第935話 別種の地獄をウサウミウシと共に 【★】
シァシァはもう何度目になるかわからない風を放つと一旦イーシュへと戻り、手持ちのタブレットと繋いでいくつかのデータを引っ張り出した。
先ほどまでの攻撃はすべてイーシュに観測させている。
紫の炎から自動で逃れながら更に膨大な量の計算を重ねたシァシァは「そういう感じかァ」と頬を掻く。
「このままじゃ水面に石を打ち付けているようなものだ」
様々な角度から水と風の攻撃で確認したのは衝撃の逃げ方と広がり方だった。
天の巨大な眼球はヒトの目のような構造をしているくせに表面はスライムのように柔らかく、多少の攻撃ではすぐ元に戻ってしまう。
その速度が早すぎて波打つ程度にしか見えないのだ。
代わりに内側――深部は固いようである。
そこがコアである可能性が高いが、シァシァたちではコアにまでダメージを通すことがまったくできていないのが現状だった。
シァシァは再びふわりとイーシュから離れる。
そして新たに現れた紫の炎に追われているネロの間に割り込み、身代わりにと石の礫を放り投げた。
シァシァは土属性の魔法は得意ではないためこの程度のものしか作り出せないが、今の状況なら利用価値がある。
見事に石の礫に誘導された紫の炎を横目にネロが汗を拭った。
「っキリがないぞ。こいつ、もしかしてイオリの邪魔をするためだけに穴に留まってるんじゃないか!?」
「その可能性はあるネ。……ネロ君、恐らくあの目玉は内側まで攻撃を届けられればなんとかなる。そのためには表面に一瞬でも傷を付けなきゃならない」
シァシァは風の障壁で紫の炎を受け流す。
その障壁を避けるように回り込んだ紫の炎を今度はネロが衝撃波で弾き返した。
「傷っていってもどうやって……」
「ワタシと君の最大火力を出しきればなんとか、ってトコかな」
「そんなことしたら傷を付けれたとしても攻撃できないんじゃないか?」
「フフフ、じつはネ……さっきの計算に含めていないとっておきの爆弾がある」
あくどい笑みを覗かせたシァシァはほんの一瞬だけやぐらを――伊織を見る。
爆弾はどうしようもなくなった時に自爆でもしてやろうと潜ませていたものだ。
伊織がそれを望まないことはわかっていたが、それでも保険として持ってこずにはいられなかった。手段は多いに越したことはない。
ただし爆破する範囲が広いため乱戦の最中では使いづらいと考えていたが、今ならネロに即離脱してもらうだけでいい。
しかし、つい先ほども伊織に生きて帰ってと言われてしまった。
真剣で切実な子供の声音で。
こんな心情で使えるもんか、とシァシァは喉の奥で小さく呟く。
「ワタシのバグロボを集結させて、傷に爆弾を押し込む。ホントは深部に届けたいケド、多分途中で目玉の圧倒的な質量に圧し潰されるだろうネ。だからちょっとばかり賭けになるヨ」
「……それ、失敗したら目玉をどうにかする役がいっぺんにいなくなるんだよな?」
爆弾の威力は十分。深部に届ける手段は賭け。失敗したら眼球は野放しになる。
――たしかにリスキーだ。
ネロはそう呟き、熱風と共に頬を掠めた紫の炎に顔を引き攣らせたが、これしかないということもよくわかっていた。
同じ気持ちなのかシァシァも残念そうな顔をして肩を竦める。
「こんなヤツが出てくるってわかってれば心血注いで開発したんだケドねェ、弾力性があって爆弾を包み込めて耐久性もバッチリ……な……」
言葉の途中でシァシァの視線が一ヵ所に固定される。
それに気がついたネロが彼の見ている先に目をやると、やぐらの上で伊織の頭にウサウミウシが乗っていた。我が物顔で、悠々と。
「……」
「……」
いやいや、あれを?
ネロは冷や汗を流す。
曲がりなりにも生き物だ。
しかも伊織のテイムした個体だ。
たしかに誰にも負けない耐久性に恵まれたウサウミウシはうってつけだった。
生物としての攻撃手段の有無によるものだろうか、ネコウモリも似たような体をしているが耐久性に関してはウサウミウシほどではない。
しかし、だからといってウサウミウシに爆弾を抱えさせて得体の知れない魔獣に投げ込むのはあまりにもあんまりである。
ネロがそれを目で訴えるとシァシァは思い直したように苦笑した。
「大丈夫、心配しなくていい。そもそも大きさが足りな――」
そこへ届いたのが高く大きい鳴き声である。
実際には声帯を使った鳴き声ではなく体内で空気を押し出すことにより鳴っている音なのだが、コミュニケーションの意図を持ったそれは音ではなく声と呼んで差し支えのないものだった。
そしてそのコミュニケーション先は伊織たちではない。
ふたり揃って目を見開いたシァシァとネロの視界には広い大地が広がっていた。
その向こうからなにかが押し寄せてくる。それも四方八方から。
「アー……突然別種の地獄になったなァ、ミッケルバード……」
力なく言ったシァシァの言葉にネロも同意する。
押し合い圧し合い集まってきたのは様々なウサウミウシたちだった。
本来は移動速度に難のある生き物だが、お互いの弾力のあるボディで弾き合うことで高速移動を可能にしている。
こんな光景は四桁単位で生きているシァシァも初めて見るものだった。
そして、あれらはきっと元々ミッケルバードに生息していたウサウミウシたちだ。
魔獣に満たされ地表を吸い上げられ蹂躙されてなお、とてつもなくのほほんとした顔で生存していたのである。
大量のウサウミウシたちはやぐらの下に集まるとぴぃぴぃと大合唱し始めた。
さすがに集中していた伊織も戸惑っている。
それはそうだろう、とシァシァは同情した。
「まさかこんなタイミングで今世紀最大の飯の要求じゃないだろうネ……」
「いや、その、ウサウミウシならありえそうなんだよな」
「伊織も大変、……っ!?」
伊織の頭の上からウサウミウシがぴょんと飛び降りる。
そして止める間もなくそのままやぐらから落下し、大量のウサウミウシの海にダイブしてしまった。
かと思えば落下地点を起点にウサウミウシたちが集合し始め、積み重なり、癒着し、丸く丸くなり――そしてついに暖色系の大きな塊と化した。つるりとした表面は据え置きである。
そこにぴょこりと長い耳が二本出現し、額と思しき場所に青いものが現れた。
恐らくポチだ。
シァシァは癖でそう考察したが、あまり深く考えないほうがいいのかもしれない。
そして最後にいつも通りの丸二個とオメガマークで構成された単純明快な顔が内側から泳ぎ来るように浮かび上がる。まるで合体ロボのようだった。
シァシァは冷や汗を流しながら口元を引き攣らせる。
「一体全体なにが起こったのかはわからないケド――」
百と一匹を越えるウサウミウシの合体した姿。
ウサウミウシキングの爆誕である。
ウサウミウシ立ち入り禁止ポスター(絵:縁代まと)
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