第922話 彼女は丈夫で大丈夫
リオニャ班は通常の編成に加えて、王を守ることを優先する護衛兵が付いている。
これは一国の王であることを想えば当たり前どころか手薄な対応だったが、状況を考えると致し方ないことだと会議でも結論が出ている。
ただし、戦場に直接出ている王の中で一番護衛兵の人数が少ないのがリオニャであるため、他の王はもっと手厚くサポートされていた。
これはリオニャが蔑ろにされているわけではなく、彼女の戦闘スタイルを考慮した結果である。
単独で思うままに動いて大立ち回りを繰り広げるリオニャは周囲に仲間が多過ぎると動きづらいのだ。
残念ながら護衛兵がたびたび置き去りにされているのもそのためである。
だが、的確なサポートがあるのはありがたい。
故に付けられたのがリオニャをよく理解し、移動に長けた護衛兵たちだった。
彼らはセラームルでミドラやベンジャミルタの厳しい試験を通過して選出された。
――そんな護衛兵の攻撃すらシェミリザには満足に通らず、それどころか手痛い反撃を受けてしまったのだ。
「ッ……動ける者は散開! 一網打尽にされるぞ!」
「リオニャ陛下を解放するため攻撃は一部に集中せよ!」
炎の球は服や肌を焦がし、中には酷い火傷を負った者もいた。
しかし死者が出なかったのはいち早く展開された水のドームのおかげだ。防ぎきることはできなかったが直撃は避けられた。
蒸発した水により闇の中に霧が現れたように視界が悪くなる。
兵士と魔導師たちはその中をバラバラに走り、リオニャを掴むシェミリザの指を集中的に狙い始めた。
『小賢しいってこういうことを言うのかしら……』
シェミリザは目を細めて呟く。
リオニャ班の攻撃力は低い。しかし判断力と反応速度、そしてそれに追いつく肉体が完成されていた。
こうなるとシェミリザも散開した兵士たちをひとりひとり真剣に狙わなくてはならない。当てずっぽうの範囲攻撃で致命傷を与えられる人数は知れているだろう。
『……でも早くあの子のもとに行きたいのよね、わたし』
「っそろそろ放しなさい!」
『さっさと殺してしまわないと』
ハーフドラゴニュートって硬くて困るわ、と眉を下げながらシェミリザはリオニャを握る手に力を込めた。
ようやく骨の砕ける音が響いたが――それと同時に多方向から放たれた魔法が右手の中指に向かい、まったく同じ位置に命中する。
今まで傷ひとつ付かなかったシェミリザだが、瞬間的な火力の高さに中指が弾け飛んだ。
それをシェミリザより先に観測したのはリオニャだった。
「ッ!」
捕まっている体勢から再度渾身の頭突きを繰り出す。
押さえていた指の二本がへし折れ、リオニャは一瞬の緩みを感じ取るなり折れた指の下――右手の薬指を踏み台にしてシェミリザの手の中から抜け出した。
『再生より早く動くなんて……怖い子』
甘ったるい声と共にシェミリザが手を伸ばす。
離れたとはいえ再び捕まえられない距離ではない。
抜け出すことが成功してもすぐさま同じ状況に戻される、それを味わわせることは相手の心を折るのに適していた。シェミリザはそんな思考を回しながらリオニャの足首を掴む。
華奢に見えるのに鋼鉄のように固い足首だ。
だがリオニャが体勢を崩すことは必至。その隙を狙い再び握り込めばいい。
しかしリオニャは自ら足を引きちぎると鮮血を舞わせながら脱兎の如く距離を取る。あまりにも迷いのない行動にシェミリザは目を丸くし、散開していた護衛兵たちも悲鳴に似た声を漏らした。
片足で器用に跳ねて移動したリオニャはまったくブレない体幹を活かして片足立ちのまま静止する。
それは大怪我を負った者の表情ではなかったが――今度はリオニャが目をまん丸にした。
「ベンジャミルタさ~ん!」
そう明るい声が響くなりシェミリザの視界を覆うように黒い影たちが殺到し、死角から現れたベンジャミルタとステラリカがシェミリザの手から片足を奪還してリオニャの元へ駆ける。
その様子を見た護衛兵が三人のもとへ走り寄った。
「ベ、ベンジャミルタ様! 申し訳ありません、我々がいたというのに陛下にこのようなお怪我を……!」
夫婦仲睦まじいことは王宮内の誰もが知っていた。
愛する妻の足が欠損した姿を目にした夫の心を思うと察するに余りある。
足を奪還したのも思わずといったところだろう。護衛兵が斬首される覚悟で視線を向けると、ベンジャミルタは「あーあ」と口角を下げていた。
まるで子供の悪戯を見つけた親のような表情だ。
「リオニャさん、痛覚はあるんだから無理しちゃダメじゃないか」
「致し方なかったんですよォ~……」
困り顔のリオニャの前でベンジャミルタがステラリカになにかを指示する。
するとステラリカは手持ちの水で取れた足を洗浄してからリオニャの足に添え、添え木と共に布でぐるぐる巻きにした。
手当てに見えるが切断部分の保護には相応しくないように思える。
そう護衛兵たちが疑問を顔に出しているとベンジャミルタが察したように言った。
「ああ、リオニャさんが即位してからここまでがっつり戦うのは初めてだから、君たちは知らないのか。驚かせてすまないね」
「は、はあ」
ベンジャミルタは魔法の準備をしながら頬を掻く。
「いやぁ、その、リオニャさんと初めて出会った時も腕がなくてさ」
「!?」
「しかもダメ元で仲間の回復魔法でくっつけようとしたら……使う前にくっついたんだよ……」
「陛下はんぱねぇ!」
ドラゴニュートの血って凄いっていうか怖いよねとベンジャミルタは笑い、リオニャは一応綱渡りなんですよォと重ねて笑う。戦場の雰囲気が途端に和んでしまった。
ステラリカも両耳を下げて笑ったが、こちらは苦笑いである。
「こんな処置をする日が来るとは思っていませんでした……」
「オリトさんほどじゃないだろ? ひとまず固定してしばらくしたらくっついてるはずだ。だが……リオニャさん、くっついた上で俺たちを加えてアレを倒せると思うかい?」
ベンジャミルタはシェミリザを指す。
影で視界を奪い、影踏み魔法で一時的に動きを鈍らせているが、それが効かなくなるのも時間の問題だ。
リオニャは小さく唸ると頬の汚れを拭いながら言う。
「殺すのは難しそうです。それにベンジャミルタさんたちは重要な役目があるので怪我を負っても困りますし」
「なら倒すことを目標にせず、援軍が来るまで足止めを試みようか。ヤバくなったら転移魔法で退こう」
ベンジャミルタは連絡用魔石で追加の通信――シェミリザの対処を最優先にしたい旨と、今伝えられるだけの情報をすべて詰めて送った。
「シェミリザも転移魔法を使えるらしいが、即イオリ君たちのもとへ飛ばなかったってことは明確な場所はわかっていないんだろう」
「ならここで足止めして、その間に少しでも穴を閉じてもらわなきゃですね」
そういうこと、と言いながらベンジャミルタは振り払われる己の影たちを見る。
さあ、制限が多い中どこまでできるだろうか。
強力な援軍が来ればすぐに離脱する予定だが、それがいつになるかベンジャミルタにはわからなかった。
それでもリオニャと共にタルハたちのもとへ帰るにはやらなくてはならない。
その意気込みと共に、ベンジャミルタの足元でも影が拳を固く握った。





