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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第938話 伊織の約束、我々の約束

 空気を震わせる激しい衝撃音を肌で感じ、伊織はやぐらから身を乗り出して天の眼球を見た。


 シァシァとネロの猛攻により爆炎の向こうで眼球の表面がぱっくり割れているのがわかる。周囲が焼け爛れて溶けているのもあるが、元から柔軟性に富んでいる影響かまるでグロテスクな滝のようだ。

 しかし、あれだけの損傷でもダメージらしいダメージにはなっていないらしい。

 それだけ表面と違って内側は硬いのだと伊織は感じ取った。


(あんな場所にウサウミウシが……)


 ネロのこともシァシァのことも心配ではあるが、ふたりとも信頼するに値する力を持っていることを伊織は知っている。

 しかしウサウミウシは防御は世界一でも他はあまりにも平和的である。


 もし世界の穴へ吸い込まれてしまったらどうしよう。

 そうなったらこちらへ自力で戻ることはできないのではないか。食べるものがあるかもわからない得体の知れない空間でずっと生きることになるのではないか。

 そんな不安が脳裏を過った。

 今にも飛び出していきそうな伊織の肩をヨルシャミが掴む。


「心配か、イオリよ」

「うん、心配だ。……自分から送り出したのに情けないな」

「恥じることはない。お前のそれは親心のようなものであろうよ」


 ヨルシャミは「私も似たような気持ちだ」と苦笑いを浮かべた。

 さしずめこれはウサウミウシの初めてのおつかいだ。

 その挙動に一喜一憂するのは当たり前だろう、とヨルシャミが言うと伊織は「物騒な初めてのおつかいだな」と僅かに笑い返した。


 どれだけ信じていようが心配なものは心配なのだ。

 ヨルシャミは伊織を抑えるために肩に置いていた手を離し、代わりにがっしりと肩を組む。


「きっと大丈夫だ、平和になれば飯をたらふく食べられるとウサウミウシも知っているだろう。故に」

「ご飯のためなら、なにがなんでも帰ってくる?」

「そういうことだ」


 ウサウミウシは初めて目にした時から空から降ってくるというとんでもない出会い方だった。

 もしこの作戦で行方不明になってしまっても、自力で戻ってきて美味しい飯をたらふく食べる。そんなウサウミウシの姿は容易に想像できた。


 今は魔力回復に努め、見守るしかない。


 そう頷きながら伊織はヨルシャミの手に自分の手を重ね、天の眼球にできた傷口へと落ちていくウサウミウシを見つめた。

 綺麗な放物線を描いて飛び込んだ――というよりも放り込まれた巨大なウサウミウシの内側には超強力な爆弾が大切に包まれている。

 そこにある限り、傷が修復され肉壁に圧し潰されそうになろうが爆弾は無傷で届くだろう。


 なにせウサウミウシはなにがあっても完全に潰れたりはしないのだから。


「――!!」


 眼球の内側から赤黒い光が透けて見え、瞬きするほんの一瞬で巨大な花火のように爆発四散した。

 爆炎と共に紫の炎が踊り狂い、爆発後も僅かに残っていた眼球の前半分がずり落ちて地面に降り注ぐ。


 そして眼球の中心に収まっていた岩盤の如き固く丸いもの――天の眼球のコアが露出した。

 コアには無数の亀裂が走り、もはや自然の風に吹かれただけでも瓦解し始めている。それはウサウミウシの運んだ爆弾が正常に機能したことを示していた。


 そして、渦巻く白煙の向こうでぐるんぐるんと宙を舞う丸い影。


 高速回転しながら爆炎と共に弾き出されたウサウミウシだった。まだ合体状態を保っているがどうやら目を回しているらしい。

 そんなウサウミウシを待ち構えていたバグロボたちがキャッチする。


「っ……やった! 見たかヨルシャミ!? あれきっとパパがウサウミウシの飛び出す方向を計算して予め待機させてたんだよ!」

「改めて恐ろしい技術力と計算能力だな……」


 ウサウミウシは大役を終えた。

 これは後でうんと褒めてあげなくては、と思った伊織はハッとする。

 合体状態のウサウミウシによる偉業だ。ということは三桁はいる全匹を順番に褒めなくてはならないのではないか。


 いや、一度決めたことはやり通すぞ、と決意したところで世界の穴に引っ掛かっていた眼球の下半分がずるりと落ちる。


 これで再び世界の穴を閉じることができる。

 そう伊織が再度金の針と糸を作り出したところで、瓦解する眼球の真下になにか巨大なものが現れた。

 影の翼を持つ黒い大蛇――シェミリザである。


「……ここで転移魔法を使ってきたか!」


 ヨルシャミは伊織の肩から腕を解き、闇のローブを素早く展開した。


 シェミリザは静夏たちに足止めされていた。

 そして伊織の正確な場所を調べる隙も与えられず、転移して仕切り直そうにもベンジャミルタの転移魔法ですぐに追ってこられる危険性を警戒して相手を続けていたのだ。

 天の眼球も今までにないほど巨大で手強い魔獣であったため、そのままにしておくほうが得策と思い放置していたのだろうが――負けたのならば話は別ということだろう。


 このまま死なせるくらいなら取り込んでやる。

 そんな意図を伴ってここまで転移してきたのだ。


 これは防げるものではない。

 ただの運の問題だ。

 間近にいたシァシァがいち早く動いたが、その時にはすでにシェミリザはボロボロになった天の眼球のコアに触れていた。


 ここですでに天の眼球が死んでいればシェミリザの行動に意味はなかったが、彼女の運は良かった。

 死に至る直前の、消えたも同然の命の蝋燭。

 眼球の意識すら残っていないその刹那に、コアごと残骸を吸収したシェミリザは空中で己の尻尾を噛むと真っ黒な円を描く。


 それはまるで邪悪なウロボロスだった。


 瞬きした次の瞬間に空に浮いていたのは黒い卵。

 しかしそれは殻を持っておらず、初めの孵化とは異なりあっという間に先ほどより一回り大きな半人半蛇のシェミリザを生み出した。


 孵化でも脱皮でもなく羽化というイメージが強い。

 腰よりやや下の胴体にふたつの大きな目が付いており、それは先ほどまで見下ろしていた天の眼球を彷彿とさせた。背中からは何十枚もの翼を生やし、自前の腕の上からもう一対の腕が生えている。

 その腕は、紫の炎で形作られていた。


「……紫の不死鳥……」


 どういうわけかその力を天の眼球が持っており、吸収に成功したシェミリザが受け継いだのだ。

 そう頭では想像がついたが、伊織は再びボシノト火山の紫の不死鳥を前にしたような気分になった。

 バルタスに倒すと約束し、ナレッジメカニクスに奪われた魔獣だ。


「――ヨルシャミ、あれって紫の不死鳥から受け継いだものだよな」

「そのようであるな」

「僕、バルタスさんに約束したんだ。仇を取るために不死鳥を倒すって。だからここは一旦戦闘に集中して――」

「今のこの状況でもバルタスがそれを望むと思うか?」


 ヨルシャミは伊織の背中を軽く叩く。


「信じてくれた者との約束を果たしたいのはわかる。しかしお前は穴を塞ぎ続けよ」

「でもあの姉さんは、……」


 シァシァとネロだけでは荷が重い。そんなことは伊織ですらわかる。

 静夏たちも間もなく駆けつけるだろう。それを迎え入れ、総力戦で一気に倒したほうがいいのではないかと思えた。

 しかしヨルシャミは首を横に振る。


「イオリよ、お前が倒されてしまってはここまでの苦労が水の泡だ。……それに我々は仲間であろう?」

「ヨルシャミ……」

「お前の約束は私の約束。そして私たちの約束だ。我々に任せておけ」


 そう言いながらヨルシャミは闇のローブから影の手を何本も生やした。防御のためではなく、攻撃のための手だ。

 そしてヨルシャミはステラリカを見る。


「ステラリカよ、いざという時はイオリを頼んだ」

「……! ヨルシャミさんも行くつもりですか?」

「ゆかねば持ち堪えられぬ。なに、眼球に対応している間に多少なりとも魔力は回復した」


 ヨルシャミは視線をステラリカから伊織に移すと、やぐらの手すりに足をかけながら問い掛けた。


「三本の針の魔力消費量には驚かされたが、進んだ距離を考えればむしろ節約されている。万一私が補給のためにここへ戻れずともギリギリ足りる計算だ。やれるな、イオリ?」

「引き留めにくくなること言わないでくれよ」


 そう口を引き結んだ伊織だったが、新たに生まれ出たシェミリザと目が合い、一度だけ唸ってからヨルシャミの手を握って引く。

 彼が手すりに片足をかけていようが、抱き締められる程度には背が伸びた。


 全力でヨルシャミを掻き抱いた腕は彼をここへ留めるためのものではない。

 すぐに腕を解いた伊織はヨルシャミの瞳を見上げて口を開く。


「わかった、やってみせる。――いってらっしゃい」

「あぁ、いってくる」


 短くそう言うとヨルシャミはやぐらから飛び出した。

 そして黒い一陣の風のように移動しながら声を張り上げる。


「ニルヴァーレ! ここはイオリたちに任せ、我々はあちらへ向かうぞ! ――蛇の化け物退治だ!」

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