。

 手先に集中し、バイクに流れる魔力を感じ取った伊織はその流れの濃い場所、人間でいう血管の真上に指先を添えた。


 不安をひとつずつ潰していくのは自分自身の役目だ。

 いつまでも誰かに肩代わりしてもらってはいられない。

 わからなくて怖いなら、知っていこう。


 そう伊織は深く息を吸い込むと、自分の指先から管を通すイメージでバイクの中へと魔力を流した。

 量としてはほんの少しだ。

 ただし元からバイクの中にあった魔力量を鑑みると、受け取る側からすれば大量と呼んで差し支えないだろう。


 そう、魔力譲渡は相手の魔力を溜め込む器の大きさも把握しなくてはならない。

 常日頃から魔力の上限値を知っているバイクを伊織ひとりで行なう魔力譲渡の最初の相手にするのは理に適っていた。


 雪山でニルヴァーレが代行した魔力譲渡の感覚も思い返す。

 その時と同量ほどの魔力を注げたため、失敗はしていないはずだ。

 そう目を開くと同時に伊織は思い出した。

 あの時のバイクは凄まじい変形を披露して、想像以上のスピードを出したのではなかったか。


「いいや、今は望むところだな。――さぁ、一緒に駆け抜けるぞ!!」


 伊織の声に反応してバイクに小型の両翼が生え、下方にジェット噴射口が現れる。

 それと同時に四方にシールドが展開され、伊織を守るように包み込んだ。

 爆音と呼ぶのも生ぬるいほどの音が衝撃波となって周囲に広がり、伊織とバイクは弾丸よりも速く戦場を突っ切っていく。その早さはシェミリザでも反応できないほどだった。


 耳を押さえたシェミリザはイリアスたちを見下ろす。


『どこまでも邪魔をするのね。ふふ、わたしもお姉様のことを言えないわ。あなたたちをなかなか潰しきれないんだもの』

「いくらでも相手になってやる、来い!」

『それもいいけれど』


 伊織がどちらへ向かったかは把握した。

 転移魔石ですぐに追いつかれるだろうけれど、距離くらいは詰めさせてもらうわよ、と。


 そう言って、シェミリザは勘を頼りに一度目の転移を行なった。

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