第921話 リオニャ班の救援要請
「っはー……! やっと終わった!」
最後のやぐらを設置し終えたステラリカは尻餅をつくように座り込む。
やぐらを構成する土の強度を最高クラスにまで上げたため魔力の消費が激しい。万一の時のために多少は温存しているが、肉体にも無視できない疲労感が出ていた。
――紙魚型魔獣に襲われてから二時間以上が経過している。
あの時はセトラスの援護射撃により九死に一生を得た。補給を担当していた魔獣もいたがそちらも討たれ、無事にやぐらを設置してから次の予定地へと転移したのだ。
それ以降は小型から中型の魔獣に何度か襲われたものの、ベンジャミルタと予定地の防衛班で対処が可能だった。
(あとは設置したやぐらが狙われないかどうかだけれど……)
ミッケルバードで新たに現れ始めた知能の高い魔獣は作戦の一環として建造物を優先して壊すことがあるが、それには特定の条件があるようだ。
港町の例では直前まで人々が暮らしていた建物であったこと。
そして魔獣から見てヒトは群れを作る生き物であり『その住処を壊せばヒトに隙を作れる』と魔獣に直感させたことが挙げられる。
対してステラリカのやぐらはすべてがただの土でできており、使い古されたものではなく完全なる新規の建造物だ。
そして手すり等は付けているがシンプルな形をしている。
上に人が乗るのも伊織たちが来てからになるため、魔獣は地上にいる人々に注視していた。
激戦区の魔獣からすれば精鋭の敵が多い中、障害物やブラフ然としたやぐらなど重要視していられないのである。
(でもこれは魔獣に余裕が出てきたら変わるかもしれない。指揮官みたいなのが現れたら壊すよう指示されるかもしれないし、それに……)
伊織がやぐらに乗って世界の穴を閉じている。
自然体を装っているがやぐら周辺には防衛班がいる。
この二点から重要性を悟られ、破壊を主目的として突撃される恐れがあった。
ちょっとやそっとの攻撃では壊れないようにしてあるが、魔獣の攻撃にも個体差がある。かつてローズライカが脳を移植された魔獣のように強力な個体の攻撃なら数分と経たずに破壊されるだろう。
今のところ離れた位置にいる魔獣たちの間で連絡が上手くいっていないのか眼中にない様子だが、いつ状況が変わるかわからない。
そこへステラリカにベンジャミルタが手を差し出して助け起こした。
「やぐらになにかあった時は……そんな時こそ君の出番だろ、ステラリカ」
「――ですね。何度壊されたって修繕するし建て直しちゃいますよ」
「その意気だ。じゃあ魔力回復のためにも少し休んでてくれ、俺も全設置完了の連絡をしたら転移魔法のインターバルが過ぎるのを待って――」
そこへ連絡魔石に通信が入る。
本題の前に所属班を示す暗号が付いていた。
「……リオニャさんの班だ」
「救援要請ですか?」
今までも他班の全域に対する救援要請は何度か受信していたが、今回は相対している敵の情報がしばらく前に入った異様な魔獣――魔獣として蘇ったシェミリザだった。
「シェミリザはイオリさんたちの元へ向かっていたから、リオニャさんたちが駆けつけてくれたんですね」
「発信者は護衛兵だな。……」
リオニャなら大丈夫。
ベンジャミルタは本心からそう思っているが、どうも雲行きが怪しそうだ。
この後は伊織たちのもとへ飛ぶことになっている。やぐらの活用中になにかあっても即対応できるからだ。
しかしリオニャの救援要請に応える者はいるのだろうか。
要請への返答は連絡魔石が広域に連絡を拡散することから推奨されていない。連絡の渋滞を防ぐためである。
加えて多重契約結界を破られた影響で魔獣を外に出すまいと各地の戦闘が激化傾向にある。外へ向かう魔獣は結果的に後衛部隊や船にも接近するため現場は混乱状態に近いだろう。
しかしここで心配だからと私情を挟むのは、とベンジャミルタが押し黙っているとステラリカが袖を引いた。
「ひとまずリオニャさんのところへ向かいましょう!」
「けれど俺たちに万一のことがあったら……」
「もちろん応戦なんて考えず、状況を見てヤバいって思ったら即離脱ですよ。インターバルのせいで時間稼ぎは必要になりますが」
ステラリカは連絡魔石をじっと見る。
「それにどのみちシェミリザはイオリさんたちを狙っているわけでしょう。出くわすタイミングの差ですよ。……あと、命に優先順位は付けたくありませんが……レプターラの王が斃れたら国が酷いことになります」
「肝が据わってるなあ……」
「ここまで来たベンジャミルタさんにも言えることですって。インターバルはどうですか?」
「ああ、今なら飛べる。――じゃあリオニャさんの元へ行こう」
救援要請には大雑把な位置情報も含まれていた。
それを活かしてベンジャミルタはステラリカと共に転移する。
一瞬の視界の隔たり。
それを乗り越えた後、周囲の景色が変わった。
風の方角も異なるが空気感だけはどこも重苦しく暗い。
そして、その場でベンジャミルタが最初に目にしたのはリオニャの真っ赤な鮮血だった。





