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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第945話 あと少しとあと少しの間に 【☆】

 ニルヴァーレは空に開いた穴を見遣る。

 シェミリザという脅威は残っているものの、大敵である世界の穴はそのほとんどを伊織により閉じられていた。

 しかし残った手つかずの部分からは相変わらず魔獣が生み続けられ、その奥にどれだけ『病んだなにか』を溜め込んでいたのかと想像すると背筋が冷たくなる。


 それでもあと少し。

 あと少しだ。


 もちろん穴を閉じ終わっても伊織は守らなくてはならない。

 それもまた長い道のりになる可能性があった。


 だが、そうだとしても終わりが見えるということは希望に直結する。

 ここにいる全員がその希望を胸に抱き、ヒトの身で挑むにはあまりにも巨大な敵と向き合っていた。

 きっと未来に希望を抱いていないのはシェミリザただひとりだろう。


 ニルヴァーレはそれを哀れだとは思わない。

 しかしまったく同情しないわけでもなかった。


(この何倍もの優しい感情を持ちながら戦っているんだろうなぁ、あの聖女は)


 ニルヴァーレはかつて静夏と森の中で拳を交えた時のことを思い返す。

 あの時も静夏は敵であるニルヴァーレのことを人間として扱い、真っすぐな感情を向けていた。

 直接会ったのはあれが初めてだったが、ヨルシャミから聞いてナレッジメカニクスのことを知っていたなら相応の悪人だと理解していただろう。その上で、だ。


「……シェミリザ、きっと君もただのエルフノワールとして接されるぞ」


 魔獣に身を堕とした化け物ではなく、ヒトという種のエルフノワールとして。

 そうニルヴァーレは笑みを浮かべると、伸ばされたシェミリザの手に向かって風の鎌を一閃させた。

 大きな音をたてて小指が地面へと落ち、隣の薬指にも赤い切れ込みが入る。


 その落ちた小指の影から無数の手が現れた。


 闇のローブから現れるものより小さく、まるで子供の手のようだったが、掴む力は人間と比べものにならないくらい強い。

 あっという間にニルヴァーレの足首に絡みついたそれは獲物を引き倒さんと大きくしなった。


 そこへ割り込んだヨルシャミが影の手を赤い業火で燃やし尽くす。

 すぐさま立ち上がったニルヴァーレはヨルシャミの隣に並び立つとにこやかに声をかけた。


「僕なら大丈夫なのに……わざわざ助けてくれたのか、ヨルシャミ!」

「嬉しそうな顔をするでないわ。獲物に群がる獣のようでな、隙だらけで狙いやすかっただけだ」

「イオリ相手なら素直なのに僕には相変わらずだなぁ」


 私にしたことを忘れるでないぞ、とニルヴァーレを睨みつけながらヨルシャミは風の鎌に切り替える。

 そしてまったく同じものを背負ったニルヴァーレを仰ぎ見た。


「だが、今のお前はイオリの、家族のために戦っていると私は知っている。……必要あらば手助けくらいはしてやろう」

「イオリだけじゃなくて君も家族じゃないか」


 さらりと言ったニルヴァーレにヨルシャミは口角をこれでもかと下げて鳥肌を立てたが、ニルヴァーレは至って真面目だった。

 突如視界へ飛び込んできた影の針を切り落としながら呟くように言う。


「昔の僕は君を手に入れて手元に置いておきたかった。美しかったからね。――けれどそこには『家族が欲しい』という想いも含まれていた。共に育った人はもう君しかいなかったから」

「……」

「だが、そんな方法で得た家族は僕の欲しがってる家族ではなかっただろうと今ならわかる。手に入れたところできっと満たされはしなかっただろう」


 美しいからと物言わぬ肉体だけの家族を得たところで、それは心を満たさない。

 今のニルヴァーレはそれを心の底から理解していた。

 彼の言葉にヨルシャミはしばらく黙りこくっていたが、諦めたように口元を緩めると声をひそめて言う。


「私も家族が欲しかった。そんな望みを抱くなど思いもしなかったが、あのお人好したちと旅をする間に嫌でも思い知らされたのだ。――だからお前の気持ちくらいは理解してやろう、ニルヴァーレ」

「……ヨルシャミ」

「さあ、込み入った話は後だ後! 同時に同じ場所を狙うぞ、来い!」


 ヨルシャミはそう言って駆け出し、ニルヴァーレも笑いながらその隣を駆ける。


 かつての幼馴染はもうあの頃の姿には戻れないだろう。

 しかし今なおあの頃の美しさを失っていない、とニルヴァーレは目を細めてヨルシャミを見た。

 そんなふたりの風の鎌が壁のように広がった紫の炎を掻き切る。


 そして、シェミリザの腹に向かって同時に一閃した。


     ***


「……! 見事だ」


 シェミリザの放った黒い炎を拳圧で殴り消した静夏が呟く。

 ヨルシャミとニルヴァーレの一撃はシェミリザの胴体を一刀両断した。見る者が見れば切る瞬間に刃の性質を変えて真空を生み出したとわかっただろう。

 静夏はより一層の高みに駆け上がるふたりを見つめたが、まだ終わってはいない。


 地に落ちたシェミリザの上半身と下半身がぬるりと伸びた血の糸で繋がり、元の位置に戻ろうと蠢く。虫のような有機的な動きだった。

 回復を少しでも長引かせねば。

 そう走り出した静夏の目に飛び込んできたのは、地面を蹴りながらこちらに向かって駆け寄るバルドの姿だった。


「静夏! すまない、距離を詰めるなら同行させてもらっていいか」

「もちろんだ。――しかし……なにかあったのか?」


 常人なら徒歩で静夏に同行はできない。

 これはつまり静夏に担いで行ってくれ、というお願いである。

 しかしバルドはそのことに対してばつが悪そうにしていること以外にも、なにかあるような顔をしていた。そんな様子から静夏は返答を期待していなかったが、バルドは言いづらそうにしつつも答える。


「……今の僕とオルバートは触れるだけでどうなるかわからないだろう? だからシェミリザが転移前みたいになにかと僕らがぶつかるように仕向けてくるんだ」

「なるほど……不老不死者をよほど厄介に感じていると見える」

「嫌な戦法だよ。セトラスを狙った時もだけど確実に数を減らしたいみたいだね。だからお互いにもっと距離を開けようと思ったんだ」


 シェミリザはバルドを捕まえればオルバートに向かって叩きつけ、オルバートを捕まえればバルドに投げつけたりとふたりが一番警戒していることを理解して攻撃していた。

 対オルバートの専用武器になった気分だ、とバルドはうんざりした顔をする。


 だが投げつけ叩きつける対象が決まっている以上、元の距離が開いていれば開いているほどシェミリザの隙が大きくなる。

 それを嫌って向こうがこの戦法をやめれば儲けもの。

 やめなくても前述の通り大きな隙ができるといった寸法だ。


 静夏はバルドを背負って走りながら問い掛けた。


「織人さんは……今でも自分が嫌いか?」

「嫌いだよ。――すまない、君が好いてくれてる人なのに」

「いや」


 静夏は首を横に振る。


「好きな人の感情だからこそ知っておくべきことだと私は思う。だから知ることができて良かった。……無理に変えることはない。織人さんが嫌うぶん、私が好こう」

「静夏……ははは、ありがとうな! けどそれ、オルバートも含む織人だと思うと複雑だなぁ」

「む! す、すまない。だが、その」


 冗談だって、と笑いながらバルドは静夏の上でナイフを構え、こちらへ伸びていた触手を断ち切った。

 触手の切断面から新たな触手が伸びるが、それさえも瞬時に切り伏せる。

 会話をするのに邪魔だとでも言わんばかりに。


「誰が相手であれ、お前が真摯な気持ちで向き合った結果だって俺も知ってる。だから嬉しいよ。……あとさ」


 最前線まであと少し。

 それを確認し、バルドは短く要点だけ伝えた。


「静夏、お前、もうちゃんとミュゲイラのことも好きだろ?」

「……!」


 言葉を選ぶために一拍の間を開けた後、静夏はこくりと頷く。

 バルドは嬉しそうに笑うと、背負われているからこそ難なく手が届くようになった静夏の頭をくしゃりと撫でた。

 今まで撫でて慈しむことはあっても、撫でられ慈しまれることはなかったであろう彼女の頭だ。


「俺も、……僕も好きな人の感情だからこそ、知れて良かった」


 気持ちはすべてはっきりした。

 答え合わせはみんなで帰ってからだ、と。


 バルドはそう伝えると静夏の上から飛び降りた。







挿絵(By みてみん)

二瀬さん(@ninose_oekaki)が描いてくださったヨルシャミです(掲載許可有)

掲載のご快諾、そして素敵なイラストをありがとうございました~!!


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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