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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第944話 押しつけ甲斐のある人材

「舌を噛まないようにしろ」


 隣に降り立ったヘルベールは短くそう言うと、セトラスの足に刺さった影の針を力づくで引き抜いた。

 大量の血が流れて地面に染み込んだが、ヘルベールはもはや今更だと言わんばかりの態度で手早く雑に止血して肩を貸す。そこでようやくセトラスが呻いた。


「っ……脇腹も相当なんですが」

「そこまではここでやってられん。我慢しろ」

「あなたも結構無理難題を押しつけてきますよね」


 呼吸を整えたセトラスはシェミリザに向かって弾丸を放つ。


 しかしシェミリザは完全に回復したのか、ゆっくりと頭をもたげると起き上がった。そして仄かに目を細めたかと思えば紫の炎を燃え上がらせてローブを作り出す。

 巨大な紫色のローブは地上から見るとまるでオーロラのようだった。

 弾丸はローブに阻まれ溶けて消えてしまう。


 そのローブから紫の炎で出来た腕が何本も現れた。


 以前から得意としていた闇のローブを素体に、紫の炎でそれを再現したのだ。

 そしてわざわざそのような手段を取ったということは、このほうがより強力になるということだった。セトラスは眉根を寄せてヘルベールを見る。


「助っ人に来てもらえたのはありがたいですが、少々役者不足では?」

「憎まれ口で意識を保とうとするのはやめろ」

「……」

「それに俺は少し早く着いただけだ」


 怪訝な顔をするセトラスにヘルベールは離れた位置にいるオルバートを指してみせた。


「常に状況を連絡魔石で寄越していた。故に今が堪え時であり、シェミリザが最大の障害だということを連合軍全員が知っている」

「まさか」

「そして大量の戦力を運ぶのに俺より適した者がいたんでな、丸投げしてきた」


 そうヘルベールが言った瞬間、やぐら寄りの荒野に数百名の人類が現れた。

 各地の防衛に必要な人数を残して集まった連合軍の精鋭たちである。

 その先頭に立っていたのは転移魔石を持ったサルサムだった。彼の隣にはリータも立っており、緑の火花を散らす炎の弓を構えている。

 すでに戦う準備は万端の様子だった。


 セトラスは「命知らずの集団ですか」と目を丸くしながらヘルベールを見上げる。

 するとなぜかヘルベールも同じ表情をしていた。


「……なんであなたもそんな顔してるんです」

「ベルクエルフの治療班、ナスカテスラにエトナリカ、メルカッツェ……全員バラバラの座標にいた者たちだ。この短時間ですべてを回ったのか、あの人間は」

「……」

「……」


 セトラスは脱力して笑うとサルサムたちに視線をやって言った。


「――いやはや、無理難題を押しつけ甲斐のある人材ですね」


     ***


 ヘルベールの笛の音が響き渡る。


 それに伴い動いたのはニーヴェオやカメだけでなく、シェミリザの巨体を確認したサルサムたちもだった。


「モニター越しに見るより大分デカいな」

「あ、あんな奴の攻撃を食らったらどうなるんですか!? めちゃくちゃ怖いんですけど!?」


 実物を目にして狼狽えるモスターシェをよそに、サルサムは着いてすぐにナスカテスラへ手渡した転移魔石を受け取った。

 大人数の連続移動で減っていた魔力があっという間に補充されている。ナスカテスラも余力はまだまだあるようだ。


 軽く片手を上げて礼を言ったサルサムは拳銃を片手にシェミリザを見た。


「オルバートの連絡によれば……有効な攻撃は限られるが、あちらも回復能力や治癒能力は有限だそうだ。緻密な作戦を練っている暇はない。だから味方に当てないことだけ気をつけて、あとは各自自由に動こう」

「いやぁ、ガッバガバだね! 自由度の高さが五億二千万!」


 大笑いするナスカテスラにサルサムは「そのほうがやりやすい連中ばかりだろ」と言い残して転移する。

 ここには付け焼刃の連携でも同士討ちだけは回避してきた面子ばかりが集まっているのだ。サルサムの言うことも一理ある、と頷くナスカテスラにエトナリカがやけに凶悪な笑みを浮かべた。


「アタシもこのほうがやりやすいよ。さぁナスカ、折角だし若い頃みたいに暴れようじゃないか、腕が鳴るねぇ!」

「さっきまで四つ首のドラゴン相手に暴れてたじゃないか!」

「もっとだよ、姉弟で好きにやらせてもらおう!」


 エトナリカは水のハルバードを作り出す。

 姉弟で、を強調した姉にナスカテスラは察した顔をすると、中指で眼鏡を押し上げた。


「最近は普通の水の剣のほうが使いやすいんだけれど――あれだけの巨体相手ならこっちの方が無難か!」


 ナスカテスラもエトナリカとまったく同じ水のハルバードを作り出す。脆く見えて水を圧縮して作られた刃は騎士団の武器と並べても見劣りしない。

 それを眺めながらモスターシェは冷や汗を流した。

 今は水の魔法で洗い流したため綺麗なものだが、合流した際はふたりとも魔獣の返り血で酷い有り様だった。


 単眼の蛇や天の眼球、そしてシェミリザとバッティングはしなかったものの、常に前線に出て大型魔獣を中心に『大暴れ』していたのは他でもないこのベルクエルフの姉弟だ。


 殺意の高い治療師は恐ろしい。


 ハルバードを振り回しながら意気揚々と駆け出したふたりの背を眺め、モスターシェはそれを再認識した。

 そんなナスカテスラたちやサルサムが初めにシェミリザとぶつかり、静夏たちと連携しながら四方八方から攻撃を加える。

 アタフタしている間も戦闘は進む。

 自分はどこをどう狙おう、と狼狽えるモスターシェの背をミカテラが叩いた。


「それだけ立派なナリになったんだから頑張れよ。期待してるぞモスターシェ!」

「わざとプレッシャーかけてるだろ!?」

「お前にはそれが効くしな!」


 見た目は変わっても中身はモスターシェだもんな、と笑ってミカテラも攻撃に加わった。

 なんて相棒だと歯噛みしつつ、しかし自分の震えが治まっていることに気がついたモスターシェは「ええいままよ!」と駆け出し、飛んできた影の針を悲鳴を上げながら叩き落す。


 そんな攻防の中でセルジェスたちは攻撃を掻い潜り――それが叶わず負傷しても自らすぐさま癒しながら負傷者のもとへ向かった。


 兵士や魔導師たちの中にはすでに事切れている者もおり、そういった者を救うことはセルジェスにはできない。高位の治療師であるナスカテスラにも不可能だろう。

 だからこそ心を非情にして間に合わない者には手を差し伸べず、まだ助かる者へと駆け寄った。


 その中のひとりがセトラスだ。


 ヘルベールがニーヴェオの上からセルジェスに向かってセトラスを放り投げる。

 ぎょっとしたセルジェスはそれをキャッチするとたたらを踏んだが、ヘルベールはなんということはないといった様子で言った。


「まだ戦力になるはずだ、治療してやってくれ」

「怪我人を投げないでくれませんか!?」

「……そうですよ、ここまで粗末にされるとは思いませんでした」


 二人分の抗議を受けながらヘルベールは「そう簡単には死なん奴だ」と言い残すとニーヴェオに指示してシェミリザへと向かわせる。

 気を取り直して治療を始めたセルジェスは眉を顰めた。


「足先の一部がありません。時間と魔力をかければ再生させられますが、今はこのまま癒すしか――」

「そうすると後から生やす選択はできなくなるんでしょう? いいですよ、今は動けるようになる方が優先なので」

「わかりました、覚悟があるようで助かります」


 セルジェスも回復対象全員にわざわざこうして説明をしているわけではない。

 戦場に立つ兵士や魔導師たちは常日頃から覚悟を決めていた。ここで命を失った者も例外ではない。

 しかし兵士としての訓練を受けていないセトラスはどうだろう、もしメンタルが一般人と同等なら可能な限りのケアをしておきたい。そうセルジェスは治療師として思ったのである。


 しかしセトラスは肩を竦めた。


「生きて帰ることができれば、後で適当に自分で代わりを作りますよ」

「……メンタルは我々より強いみたいですね」


 自分は心配されていたのか、とセトラスは複雑げな表情を見せたが、回復するなり立ち上がるとライフルを拾う。

 片方の足先が欠けているため咄嗟に体勢を保つことは難しいが、致命的なほどではない。ヘルベールが言っていた通りまだ戦力になる。


 その時、セトラスの真横に凄まじい勢いでなにかが飛んできて着地した。

 ――シェミリザに蹴りを入れた衝撃を利用して跳んできたパトレアである。


「セトラス博士! 弾はこちらに!」

「良いタイミングですね」

「倒れられてからずっと確認しておりましたので!」


 ホッとしました、と安堵の表情を浮かべてからパトレアは再び走り出した。その爆風でなびく髪を押さえながらセトラスはセルジェスを見る。


「こっちはもう大丈夫です。他の負傷者をなんとかしてください」


 セルジェスたちの回復が追いついている間はナスカテスラが戦闘に集中できるのだ。セルジェスは頷くと素早くそこから走り出し――その背を狙って飛んだ影の針をセトラスが撃ち落とす。


「私から治療師に狙いを変えたのはありがたいですけど、これはこれで仕事が増えますね……」


 カメラアイを連続使用していられるのもあと少し。

 クールタイム中は通常の目視で狙うことになるだろう。


 セトラスは連続使用により頭にかかりそうになるもやを呼吸を整えることで一時的ながら取り払い、シェミリザの腕の付け根を狙って弾丸を放った。

 ダメージを負っても回復するとはいえ、治癒が完了するにはタイムラグがある。

 つまり撃ち抜けば一瞬の間でも腕一本分を重石にすることができるのだ。


 その隙を上手く活かす静夏たちを見ながらセトラスは再び引き金を引く。

 ――まだまだ休めるのは先になりそうだった。

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