第927話 超賢者が保証しよう 【★】
ベンジャミルタとステラリカが転移魔法で飛んできたのは伊織たちが第五やぐらに到着してしばらく経った頃だった。
ステラリカはなるべく魔法を使わないよう走り回って逃げていたのか汗だくで、顎から流れる汗を手の甲で拭いながら伊織を見る。
「マッシヴ様が真っ先に駆けつけてくれました。今はナレッジメカニクスの人……オルバートとセトラス、パトレアがリオニャさんに合流してます」
「と、父さんも?」
セトラスとパトレアはともかく、ナレッジメカニクスのメンバーからオルバートまで足止めに向かっているとは思わなかった伊織は驚きの声を漏らした。
オルバートは不老不死だ。
しかしそれが必ずしも戦闘に向いているとは限らない。
バルドでさえ成熟した肉体でなんとか魔導師や精鋭たちに追いついているが、不老不死だと判明する前から高かった負傷率を考えると本来なら頭脳を活かす役職の方が向いているのだろうと思わせることがある。
戦うオルバートを一部始終見ていたステラリカは伊織の言わんとしていることが理解できたのか、つい先ほどまで自分たちがいた方角を見遣りながら言った。
「どれだけ不得意なことでも、少しでも力になりたいと思ったんですよ。きっと」
私もそうでしたから、と微笑むステラリカに伊織は小さく頷く。
歪んだことはあれど、オルバートは家族を想い家族のために動いていた。
今回の行動も根っこは同じだろう。
(もう会えなくなっちゃうかもしれないって思うと怖いけれど……)
今この戦場で戦うすべての仲間や、世界の守るべきものと同じだ。
再び会えると信じて突き進むしかない。
そして、それが最善の手だと伊織はわかっている。
「やっぱり手を休めなくて正解でした。僕も更に頑張ります!」
伊織は金の針をクンッと引くと、あっという間に反対側の穴のふちから針先を出して引っ張り上げる。
初めはあれだけ固かったのが嘘のようにするすると糸に引かれて閉じる大穴にステラリカとベンジャミルタが感嘆の声を漏らした。
なにもなかった空間に輝く金糸の縫合の軌跡は『世界の穴は閉じることができる』という証明に他ならない。伊織が作り出した証明だ。
それを常に視界に入れることで、穴を閉じられないかもしれないという負のイメージを駆逐していく。
そんな方法で困難な事柄を可能に変えていけるのが、伊織の強みだった。
「イオリさん、やぐらの数は当初の予想通り七つになりました」
「これが終わればあと二つだね」
ステラリカは力強く頷く。
「イオリさんの力になりたいと思っているのは私たちも同じです。やぐらになにかあった時は私に任せてください」
「ありがとうございます、……頼りにしてますね、ステラリカさん」
「ふふ、全身全霊をかけてやり遂げますよ」
その言葉にニルヴァーレが「似た者同士だなぁ」としみじみと呟きながらやぐらの防衛へ出るべく炎のマントを羽織った。
そしてステラリカに視線をやる。
「その頼もしい言葉、全部終わったらシャリエトにもかけてあげるといい」
「シャリエトさんに?」
「君らに細かな連絡は飛んでないだろ。シャリエトはね、死者も同然な状態になるまで踏ん張ってたんだ。怯えながらだったのによくやるよ」
ニルヴァーレの言葉にステラリカはぎょっとした。親しくしていた相手が瀕死の重傷を負ったと聞けば当たり前である。
しかし士気を下げるための報告ではない。
それを示すようにニルヴァーレは口角を持ち上げて言う。
「だが! この僕の見立てではあいつは持ち堪える! 終わってから彼を鼓舞することは君にとっても楽しみになるだろう?」
けどこう言うのは少しばかり不謹慎かな? と笑うニルヴァーレにステラリカは表情を緩めて「いえ、その通りです」と頷いた。
それを見届けたニルヴァーレはきらきらと輝く火の粉を残してやぐらから飛び出す。
(そうか、シャリエトさんが……)
食堂で初めて感じ取ったものだが、シャリエトとステラリカの繋がりを知っている伊織は糸を力強く引きながら考えを巡らせた。
誰もが様々な大切な者を持ち、離れ離れになりながらも戦っている。
それはこの戦いの要である伊織にとって大きな心の負担でもあった。
荷が重いと泣き言も口にしたくなる。
人の命に関わる償いをしたいと考えながら、人の命に関わるものを背負っているのだから。
だが――もし心折れてしまったらどうしよう、という不安はない。
ヨルシャミもニルヴァーレも支えてくれる。
優しさを持った上で使命をやり遂げろと発破をかけ、最後まで見届けてくれるだろう。
自分が最悪で最低な存在になったとしても、使命を果たす道を示してくれる人がいるなら――歩いていける。
その確信こそが伊織たちの絆だった。
「……ヨルシャミ、みんなの頑張りを見てたら僕も試してみたいことができたんだ」
「試してみたいこと?」
「うん。ただ魔力の計算が狂うかもしれないから、君に意見を聞きたい。これは成功する?」
伊織は糸を操りながらヨルシャミに案を伝える。
目を見開いたヨルシャミは驚きの感情を残しつつ笑った。
「なんとまあ、ぶっつけ本番ばかりよく続くことだ。……その中で成長したということか、イオリは本当に伸び代ばかりの若人よな」
「ヨルシャミたちがいてくれたおかげだよ。だから僕はこれが『できることだ』って思うことができた」
ヨルシャミは風に緑の髪をなびかせながら、伊織の肩をそっと抱き寄せると強い意志のこもった瞳で言う。
それはまさに宣言だった。
「この超賢者が保証しよう。お前の試みは成功する! 遠慮なくやれ!」
この上ない保証だ。
伊織はその声に応えるようにヨルシャミそっくりの笑みを浮かべると、両腕を広げ――今まさに空で穴を閉じる金の針と糸を更にふたつ作り出した。
伊織が呼吸すら必要最低限に抑えながら、五感すべてを三本の金の針へと向けているのがその場にいる全員に伝わってくる。
そして。
「すごい……」
目を丸くするステラリカたちの前で、金色の軌跡を残してそれぞれが異なる場所に向かって飛び出していった。
シャリエト(絵:縁代まと)
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