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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第924話 雄々しいシルエット

 シエルギータたち負傷者を抱えた静夏とミュゲイラが合流したのはセルジェスの率いる治療師団だった。


 途中まで行動を共にしていたニルヴァーレは一足先にシェミリザの元へ向かい、セルジェスたちは治療の優先順位が高い者のもとを訪れていたという。

 道中であまりにも救援要請が多いため急遽三つの班に分かれたらしく、人数はかなり減っていた。

 それに伴い、今後に備えて魔力温存をするために患者は完全回復をさせず、ひとまず命の危機を脱するポイントまでの回復に留めているとのことだった。


「すみません、本当は痛みを全て無くすくらい回復させたかったんですが……」

「魔力も有限だ。こうして皆の命を繋いでくれただけでも感謝する」


 静夏は地面に寝かされたシエルギータを見る。

 シエルギータの肉体は回復したが、未だに意識が戻らなかった。

 同行していた魔導師や兵士たちも同じような様子で、何名かは目を覚ましたものの戦闘に参加できる状態ではない。


「……よくやった、シエルギータ」


 静夏がベレリヤ第一王女オリヴィアとしてシエルギータと共にいた時間は少ない。

 しかし今も昔も静夏にとっては可愛い弟だった。

 共にメルキアトラ兄様たちのもとへ帰ろう、と声をかけてから静夏は立ち上がる。


「シェミリザの元へ行く。セルジェスはシエルギータたちのことを頼む」

「わかりました。容体の安定した人から後方拠点に運びます」

「よーし、あたしも姉御と一緒に行くぞ、今度こそアイツに一泡吹かせて――」

「ミュゲはセルジェスたちと一緒に行け」

「んえ!?」


 静夏の指示に素っ頓狂な声を出したミュゲイラは「まだ戦えますって!」と静夏に訴えた。


 しかしその右腕は未だに動きが鈍く、右耳は途中から無くなってしまっている。

 耳に関しては恐らく今後怪我を完全に治療してもこのままだろう。

 そして顔から見て取れる血色は決して良いものではなかった。

 回復魔法では失った血までは取り戻せない。


 静夏からそう指摘されたミュゲイラはそれでも食い下がる。


「けど足止めにくらいは参加できます、あたしだけ休んでるなんて――」

「ミュゲよ、トレーニングと同じだ。無理をしないと成せないことを続ければ壊れてしまう。私はお前に壊れてほしくない」


 静夏はミュゲイラの両肩を掴むとセルジェスたちの方へと軽く押した。


「心臓が止まっているとわかった時、私はまた大切な者を失うのかとゾッとしたんだ。……そう、お前は大切な者だ、ミュゲ」

「あ、姉御……」

「意味は異なるがリータにとってもそうだろう。退くべき時は退き、また私たちを支えてくれ」


 静夏はそう言うと小さく煌めく銀色の欠片をミュゲイラの手の平にのせる。

 それはシェミリザとの戦いで砕けたミュゲイラの耳飾りだった。――リータから姉へ贈られた特別なものだ。

 妹の顔を思い浮かべたミュゲイラはその欠片をぎゅっと握る。


 共に戦いたくて強がってみせたが、血が足りず足はふらつき、視界は狭窄していた。そして死の淵から生還した心臓は時折脈が飛ぶ。

 右耳も欠けたせいか左右で聴力に差があり気分が悪い。


 それをミュゲイラはしっかりと自覚していた。


 それでもなおついて行くというのは、足を引っ張らせてくださいとお願いしているようなものだ。

 唇を噛んだミュゲイラはしかし、すぐにそれを解くとオレンジ色の髪を揺らして頷いた。


「わかりました、セルジェスたちについてって休みます。け、けど、もし魔獣に襲われたらめちゃくちゃ応戦しますからね!」


 セルジェスが率いている治療師たちはベルクエルフである。

 普段は治療師ながら回復魔法を惜しげもなく使って特攻する恐ろしいバーサーカーのような戦い方が特徴だが、今は回復対象が多いためそれができない。

 そのため戦闘に関して不安のある状況だった。


「セルジェスたちもその方が安心するだろう」


 静夏はこくりと頷く。

 本当なら安静にしていてほしいが、治療師が傍にいるなら致し方のないシチュエーションで拳を振るうのはむしろ歓迎されるだろう。

 静夏は連絡にあった方角を向くと両足に力を込める。

 その背中へミュゲイラが声をかけた。


「姉御、ファイトっすよ!!」


 静夏は片腕を上げて応える。

 そして、土煙を上げて地面を蹴るとあっという間に走り去った。


     ***


 ベンジャミルタが初めてシェミリザと相見えたのはアズハルを回収しにきた彼女たちを追い払った時である。


 あの時から異様ながら洗練された魔導師だと感じていた。

 エルフノワールはそのほとんどが闇属性の魔法を得意としており、各々が持つ雰囲気も似ている。その中でも抜きん出て恐ろしい存在だということが一目でわかった。


 ベンジャミルタも転移魔法を得意としているが、他は特出して上手いというわけではない。

 影踏みやドッペルゲンガー魔法がトリッキーなため騙し騙しなんとかなっている、というのがベンジャミルタの自己評価だ。


(それに比べて彼女は……きっと生まれついてのものと、過ごしてきた年数が桁違いなんだな)


 エルフ種は老衰による寿命の正確なデータが不足しているため、肉体的にはいったい何歳まで生きるのか不明瞭である。

 天寿を全うしたように見えても長年魔法を酷使し寿命を縮めている疑いもあった。

 人間よりも魔法が身近だからこそだ。


 長命種の中でも果てしない時を生きる種族といえばドライアドが有名どころだが、それは様々な要因から生き残っているドライアドが多いだけかもしれない。

 他の長命種も決して負けてはいないのだ。


 そんな中、シェミリザがいったい何歳なのかベンジャミルタにはわからなかったが、少なくとも己の倍以上――下手をすればそれ以上だと確信する。


 その身を魔獣に堕としても魔法のキレは凄まじいものだった。

 それどころか新しい肉体に慣れたこと、そして他の魔獣を取り込み強化を図ったことで、時間が経てば経つほど魔法の練度が上がっていく様子は見ているだけでゾッとしてしまう。


「こんなの相手にあとどれくらい持ち堪えられるかな……」


 影の針にドッペルゲンガーをぶつけ、その間に飛び退きながらベンジャミルタは口角を下げる。

 リオニャは足首の包帯はそのままだというのに、しなやかな動きで影の針をすべて回避していた。多分あれもう傷口がくっついてるな、とベンジャミルタは安堵する。


(まあ弱音を吐いても仕方ない、好きな子の前なんだからもう少し頑張らないと!)


 転移魔法を使える魔力を温存しつつ、ベンジャミルタは再び爆発的に増やしたドッペルゲンガーたちをシェミリザの頭部に向かって突撃させた。


 シェミリザは新たな体になっても視覚を頼りに動いている。

 ――正確にはここに新しく加わったピット器官もあるが、それも頭部に備わっているため、結果的に顔を覆い足止めをするベンジャミルタの作戦はよく効いていた。

 しかしシェミリザも対策を考えていないわけではない。


 群がるドッペルゲンガーごと圧縮魔法で消し去る。

 それは己の顔の一部さえ巻き込んだが、その傷はあっという間に治ってしまった。


「死なないベルクエルフでも相手にしてる気分だなぁ……」

『あら。今の体で言うのもなんだけど、わたしはエルフノワールよ』

「わかってるさ、その圧縮魔法も今出回ってるものより高度なものだろう、俺の祖父が得意だった」


 ベンジャミルタの言葉にシェミリザは『誉め言葉として受け取りづらいわね』とくすくすと笑う。

 その時、ベンジャミルタの持つ連絡魔石に一報が入った。

 伊織たちが第四やぐらから移動するらしい。


(さあ、俺たちはここいらが潮時か。しかし援軍がないと――)


 人の気配がする。

 はっとしたベンジャミルタはシェミリザの放った燃え盛る岩を避けながら笑みを浮かべた。


 彼方と呼べる距離から走り、しかし見る見るうちに近づいてくる人影。

 それはシルエットだけでも見間違えるはずがない、雄々しい姿の聖女マッシヴ様だった。

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