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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第917話 ナレーフカのご褒美

 黄緑色の髪をなびかせながらヨルシャミはやぐらの周辺を見回した。

 大型の魔獣はただそれだけで脅威になるほど強く、小型から中型の魔獣は群れで行動することが多く連携が取れている。

 やはり世界の穴がミッケルバードに根差してから生まれた魔獣は質が良い。


 しかし褒めてやる気にはなれないなと心の中で呟いていると、視界の端でナレーフカがふらついたのが見えてヨルシャミは慌てて彼女の体を支えた。


「大丈夫か? 補給で相当の魔力を抜いたからな、そろそろ退くか」


 ナレーフカは延命装置分の魔力を温存しておく必要がある。

 これ以上は危険だと判断したヨルシャミは連絡用魔石を取り出した。


 こうなればナレーフカは戦場の真っ只中にいる一般人も同然だ。

 そのため事前に魔力補給の役目を終えた後は専用の通信を送ってヘルベールに迎えに出てもらう手はずになっていた。彼にも持ち場はあるが、娘の迎えだけは頑として譲らなかった結果だ。

 終盤ならここにいた方が安全だが、ようやく三分の一を過ぎたところである。

 ヨルシャミの思考を理解しているナレーフカは残念そうに微笑んだ。


「最後まで応援したかったけれど……ごめんね、ここまでみたいだわ」

「私だけでは魔力を賄いきれなかった。協力感謝する、ナレーフカ」

「……お父さんのやってきたこと、私の体質で迷惑をかけたこと、そのふたつの償いを少しでもしたかったからよ。だからお礼なんていいわ」


 ナレーフカはヨルシャミの手から離れるとやぐらの手すりに掴まりながら自力で立った。

 そこへ金の針を操りながら伊織が言う。


「贖罪とは関係なく、ナレーフカにはご褒美があるべきだと思うんだ」

「ご褒美……?」

「うん、全部終わって落ち着いたらみんなで旅行に行こう。ベレリヤの色んなところを案内するよ、素敵な場所が沢山あるんだ。もちろんじいちゃんも呼んでさ」


 カザトユアで養蚕の様子を見るのもいい。

 ロストーネッドでロスウサギを食べるのもいい。

 ラキノヴァで様々な異文化の交流を見るのもいい。

 ララコアでミヤコの里に立ち寄って温泉に入るのもいい。


 そう言うとナレーフカは身に余るものだと遠慮するように笑ったが、しかし彼女が口を開く前に伊織は言葉を続けた。


「こういう時だからこそ、これからの楽しみが必要だと思わない?」

「これからの……」

「そう。なんとしてでも生き残りたいって気持ちになるだろ。それにこれは僕にとってもご褒美になるから」


 わくわくして更にやる気出しちゃうかも、と冗談めかして言った伊織にナレーフカはようやく肩の力を抜く。


「ふふ、そういうことなら断れないわね」

「じゃあ約束! じいちゃんにも伝えておいてよ、僕もみんなを誘うからさ。あ! もちろんヨルシャミも!」

「取って付けたように言わずともわかっておるわ」


 ヨルシャミはそう笑って伊織とナレーフカを見る。

 静かに命を削るような状況だからこそ、こうして気を抜いて心を休めることは大切だ。死線の真っ只中で気を抜くのは命取りにもなるが、伊織やナレーフカは訓練を受けた歴戦の戦士ではないのだ。


 まだ穴の三分の二は広がったままであり、太陽を遮り地表に闇をもたらしている。

 早くこの闇を払い、伊織たちが心から安心して力を抜ける時を得たい。

 そうヨルシャミが考えていると、こちらから連絡を入れる前に魔石に通信が入った。


 連絡用魔石はモールス信号に酷似した方法で意思疎通を行なう。

 その中でも緊急性の高いものを示す信号を感じ取ったヨルシャミは目を見開き、受信し終えるなり素早く了解の意とナレーフカの迎えを寄越せと連絡した。

 突如走った張り詰めたような緊張感に伊織が穴を縫い付けながら問う。


「なにがあったんだ?」

「かなり簡略化された情報だったが……ああまったく、我が血族ながらそこまで身を堕としたか」


 ヨルシャミは苦々しげに、そしてどこか嘆くように眉根を寄せる。

 しかしすぐにそんな感情を払い除けるように頭を振った。


「――凶悪な大型魔獣が現れた。他の魔獣を取り込み強化と回復が可能だそうだ。そして……その魔獣、どうやらシェミリザらしい」

「ど、どういうこと!? ヒトが魔獣になれるの!?」

「詳細はわからんが、なにか碌でもない手段を用いたのだろう。そしてそんな輩がここへ向かっているそうだ」


 ヨルシャミは連絡にあった方角を見やる。

 まだ目視できる範囲には見当たらなかったが、このまま到着を待っているわけにはいかない。

 多少の魔力消費はやむなし、と蚊のような小さな羽虫型召喚獣を呼び出したヨルシャミはその羽虫を斥候として向かわせた。

 飛び立つなり風を巻き起こした羽虫は時速数百キロのスピードで遠ざかっていく。


 その視界と己の目をリンクさせながらヨルシャミは情報を得るべくシェミリザの姿を探した。

 連絡用魔石で得られる情報は限られている。

 先にシェミリザを目視できればそれだけで得られる情報がある上、不意打ちを食らわないという利点があった。


 リンク先でもヨルシャミならある程度はオーラを追うことが可能である。

 そんな目で広域を見ながら加速し飛ぶこと数分、異様なオーラを見つけたヨルシャミは喉を鳴らした。少し前に感じたあの気配を更にどす黒くして煮詰めたようなオーラだ。

 確実にこれだと一目でわかったが、しかし同時に疑問が湧いた。


「なぜそんな方角へ向かっている……?」


 伊織たちがいるのは第四やぐら。

 その第四やぐらとはまったく異なる方向へと迷いなく飛んでいるようだった。追いつくべく羽虫を加速させたヨルシャミは徐々に総毛立つ。


「まさか」


 シェミリザの目はヨルシャミよりも高性能である。

 それが魔獣化により更に強化されているとすれば、本来なら見えるはずのないものまで見えるようになっているかもしれない。自己強化を行なえるなら尚更だ。

 そして伊織たちの居場所がすでにわかっている――そう報告者である静夏が直感するほど的確な方角に飛んで行ったというのに、それを後回しにして向かう場所があるとすれば、それは。


「――ッまずい、やられた!」


 叫んでも意味はない。

 そうわかっていてもヨルシャミが思わずそう言い放った瞬間、羽虫の視界にシェミリザの姿が映り込む。


 二対ある影の翼を羽ばたかせ飛ぶ姿は上半身がシェミリザ、下半身が蛇のもので、腰回りには割れた蛇の口がスカートのように垂れ下がっていた。

 上半身が見知った姿のため錯覚してしまうが相当な大きさがある。

 そんな彼女はにっこりと微笑み、異様な出で立ちに立ち竦む兵士や魔導師たち目掛けて頭から突っ込んだ。


 土煙が舞い、地面が大きく抉れて土が雨のように降り注ぐ。

 強化された肌と闇色の刃で地面に潜り込んだシェミリザは二秒も経たず地中で圧縮された炎の球をいくつも爆発させ、地盤ごと破壊するのではないかという勢いでクレーターを作り出した。

 その瞬間。


「!? そんな、これってまさか……」


 動揺した声を漏らす伊織にも感じ取れた異変。

 それは、地中深くに埋めたコントラオールの要が破壊されたものだった。


 つまり、多重契約結界が破られたのである。

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